私は今、息が出来てます。
私の回想は終わる。現実に帰る。
見ていた夢は弾けてしまった。目が覚めてしまえば、戻れない。
おぼろであいまいになって、泡みたいに消えてしまう。
夢が弾けて、初めて気が付いた。私、君のことが好きだったんだ。
隣にいる時間が好きだった。気兼ねなく笑いあえる空気が好きだった。
空気のように当たり前のものがなくなってしまったら、こんなに息苦しくなってしまうんだって、今になって思い知った。
ぽろりと滴が落ちた。周りに見られたくなくて、うつむく。
どうしよう。
喉の奥にこみ上げてきたものが詰まる。詰まって気管を塞ぐ。
苦しい。
ああ、空気が上手く吸えない。
「……って……て」
後ろの方から、声が聞こえる。
君の声に似ている気がするなんて。ほんと、重症だ。
「待……よ……待てって」
声はだんだん近づいてくる。
誰を呼んでるのか知らないけど、うるさいな。私は今それどころじゃないのに。
「おい!」
声を無視して歩いていたけど、乱暴に肩を掴まれて私は顔を上げた。まばたきをして、涙をひっこめる。
後ろには少し怒ったような顔の君がいた。
「なんで先に帰っちまったんだよ」
唇をとがらせて、君の声が私を責めている。
意味が分からない。
「なんでっ……て……」
胸に詰まったものが邪魔をして、私の声はかすれていた。
「だって、お邪魔でしょ。彼女はどうしたの?」
君の周りを確認するけど、頬を染めて告白していた、有栖川さんの姿は見当たらない。
「断った」
「なんで? だって、有栖川さん可愛いっていつも言ってたのに」
馬鹿話の中で、時々君の話題に上っていた彼女。美人でスタイルがよくって、顔が小さくて。うちの学校のアイドルの有栖川さん。
彼女からの告白を断るわけなんてないと思ってた。
「あれは、単なるミーハーっつうか。芸能人を可愛いって言ったって本気で好きなやつって殆どいねぇだろ。あれと一緒だ」
「芸能人が向こうから言い寄ってくれたら、普通オーケーするよ」
「他に好きな奴がいなけりゃな」
ズキンと胸が痛んだ。君は、誰か好きな人がいるんだ。
「ばか。そんな顔すんな。わかれよ」
君の切れ長の目が細まり、苛立つように揺れた。
わかれって何をわかれっていうの?
私が傷つく資格なんてないって、そういうこと?
「そっか。そうだよね」
「なんでそこで、そんな泣きそうな顔するんだよ」
「してないっ」
君の声はいっそう不機嫌で、私こそどうして君がそんな顔をするのか分からない。
そんな熱のこもった瞳で、私を見るのか分からない。
君の指が私の頬を拭った。今流れてはいないけれど、さっきまでの涙で私の頬は濡れていた。大きな指が触れる感触に、また涙が出そうになる。
「ガキの頃から一緒なのに、言わないとわかんねぇのかよ」
ちっと舌打ちをしてから、君が背筋を伸ばした。すうっと息を吸い込む。
「好きなやつはお前だ!」
空気が震えるような大きな声が、私の気管を塞いでいたものを吹っ飛ばした。
吹っ飛んで、真っ白になった。
息苦しさがなくなって、肺いっぱいに空気が入る。
急にたくさん入ってきた空気にあえぎ、私はパクパクと魚みたいに口を開け閉めする。
うそ、ほんとに?
「返事は?」
「すっ、好き、好きですっ」
反射で答えた声は、恥ずかしいくらいに上擦っている。頭のてっぺんから足先まで、熱くてふわふわした。
なにこれ。
君への気持ちで満タンになって、入りきらなかった好きがあふれてくる。
好きです。君のことが好きです。
きっと、ずっとずっと、好きでした。
「君が、好き」
あふれた想いが、自然と口からこぼれ落ちた。
「よっしゃあ」
勢いよくガッツポーズをとった君の姿を、私は信じられない思いで見てる。
子供みたいにはしゃぐ君はいつもの君なのに。いつもよりもくっきりと私の目に焼き付いた。
どうしよう。泣いてしまいそう。
道を行く学生たちが、何事かと私たちを振り返っている。
「しゃあねぇな」
好奇の視線の中、君はぶっきらぼうに手を出してきた。
えっ? と立ちすくむ私の手をさっと取って歩き出す。
「離すんじゃねぇぞ」
繋いだ君の手が思いの外、温かくて大きくて。私の手は、すっぽりと包み込まれてしまった。
好きと嬉しさがあふれて出て行ってしまいそうで、君の背中へ、私は「うん」とだけうなずく。それが精一杯だった。
君に手を引かれながら、私はそっと背後を振り返る。
君とこの道を今までみたいに歩くことはもうないけれど。
これからの私たちがこの道を歩くのかもしれない。
前へ向き直れば、見慣れた道が続いていた。君と何度も何度も歩いた道が。
もう振り返ることなく、私と君は歩く。肺いっぱいに空気を吸い込んで。
さようなら、私の片想い。
こんにちは、私と君の両想い。
君という空気を得て、私は今、息が出来てます。
次の一話は公募用のあらすじです。
物語はここで終了です。
最後までお読みくださり本当にありがとうございました。
短編から、ふと思い付いての連載版でした。楽しんで頂けましたでしょうか?
きゅんとして頂けたなら、幸いです。




