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受難と奮闘の魔法使い【書籍化】  作者: 葛餅もち乃
番外編

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48/57

『変身と十歳』✦ヴァン視点(二年後期)

ヴァン視点(本編24~25話の間あたり)

『ねぇヴァン様、この魔法式なのですけど――こことここの変数の属性を土にする理由がよくわからないんです。よければ教えてくれませんか』


 王宮の庭園にて、いつもながらフィリップに挨拶してそそくさと場を離れたマリエラは片隅にあるベンチに座っていた。俺がその隣に座ると挨拶もそこそこに、子どもらしい可愛いフリルがついたドレスからこそっと折り畳んだ紙を取り出して訊いてくる。どこに収納できるんだろうと思いつつ、今の年齢を考えるとなかなか難しい応用魔法に取り組んでいた。


『いいよ。これはさぁ、ここの部分で風に作用するから――……で、これが……』

 幼くも麗しいご令嬢は真剣に俺の話を聞き、メモしていく。

『ありがとうございました。すごく分かりやすいですし、やっぱりヴァン様すごいですね』

『まあね。俺って天才だから』


 天才だなんて言われ慣れている。

 尋常でない魔力を保有し生まれてきて、二歳のときに暴走を起こしかけてから王宮が俺の住処になった。自分の魔力を制御するために毎日魔法の勉強をし、特等級魔法使いのジジイから指南を受ける日々だ。


『またそんなこと言って。確かにヴァン様は天賦の才能がおありな天才ですけど、めちゃくちゃ努力をしているでしょ。才能と感覚だけでもやれてしまうけど、ヴァン様の魔法は細部に渡って細かい。ちゃんとした魔法構築理論や計算がなければ出来ない。教え方だって上手いわ。そうでしょ?』


 マリエラは呆れたような顔をして言った。

 俺は咄嗟に言葉が出なくって、誤魔化すためにニヒルに笑った。

 ――そう、俺ね、すごい頑張ってんだよ。


     * * *


「うっわ、懐かしい夢みた……」

 フィリップに起こされて目を開けると、ここは学園の寮だ。

 たぶんあれはマリエラにちょっかいをかけ始めて間もないころ……十歳くらいだ。

 あれから七年、俺は天才と名高い特等級魔法使いになっている。

 そうだよ頑張ったんだよ、俺。



       ○



 二年生の後期日程も始まったばかりの七月。前期日程の臨海研修であんなことが起こったため、同学年の生徒には気負いも感じられる。

 しかし昼休み、今日の食堂はどこかソワソワした空気が漂っていた。

「めっちゃ美少女」「眼福~」「可愛すぎん? 何歳、あれ」などの囁き声が聞こえてくる。

 なんか嫌な予感がしつつ、騒ぎの向こうに行ってみるとやっぱりだった。


「マリエラ、なにしてんの」

「うぁ、ヴァン……」


 ソフィーさんとダニエルに守られるように挟まれ昼食を食べていたのは、身長が低い――と言うか明らかに幼くなったマリエラだった。ちょうど今日見た夢のころ、十歳か十一歳あたりの姿である。幼くても理知的な瞳の輝きはそのままで、今よりちんまりして可愛らしく、神々しいまでの美少女である。


「なんでそうなってんの」

「……ミスったの。あああヴァンには知られたくなかった」

 マリエラはちらりと上目遣いで俺を見て、そっと目を伏せた。

 俺に知られたくなかったってどういうこと。

「まぁまぁヴァン様」

 俺が不機嫌になったのでソフィーさんに宥められる。


「マリエラ、懐かしい格好になってるねぇ。どうしたの」

 と訊いたフィリップにも肩にポスンと手を置かれる。そんなに怖い顔してたかな。

「実践魔法の授業で変身魔法をしたんです。まずは自分がなったことのある姿ということで若返りの変身を、補助魔法薬も使ってすることになって。魔法陣は完璧に出来てたんですけど、それに注ぎ込む魔力量と薬の配分を間違えて……自力では戻れなくなってしまいました……」

「なるほどね。マリエラは頭でっかちだからなぁ」

「ヴァンには絶対そういうこと言われると思って……だから会いたくなかった」


 なんだって?


「別に意地悪言ってるわけじゃないよ。マリエラは頭では理解してるぶん、実技が追いついてないんだよ。えーと、マリエラ自身は実技魔法が下手だと思ってるかもしんないけど、違うからね? なんて言えばいいのかな……座学が突出してんだよ。ほら、ガリ勉お嬢じゃん」

 しどろもどろに聞こえてないだろうか。マリエラは俺を見上げ、ほっとしたかと思えば眉を寄せたりと複雑そうな顔をしている。

 フィリップが小さく「最後の一言が余計かな」と呟いた。

 ……分かってんよ。ずっと努力してきたマリエラがそれ故に失敗してんの可愛いとでも言っちゃえばいいの?


「込めた魔力ぶん使い切ったら変身解けるでしょ。いつ?」

「分からないの。お昼過ぎから夕方の間かな、ってところだけど」

 だからそのぶかぶかのシャツとジャンパースカートにショールを羽織ってるんだな。

「マリエラ様ってこんなに可愛かったんですね~! 精巧なお人形さんみたいじゃないですか。もちろん、今も美しくて可愛いです!」

 ソフィーさんがどこかうっとりとして言った。マリエラは嬉しさを滲ませて苦笑する。

「ありがとう。そんなこと本気で言ってくれるのソフィーさんくらいだわ。ちなみに可愛いのはソフィーさんよ」


 ……。

 俺も含め、チラチラこちらを見ていた生徒たちが沈黙した。

 ……。言われてない、だと?

 もしくは社交辞令だと思っている……。

 ……。なるほど……。


「本気で言ってるんすか? マリエラ様はすっごい美しいし可愛いですよ」

 素っ頓狂な声をあげてダニエルが言った。ぱちぱちと目を瞬かせたマリエラは、少し照れながらはにかんだ。

「ふふ。ありがとうございます」


 ダニエルの言うことは信じた、だと――これが日頃の行いってやつか? それともソフィーさんと雰囲気が似てるからか?

 てゆか、俺って言ったことない? 真剣に言ったことは……二ブチンのマリエラにも分かるような真摯さで言ったことは……ないよな……言えるわけがない……。

 隣りにいるフィリップがもの言いたげな視線を寄越してくる。なんだその憐れんだ目は。




 昼食を食べ終わり、五人で教室へ向かう途中にマリエラが呻いた。「変身が解ける……」と廊下の壁に手をついて苦しそうな息をする。小さかった体がぐぐぐと大きくなり、すらりと手足が伸びて十七歳のマリエラに戻った。はぁ、とため息をついて背筋を伸ばす。異常はなさそうだが――問題はあった。脚だ。

「やっぱり少し小さいよね。救護室に返してくるわ、みんな先に行ってて」

 普段のマリエラのジャンパースカートは膝より下の丈である。それが今回、太腿まで見えてしまっている。ミニスカートに近い……。なんだろうか。これよりも露出した格好は見たことあるのに、この、日常のなかの奇妙な背徳感。


 俺は空中に次元の穴を出現させて自室と繋ぎ、引き寄せの魔法を使う。たぶんあったはず……と探しだし、黒の薄手のドルマリンカーディガンを取り出した。

「マリエラ、これ着といて」

 有無を言わさずマリエラに羽織らせる。袖もたっぷり余るカーディガンはマリエラの膝下まで丈がある。うん、よし。

「ヴァン、ありがとう」

「俺も一緒に救護室まで行くよ。その服部屋に戻すし」

「えっごめん」と言うマリエラに「別に」と返し、二人で救護室に向かう。フィリップたち三人と別れ、ひとけの無い廊下を進む。

 ふとマリエラが両袖を顔にぴっとり近づけて、ふふふと笑った。


「なに、どうしたの」

「ヴァンの匂いがするー」

「……ごめんねくさくて」

「えっ、ヴァンの匂いは良い匂いよ?」

 首を傾げつつ俺を見上げるマリエラはくそ可愛い。「あ、そ……」

「そうだ。さっきはごめんねヴァン、言い方が悪かった」

「何の話?」

「ヴァンには知られたくなかった、会いたくなかった、って言っちゃったやつ。そのぅ、ヴァンには情けないとこばっか見られてるでしょう? だからこれ以上格好悪いとこ見られたくなかったってゆーか、まず名誉挽回したかったってゆーか」

「情けない、っつーか、勇ましい、じゃね? その後恥ずかしいことにはなってるかもしんないけどぉ」

「ん~~~!」


 マリエラは嬉しさと恥ずかしさで悔しい! みたいな可愛い唸り声を出した。

 そんなマリエラを見つつ、俺は自分の機嫌がかなり上昇したことを自覚した。ほんっと……ほんっと単純だな、俺!


「じゃあ、まぁ、良かったとします!」

 やけくそみたいにマリエラが言った。照れ笑いしている顔を見て、今日の夢の続きを思い出す。



 あのあとマリエラは俺に『ヴァン様はご実家に帰れてる?』と訊いたのだ。俺が二歳から実家を離れ、王宮に住んでいることを聞いたのだろう。

『帰れてるよ。実家は王都から近いしね』

 五歳までは一日たりとも帰れなかったが、そのぶん家族が王宮まで会いに来てくれていた。特に母はできる限りいてくれたことを覚えている。逆に兄には申し訳なく思うほどだった。

『それに俺、この年でもう王宮勤めの魔法士だよ? 伯爵家の次男としてはなかなか優秀でしょ』

 ジジイの弟子となった俺は自動的に王宮魔法士の組織に組み込まれ、同い年の王子フィリップの護衛や側近としての育成を考えられていた。


『寂しくはないですか?』

 マリエラはひっそりと言った。水面に落ちる朝露のような声音がして、俺はそっと居住まいを正したと思う。

『ううん。平気』

『そうですか』

 そう言ったマリエラが、それまで見たことないような優しい笑顔を向けてきたので、俺の心臓は急に重くなった、ような気がした。しばらく脳裏に焼き付いて離れなかった。




 目の前をゆく十七歳のマリエラは、周りに誰もいないのをいいことに、俺のカーディガンのだぼだぼ具合を楽しんで袖をぱたぱたと振り回し、そのままくるくる二回転した。

「俺はね、いつも可愛いと思ってるよ」

 聞こえるか聞こえないか、それぐらいの声量で言った。

 マリエラが振り向いて小首を傾げる。

「ヴァン様、今なんて言いました?」


 ――ほらな。やっぱり聞こえてない。

造形が美しくても可愛いと思ってもらえるかは中身次第、とマリエラは思っています。

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