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【完結】親によってヤクザに売られた俺は、いつしか若頭になっていた。  作者: 松竹梅竹松
第2章

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第2章 第0話 メインヒロイン

「見て見て光輝! どう!? 似合ってる!?」



 高校の制服を着た結愛が俺の部屋に飛び込んできてくるりと一回転する。何の特徴もない、普通のブレザーの制服。似合っているかどうかと問われれば、似合っていない。彼女はもっと上等な服を着るべき人間だ。初めて出会った時のような、一目で俺なんかとは住む次元が違うと感じさせるような空気。子どものように笑顔で無邪気に飛び跳ねている今の結愛からは、本来の彼女が持つ威厳が感じられない。これではどこにでもいる普通の高校生のようだ。



「うん、すごい似合ってるよ」



 だが結愛はそれでいい。こうなるために5年間……いや15年もの歳月を耐えてきたのだ。組長の娘という立場で見られ続けてきた結愛は、自由に笑うことすら許されなかった。皆が望む『お嬢』は普通の子どもではなく、極道の血を継いだ特別な存在だったからだ。



「やっと私たちの第一歩よ! 思う存分楽しみましょう!」



 でも今日からは違う。今日から結愛は、普通の高校に通う普通の高校生。かくいう俺も、日中はヤクザの若頭という立場を忘れてただの高校生でいられる。もちろんまだヤクザを抜けるという夢は叶っていない。それでも結愛の言葉に心の底から同意できる。今日は高校の入学式。今日が俺たちの夢の始まりだ。



「何を能天気なことを言っているのですか、お嬢様。曝け出すことより隠し通す方が遥かに難しい。あなたたちはヤクザであることを秘密にしなくてはならないのですよ」



 この喜びムードに水を差してきたのは龍華。彼女も今日から俺たちと同じく高校に通うわけだが、その目的は大きく異なっている。結愛の護衛……何より俺たちの監視だ。



「いいですか、わたくしたちが今日から通う『音旗高校(おとはたこうこう)』は言ってしまえば底辺校です。名前を書ければ誰でも入れるような馬鹿高校。つまり治安は最悪です」

「治安って……ヤクザの方が遥かに悪いだろ」


「だからですよ! いいですか? わたくしを含め、あなたたちは裏社会に浸りすぎています。普通を望むということは普通からかけ離れているということ。わたくしたちには一般常識がありません」

「言い過ぎだって。お嬢様な結愛や龍華はともかく、俺や舞は元々一般人だったんだから」


「言い過ぎ? ならば光輝さん。あなたは喧嘩を売られたらどうしますか?」

「喧嘩は弱いからなぁ……。でも殴られたらやり返す大義名分ができるし、後で徹底的に潰すと思うけど」


「はい間違い! 正解は先生に相談する、です! 舐められたら戦争開始なんていうのはヤクザの一般常識。ましてや相手はカタギです。できる限り穏便に済ませるようにしてください」

「……はい」



 返す言葉が見つからなかった。特に最近は若頭になったせいで思考が過激になっていた。せっかくの機会だ、結愛と一緒に普通を学び直すとしよう。



「それとわたくしたちは身分を隠す必要があります。学校にいる間はこの名前を徹底してください」



 俺、結愛、舞に手渡されたのは学生証。しかし苗字が佐藤になっている。結愛も舞も龍華も同様だ。偽名……いや通名ということだろう。結愛や龍華の苗字はそのまま組の名前だし、俺と舞はそもそも中学に通っていない。身分詐称とまではいかないが、日本で一番多い苗字を使って立場を隠すのはアリかもしれない。だがこれに反応したのは結愛だ。



「ちょっと待って。この学生証を作ったってことは、学校に無茶を言ったってことよね」

「はい。それとクラスも同じにしてもらっています。ただ公立の学校相手は金銭のやり取り自体がかなりリスキーでした。知っているのは校長くらいです」


「そういうの嫌って言ったわよね!? 私は組の力も金の力も使いたくないの!」

「組長からの指示です。護衛としてこれだけは譲れません」



 その対応に結愛は大変ご不満な様子だが、これには強く賛成する。いくらうちのシマ内とはいえ、危険が全くないというわけではない。なるべく結愛からは離れない方がいいだろう。きっと他にも何か企んでいるはず……だけど問題ない。俺も一つ、誰にも言っていない切札を隠し持っている。上手く使いこなせれば組長や龍華の裏をかけるだろう。



「とりあえずそろそろ出発しましょう。入学式から遅刻というのはいただけません」



 龍華のその一言で言い争いが終わり、俺たちは組長邸を出る。音旗高校はここから徒歩で30分ほどの距離にある。当初は皆川さんの車での送迎の予定だったが結愛が固辞。電車はお嬢様の結愛や龍華、貧乏人の俺が乗ったことなく却下。自転車も同様の理由で難しかったので歩きでの登下校となる。



「お付きの人がいない外出……初めてだわ!」

「わたくしがそれです。危ないのであまりはしゃがないでください」



 初めての出来事に歓喜する結愛と、それを止めようとする龍華。二人の背中を眺めながら俺と舞で隣り合って歩く。



「若様……舞、昨夜からずっと考えていたことがあるんです」



 珍しく朝から静かだった舞が、これまた珍しく小声で声をかけてくる。



「舞は若様の護衛です。それは学校でも同様。でもずっと近くにいるのは不自然ですよね」

「だな。まさか四つ子なんて設定は無理があるだろうし」



 同じ苗字という設定とはいえ、俺たちはあくまで赤の他人。近くに同じ制服を着た人はいないとはいえ、今の状況も少しまずいのかもしれない。



「な……なので……大変恐れ多いのですが……! 舞と若様がっ、カ、カップルという設定にするのはどうでしょうか……!?」

「あぁー……それは……アリかもしれない」

「ほっ、本当ですかっ!?」



 頬を真っ赤に染めた舞が驚きながらもうれしそうに俺の顔を見上げてくる。舞にも自由な学生生活を楽しんでほしいが、言ったところで聞かないだろう。だったら少しでも不自然な点を減らした方がいい。



「カ……カップルでしたら……て、手とかつないだ方がよろしいですよねっ!?」



 意を決したように舞の右手が俺の左手に絡んでくる。少し湿った感触がどこか心地いい。



「ぇへ……ぇへへ……っ。学校でもなるべくこうしていましょうね……若様……♡」



 舞が距離を詰め、俺の身体に寄りかかるように触れてくる。腕に当たる胸の感触と同じシャンプーを使っているとは思えない香りが俺の鼻をくすぐると同時に。



「……こーくん?」



 5年前。ずっと隣にいた香りが舞の匂いを打ち消した。



「やっぱり……見間違いなんかじゃない……こーくん……こーくんだ……!」

「……は?」



 控えめに身体を擦り寄せていた舞の身体が隣から引き剥がされ、代わりに別の女子が前から腕を広げて俺の身体を包み込んできた。一瞬勘違いかと思ったが……少しウェーブがかかったふわふわとした髪、やわらかな声音、大きく澄んだ瞳。そしてあの頃と全く変わらない、隣にいると心が軽くなる香り。一瞬で可能性は確信へと変わった。



神室(かむろ)……藍羽(あいは)……!?」

「こーくん……! ずっと……会いたかった……!」



 神室藍羽。小学生の頃、ずっと一緒に遊んでいた幼馴染。挨拶もできないまま別れてしまった親友。そんな彼女との再会は、喜びよりも遥かに危機感が勝っていた。



「ちょっと。光輝は私のものなんだけど。なに勝手に触ってるの?」

「お嬢……どうやらこの方は舞に喧嘩を売っているようです……。せっかく勇気を出したのに……! 絶対に許しません……!」

「ちょっと待った!」



 突然現れた藍羽に臨戦態勢を取る二人を必死に抑え込む。ここで喧嘩なんか絶対に駄目だ。その瞬間俺たちの人生は詰むと考えていい。なぜなら彼女は。



「お父さん……まだ警視総監なんだよな……!?」

「うん、そうだよ?」

「「ぴゃっ……!?」」



 俺たちが絶対に関わってはいけない、強すぎる敵なのだから。

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