ぐるぐる巻いた祭りの渦
祭りって、渦みたい。人の波が勝手に流れて、むわっとした熱気がぐるぐる巻いている。
手を繋いだ家族連れ。楽しそうに友達と回る小学生や中学生。ゆったりと歩くおじいさんとおばあさん。カップルらしき二人。
浴衣の美人、露出したワンピースのお姉さん、くたびれたおじさんも、子供を抱いたお母さんもいる。
彼らの歩きと話し声が、にぎやかに私と君の前から後ろから流れを作って、熱気をかき回す。
流れに乗って足を動かしていた私は、沢山ある屋台の一つの前で歩みを止めた。
「わ、金魚すくいだ」
「おう。やっとくか?」
水を張った浅くて広い水槽に、赤と黒の金魚が泳いでいる。ふちにしゃがんだ子供が真剣な顔をして狙っていた。
「やめとく。金魚がかわいそうだもん」
君の気軽な問いに、私は苦笑いで首を振る。
小さい頃は水槽の中の金魚がとても綺麗で魅力的で、どうしてもやりたいと駄々をこねた。そうして持って帰った金魚は翌朝には死んでいたり、飼っていた猫がとってしまったりしたものだ。
そういえば君は、早々に用水路に放したって言ってたっけ。
自然に帰すって言ってたけど、金魚が自然の中で生きていくのは難しいと思う。多分だけど、死んじゃったんだろうなあ。
今だからそう思えるんだけどね。当時は私もそうかぁ、と納得してた。
「まず腹ごしらえな」
「右に同じ」
フランクフルトを買って、食べながら歩く。普段ならお行儀が悪いけど、祭りの時は許される。それもまた、魅力のひとつだった。
左右に立ち並ぶ屋台を物色しながら歩みを進めていると、目に止まったのは色とりどりのスーパーボールが浮かぶ水槽。
私は水槽を指差して、隣の君を見上げた。
「金魚はかわいそうだけどさ、あれやらない?」
「おお。いいぜ。どっちが多く取れるか勝負な」
「負けないわよ」
浴衣の袖をまくって力こぶを作る。気合満々で挑んだ勝負だったけど。
大差で君に負けた。
ってか、水に入れたひとすくいで破れるなんてー。
「へへーん、俺の勝ちー」
「ぐぬぬ。ムカつく」
がっくりとうなだれた私に、君はドヤ顔だ。そんな私たちを見守っていた屋台のおじさんが君に声をかけた。
「なんだい、兄ちゃん。彼女に勝ちを譲ってやれよ」
「「彼女じゃありません!!」」
二人の声がかぶって、君と顔を見合わす。
「ははは。いいねぇ」
おじさんに爆笑されてしまった。
次に買ったのは焼きそば。フランクフルトは食べながらでいいとして、やっぱり焼きそばは止まっていないと食べにくい。
両端に屋台があるから、君と私は真ん中の開けたスペースで立ち食いをした。
「美味しー」
なんで屋台の焼きそばって妙に美味しく感じるんだろう。
フランクフルトだって、たこ焼きだってそう。確かに美味しい場合もあるけど、たこ焼きなんて当たり外れがある。
粉っぽかったり、冷めていたり。普段よく食べるたこ焼き屋さんの方がよほど味はよかったりするのにね。
でもやっぱり、屋台の食べ物は美味しい。
ぶら下がった提灯と屋台の明かりに照らされた人々。キャラクターのお面をつけた女の子と、くじ引きで当てたおもちゃを持った男の子が私たちの横を走り、楽しそうに追い越して行く。
この雰囲気が何でも美味しく感じさせるのかもしれない。
「ぷくく。青のり付いてっぞ」
「え? どこに?」
私はたぶん唇についているんだろうと思い舐めとろうとしたけど、そういえばグロスリップをつけていることを思い出した。
舐めたらせっかくのリップがとれちゃう。
だから何気なくどこについているのか君に聞いた。
教えてもらえたら、指でぴっと取ればいい。それならリップも取れなくてすむ。女友達なら、自分の顔を指さしてここだと教えてくれるもの。君もそうすると思っていた。
「ここ、ここ」
だから君が笑ったまま私に手を伸ばし、君の指が直接私の唇に触れたのは、完全に不意打ちだった。
私より大きな親指が、私の唇をかすめるようにそっと拭う。
「とれたぞ」
低い声が私の鼓膜を震わせても、驚いて君の目を見つめ返すしかなかった。
君の顔からいつの間にか笑いが引っ込んでいて、君の目にあまり見たことがないような光があって。
私の目は、その光に吸い込まれた。
「うっし。んじゃ、次は焼き鳥な」
それは本当に一瞬で、君はにーっといつもの顔で歩きだした。
「ほれ、ぼーっとしてんなよ」
「あ、うん」
片手に串、片手をポケットへ突っ込み、肩越しに振り返る君が本当に普通で、私はさっきのことが本当にあったことなのか自信がなくなった。
今のは見間違い、だよね。
うん。そうに違いない。
「焼き鳥の後は、たこ焼きだろー。串カツも美味そうだよな」
「どんだけ食べるつもりよ」
君が指折り数える食べ物の多さに、私は思わずツッコミを入れた。
君は焼きそばを二個も食べたばかりなのに、他の食べ物の話。しかもたこ焼きなんてまたソースもの。私だって最初に食べ物のことばっかり言ってたけど。
「ばっか。高校生の胃袋なめんなよ」
そう言って君はさっそく焼き鳥買ってるし。
「お前も食う?」
「ううん。私はいい」
屋台の食べ物は美味しいけれど、たくさん食べると胸やけする。
ほくほくと嬉しそうに買い込む君から視線をそらし何気なくあたりを見渡した私は、「あ」と小さな声を上げた。




