第1章 最終話 幕開け
「ということで赤熱組を潰してきました」
「……は?」
赤熱組の事務所に殴り込みに行ったその日の夜。俺は組長に事の顛末を伝えていた。
「待て光輝……どういうことだ? 一から説明しろ」
「小澤が赤熱組の奴らと共謀して俺を引きずり降ろそうとしてたのは知ってますよね。だからその報復をしようとしたんですよ。そうしたら一瞬で降伏しました」
そう、厳密に言えば完全に赤熱組を潰したわけではない。宣戦布告をした瞬間、赤熱組の若頭が白旗を上げたのだ。今テーブルの上に置いてある札束十個を差し出して。
「相手は弱小ヤクザ。うちとまともにやり合える武力も資金も持ち合わせていない。その場で始末しようにも、ヤクザ界屈指の武闘派が二人もいましたからね。組のトップとしては間違ってない判断だと思いますよ。ただこれだけ取ればクスリの売買も派手な活動もできなくなるでしょう。実質的に赤熱組はおしまいですよ」
どんな活動をするにしても、まず必要なのは資金だ。法外な金融活動をするにしても、元手がなければ金を貸すこともできない。ただでさえヤクザが生きづらい現代。元の資金力を取り戻すにはかなりの年数が必要だろう。何より。
「赤熱組が持ってるシマも半分ほどもらいました。俺たちがこれから通う高校もこれでうちのシマです。組長が気にしてたセキュリティも解決したし、シマを奪ったことで箔もできた。メンツの問題も何とかなったと思いますけど」
「……初めからそれが目的か」
「昨日の今日で組を潰せるなんて初めから思ってませんからね」
今さら何をわかりきったことを。小澤も赤熱組も初めから敵ではない。俺の敵は唯一、結愛が高校に通えない可能性だけ。だが多額の資金を手に入れ、シマも増やした。これだけの成果を出しておいて、俺たちの些細な願いを無碍にすることはないだろう。
「……わかった。高校は好きに選べ。ただし龍華も同じ高校に通わせる。それが条件だ」
「まぁそれくらいはいいですよ。好きに監視してください」
普通の人生からは一歩遠ざかるが、依然として結愛に危害が加わる可能性は残っている。護衛として同い年の女の子を連れるくらいはいいだろう。何はともあれこれで差し迫った問題はクリアした。後は結愛と舞が普通の学生生活を送れさえすれば……と考えていると。組長が大きくため息をついた。
「結愛にお前を買わせたのは失敗だったな。いくら赤熱組が弱小組織だと言っても、組織は一枚岩じゃない。その上の団体、さらに上の団体……突き詰めればうちの親団体の敵対組織が出てくる。これでどんな抗争に発展するか……ちゃんとわかってるのか?」
「その時は俺がその組織を潰しますよ」
「……お前を買わせたのは失敗だったが、お前を若頭に選んだのは正解だった。お前はヤクザを辞めたがってるようだが、一度鏡を見てみろ。もうそこに映ってるのは立派なヤクザの若頭だよ」
これ以上話をしたくなかったので一度頭を下げ、組長の自室を出る。俺が若頭の顔をしている……か。ずいぶん見当違いだな。今の俺はただの復讐鬼だろうに。
「舞、やっぱり間違いないよな」
自室に戻り、書類の束とにらめっこしている舞に声をかける。すると俺の顔を見た舞は一瞬で顔をぱぁっと明るくして、一枚の借用書を渡してきた。
「間違いありませんっ。若様のご両親のものですっ」
俺が組長に報告した内容には一つ嘘があった。俺は今日、赤熱組を完全に潰そうと思っていた。全面戦争もハッタリではない。カタギに迷惑をかける悪い連中を生かす理由もなかったからだ。だがたまたまその書類を見てしまい、考えが変わった。生かさず殺さず、関係性を確保しておきたかった。
「……あいつら、まだこんなことをやってるのか」
それはつい三ヶ月前、俺の両親……俺を売った両親が赤熱組で300万円を借りたという借用書。金利はトイチ……十日で一割という違法な金利だが、きちんと一週間で返し終わっている。
この結果が導き出す答えは、現在両親は何らかのビジネスで成功しているということ。しかしまともな会社からは金を借りられず、違法金融から金を集めている。それでも尚、一瞬で返せるほどに成功している。
俺を売って、売られた俺はヤクザに堕ちて。それなのにあいつらは。俺の命の値段と同じ額を簡単に返せるようになっている。
「あぁぁ若様……! 素敵です……とても素敵な顔をしています……! 舞は一生あなたについていきます……!」
強い興奮を覚えたかのような震えた舞のその声がいやに耳障りが良い。それと同時に、部屋の外から声がした。
「光輝聞いて! パパが私が決めた高校に入っていいって! これで私たち、普通の高校生になれるわ! パーティーよ! 入学祝いをしましょう!」
無邪気な子どものような、はしゃぐ結愛の声。これを聞くためにがんばってきたはずなのに、素直に喜べない自分がいることに気づく。
俺の目的は結愛に普通の人生を送らせること。その次に舞も普通の人生に戻してあげたいと思っている。そしてできるなら、俺も真っ当な人生を送りたい。でも……あぁ。やっぱり駄目みたいだ。
「あんな奴らが幸せな人生を送ってるなんて、我慢できない」
そしてその邪魔をするには、今の立場が一番都合がいい。
「――ごめん結愛。まだそっちにはいけない」
こうして幕が上がる。いつしかヤクザの若頭になってしまった俺が、幸せになるための物語が。
これにて第1章完結。そしてプロローグ終了となります。第2章からは本格的に物語が始まり、復讐劇や恋愛、主人公たちが幸せな人生を送るためのストーリーが幕を開けます。どうかこの先もお付き合いいただけますと幸いです。
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