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罰あたりな、にわか信者の願い事

「私も、ラッキーだったな」


 頬をほんのり赤くした有栖川さんが、伏し目がちに言う。有栖川さんの声はひそめられていたけど、はっきりと届いた。


「え?」

「新年早々、藤河くんに会えて、ラッキーだった」


 そう言って、伏せていた目を上げた有栖川さんは微笑んだ。

 君の目がらしくなく大きく泳いで赤くなる。困ったように頬をかいた。


 二人して顔を赤らめ歯切れ悪くしゃべっている様は、なんだか初々しいカップルみたいだった。


 あんなに動揺しちゃって、照れちゃって。


 話している二人の横で、私は黙って会話を聞いていた。会話に入ろうと思えば入れるけれど、妙な疎外感がそれをさせなかった。


 やだ。なんか私、お邪魔虫だよね。


「せっかくだから、ちょっとおみくじ引きに行ってくるね」

「あっ、おい」

「すぐ戻るから」


 慌てた君に私はくるりと背を向けた。それきり二人を見ないで走り出すと、人ごみの間へ体を滑り込ませた。


 拝殿の近くほどではないけれど、おみくじの売り場もごった返している。列の最後尾に並んで、私は大きくため息を吐いた。


 楽しい空気はみるみるしぼんで、温かかった心にひやりとした風が吹き込んでいる。


 君と初詣に来たのは私なのにな。君の、ばーか。

 心の中の君を蹴っ飛ばしてみるけど、虚しい。


「おいこら、千尋。置いてくなよ」


 そうして並んでいると、少ししてから君が駆け寄ってきた。ちらりと横目で確認してから、前に並んでいる人の背中を睨みつけた。

「あら、美人とおしゃべり出来るラッキーを堪能してればよかったのに」

 とげとげした心のままに出した声は、我ながら可愛げがない。


「勘弁。緊張して無理だって」


 そうね。私には緊張なんてしないもんね。有栖川さんにはするんだもんね。


「あっそう。それで有栖川さんは?」


 周りに有栖川さんの姿は見えなかった。


「さっきあそこにいたのは友達のトイレ待ちだったらしい。友達が戻ってきたから俺は退散」

「残念だったねー」

「なんだよ、怒ってんのか」


 私がつんと顎をそらしていると、君がニヤニヤし始めた。なんかムカつくんですけど。


「不細工な顔ー」


 ぶくく、と笑いながら私の頬をつつく。いつもなら「なによ、もう」って軽く怒るふりをして流す。なのに、今の私はだめだった。


 有栖川さんには可愛いって言う君が面白くなくて、むかむかしていたのに。

 いつも通りに頬をつつかれた途端、ムカつきよりも悲しくなった。


 潤みかけた瞳を隠そうとうつむく。


「おい、千尋?」


 君の声が探るようなものになった。

 多分、バレてる。

 泣きそうになった時、こうやってうつむくのは私の癖だから。


 ひゅうっ。


 私の心を表すかのように、冷たい風が吹いた。でも冬の冷たい風はそんな詩的で情緒あるものじゃなくて、物理的に寒さを運ぶ。


「寒っ」


 私は泣き出しそうな気分とか関係なく、反射的に呟いて首をすくめた。

 寒いと言ったばかりの私の口から、白い息がこぼれる。コートのポケットに手を突っ込んだ君の口からも、同じように白色が吐きだされていた。

 二つの白が空気に溶けて消えるころ、また新しい白が吐き出される。


 しまらないなぁ。

 君へのムカつきも悲しい気分も寒さには勝てない。


 私はぶるりと身を震わせて、両手をこすり合わせた。


 その私の手に、にゅっと大きくて骨ばった手が伸びてくる。手は冷たくかじかんだ私の手を包むと、ぐいっと下へ引いた。


 えっ、なに?


「わっ」


 そのままずぼっと君のコートのポケットへ突っ込まれる。


「これで温いだろ」


 君の手は私の手よりは冷たくないけど、やっぱり冷えていてそんなに温かくない。けれど、ポケットの中は温かかった。


「動きにくいんだけど」


 温かいんだけど、素直にありがとうって言えない私は唇を尖らせて君を見る。見上げた先にある君の顔はあっちを向いていた。


「知らね」


 素っ気ない、ぶっきらぼうな君の返しに口元が弛んだ。


 両手ごと掴まれてポケットの中だから、普通に並んでいるよりも体が寄り添っている。両手に伝わる温もりと、寄り添った体に感じる君の熱に、冷えていた私の心はあっさりと溶けてしまった。


 ほんと、しまらないな。

 くだらないことで落ち込んで、ささいなことで気分が上がってしまうんだから。


 順番が来て、私たちはおみくじを一つずつ買った。


 開いたおみくじは『末吉』。

 なんか微妙。

 ひょいと覗いた、君のおみくじも『末吉』。


「同じじゃん」

「おう、同じだな」

「ぷっ」

「ぶくくっ」

 おみくじを片手に二人して笑いだした。


「受かるかな、大学」

「受かんだろ。賽銭も弾んだし」

「うそ、何円?」


 占いとか神頼みを毛嫌いする君がお賽銭を弾むなんて。

 私はびっくりして君をまじまじと見た。


「五円、2枚」


 君の答えにがくっと片方の肩を下げる。

 五円2枚って十円じゃん。


「それのどこが弾んでるのよ」

「ああ? 二枚だぞ。倍だぞ、倍。ご利益も二倍だろ?」

「はいはい。言っとくけど、五円はご縁がありますようにって意味よ? 合格祈願には関係ないでしょ。どうせお賽銭を弾むんだったら千円札とかいきなよ。私が神様だったら、それくらい出したら願い事叶えてあげる」

「ばっか。神様が賄賂で動くかよ。気持ちだ、気持ち」


 お賽銭の金額がどうのなんて神様からしたら、きっとどうでもいい話をしつつ私たちは神社を後にする。神社って、神様に願い事をするんじゃなくて感謝するものなのにね。


 とんだにわか信者で、罰当たりだね。


 だってさ。


 感謝どころか私の願い事は。

 受験のことですらないんだもの。


 大学が受かったら、私たちは別々の道を行く。

 だから私は……。


 ポケットと君の手に包まれた私の両手。肩に当たる君の腕。


「腹減ったなー、コンビニ寄らねぇ?」

「もう?」

「たりめーだろ、飯食ってちょっと動いたら腹減るっての」

「おせち食べられなくなるよ?」

「それまでには腹減るから余裕」


 こんな、なんでもない会話が楽しくて、嬉しくて。空気がほわりと温かく色づく。


 卒業までのもう少しの間。


 この優しい夢に浸っていたい。

 この温かな空気を吸っていたい。


 だから神様お願いです。

 君と過ごす時間を、これからもください。

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