第5章 第15話 決別 3
「ば……馬鹿な……! こんなこと……ありえない……!」
蜘蛛道に倒された百井。結愛に倒された論馬組組長。藍羽に倒された母親。俺に倒された父親。唯一残された戦力外の高城一郎が死屍累々の山を見て狼狽する。
「お、覚えてろ……! お前ら反社なんか私が一声かければ瞬殺だ! 全員刑務所に送ってやるからな!」
高城一郎が捨て台詞を吐きながら逃走するが、追う者は誰もいない。部屋の外にはあいつがいるのだから。
「あれ、もう終わってしまいましたか」
人が積み重なった山の上に座り、純白のメイド服に返り血を浴びている舞。ニコリと笑い、山から飛び降りる。
「ひ……ひぃ……っ」
「パパ、どうして逃げるんですか?」
その娘の姿に恐怖し、そのまま部屋に戻ってくる高城一郎。そんな父親を追い詰めるように舞も部屋に入ってきて、その後ろからさらに四人が現れた。
「お嬢……無事でよかった」
「弟さんも無事のようです。これでお姉様も一安心ですね」
「あたしが光輝を心配してたみたいに言うな!」
「にしても……本当にやりやがったな」
下で囮になってくれていた皆川さん、雪、夜煌、星閃……みんな怪我はないようだ。皆川さんは舞と同じくらい返り血を浴びてるけど。
「これで……完全勝利だな……」
ホッとして脚から力が抜けそうになったが、まだやるべきことが残っている。いや、ここからが本番だと言ってもいい。論馬組の大半を潰そうがまだ終わらない。抗争とは、どう幕を引くかだ。
「蜘蛛道、提案がある」
「奇遇だなぁ葛城。俺もだぁ」
ここからは俺個人ではなく、若頭としての仕事。俺と同じくガクガクと震えながら必死に立っている蜘蛛道に交渉を始める。
「どう見ても鎧波組の勝利だが、その手柄は全部お前に譲ってやってもいい。俺たち鎧波組はここにはいなかった。蜘蛛道一派がクーデターを起こして下克上を果たした。鎧波組との抗争の漁夫の利って評価はメンツが立たないだろ」
この先一番厄介なのは、警察の介入。一般施設で銃撃戦まで起こしたんだ。鎧波組も論馬組も目を付けられる。だからこれは論馬組内の内部抗争……鎧波組との抗争は一切関係ないことにしたかった。元々組長の首を狙っていた蜘蛛道としても悪くない提案だろう。だがそれですんなりと終わればそもそも抗争なんて起きていない。
「そりゃあお前の都合だなぁ。ここまでやられた以上親父の失脚は確実。何もしなくても次期組長は俺ってわけだ。その提案に俺の利はねぇ。巻き込まれたくねぇならそれ相応の対価は払ってもらわねぇとなぁ」
……まぁそうなるよな。蜘蛛道は俺が一番嫌がることを理解している。いくら自分に得がある提案だとしてもそこを突かないはずがない。獲れるところからは徹底的に獲る。それがヤクザのやり方だ。だがこうくるであろうことは、ハナから予想していた。
「今この場にいる鎧波組の正式な組員は俺と皆川さんの二人だけ。舞は部屋住みだし、結愛もただ組長の娘ってだけだ。たった二人で組の介入だと言えるか? この事件、たとえ警察に全て露見したとしても結果は論馬組の内部抗争ってことで終わるはずだ」
少人数での奇襲。きっかけはもちろん蜘蛛道のアドバイスだが、それを利用させてもらった。そうなった場合当然俺や皆川さんも相応の罪には問われるだろうが、鎧波組本体に目が向けられる可能性はほとんどないだろう。
「……呑めなぇな。論馬組内だけで話が終われば、当然俺まで処罰が下る。そうなりゃ次期組長どころじゃねぇ」
「そこはご自慢の権力を使ってもらいましょう。ねぇ国会議員様」
突然話を振られた高城一郎がビクリと小さく跳び上がる。
「政治資金パーティーを開いていたところ、突然組長率いる組員が乱入してきた。カタギを巻き込むことをよしとしなかった蜘蛛道が撃退、結果的に下克上ということになった。こういうストーリーはどうですか?」
「ふ……ふざけるな……それで一体私にどんなメリットが……!」
「メリット? ねぇよそんなもん。いいんだぜ協力しないならそれで。こっちはあんたがヤクザとつながりがあるって情報を晒すだけだ。自分の地位が大事なら黙って俺の言うこと聞いてろボケが」
「……は、はい……」
ヤクザと軽々しく関係を持ってしまった報い。ヤクザは存在自体がタブーなんだ。利用したら最後、一生そのことで脅迫され続ける。これで高城一郎は俺の奴隷になったというわけだ。
「ということで蜘蛛道。俺たちはこの場に存在しなかった。それでいいな?」
「……チッ。どうせ口じゃ敵わねぇんだ。好きにしろ」
よし。これで鎧波組に警察が介入してくることはない……だろう。警察の娘が堂々とした裏取引の現場に怖い目で見てくるがそれは後回しだ。今度何でも言うこと聞こう。あとは……。
「ん……んぅ……?」
「何が……起こった……?」
今ようやく目を覚ました両親の処遇。これで全てが終わる。
「おい」
「「ひっ……」」
倒れている二人に声をかけると、彼らは抱き合いながら悲鳴を上げた。この状況、逃げ場はないと理解しているのだろう。しかしそこは俺の両親。最後まで往生際が悪い。
「お、俺たちは法律上何も悪くない……! たまたまヤクザがここにいただけ……俺たちはただ政治資金パーティーに参加してただけだ……!」
俺が提案したストーリーとほぼ同じ内容をその場で組み立ててみせた父親。本当に……悔しいが血のつながりを感じてしまう。だがそんな詭弁なんてもはやどうでもいい。
「あんたらを裁くのは法律じゃない。俺だ」
本当に、こいつらには酷い目に遭わせられた。虐待され、道具として使われ、そして必要がなくなれば売られた。心の底から大嫌いな連中だ。
「い、いいのか……!? 俺たちは家族だぞ……!」
「家族を見捨てて心は痛まないの!? 心までヤクザになっちゃダメよ! 昔のあなたを思い出して!」
この期に及んで言うことは謝罪ではなく口先だけの情に訴えた命乞い。自分たちが俺に何をやったか覚えていないのだろうか。
「俺たちを殺したいなら殺せばいい……でもそれで苦しむのはお前自身だ! 復讐なんかに心を囚われるな!」
「……俺さ。最近初めてカニ食べたんだよ。美味かった……見た目は蜘蛛みたいなのに何であんなに味が違うんだろうな」
それでも浮かんでくるのは、いい思い出ばかり。遊園地に連れて行ってもらったこと、一緒に食卓を囲んだこと、家族並んで眠ったこと。どれも最悪な人生の中で、記憶に舗装された歪んだ思い出だ。ほとんど全てが虚構。でも確かに、間違いなくそこにはあったんだ。家族という形が。
「だから船に乗ってカニを獲ってきてくれ。それでもし……帰ってこれたのなら。家族みんなで、ごはんを食べよう」
怒りのまま殺したり、法律というルールで決められた罰なんかで終わらせない。しっかり働いて、正式に給料をもらい、普通の家族のように過ごしたい。子どもじみた願いだろうが。それでも、それが俺の望みだ。
「ま……待ってくれ……! 家族を売るのか……!?」
それでも納得できない両親が、皆川さんに引きずられながら最後の抵抗をしてくる。でももう、全てが遅い。
「大丈夫だよ。売られても案外、何とかなるもんだ」
それは俺が既に体験していることだから。
「……終わったな」
両親が完全に部屋から消え、悲鳴すらも聞こえなくなった。これで復讐は果たした。5年間消えなかった想いが、完全に消え失せた。残ったのは、言葉にならない感情だけ。
「ぁぁ……ぁぁぁぁ……!」
自然と涙が溢れてきた。悲しいのかうれしいのかもわからない。ただただ涙が溢れて止まらなかった。
「光輝、よかったわね。家族とちゃんと話せて」
「大丈夫ですよ。舞たちは若様と離れませんから」
「だからこーくん。今は泣いていいからね」
生んでくれた家族と別れ。これから共に生きていく家族たちに支えられながら、止まることのない涙を流し続けていた。




