第5章 第13話 上位互換
「あぁ……クソ……痛ぇ……!」
百井にボコられたことと、卑雷針の電撃。少しでも油断すれば気を失ってしまいそうだ。だが残ってるのは中年高年の四人だけ。うちの両親は日常的に暴力を振るってきたが別に喧嘩が強いというわけではないし、論馬組組長も蜘蛛道に引っ張ってもらってるだけの小物、高城一郎にいたってはただの政治家だ。この状態でも勝てる……ぶっ潰す!
「おうおう、まさか親を殴る気か? そんな子に育てたつもりはねぇんだけどなぁ」
「お前らと会話する気はない。勝手にブツブツしゃべってろ」
両親の倒し方は俺がいちばんよくわかっている。会話しないこと。何の感情も表さず、ただ黙々と一撃で潰す。俺が一番やられたくないことだ。
「残念だけど、お前じゃ俺らには勝てねぇよ」
父親がナイフを片手に立ち上がる。ステーキでも食ってたのだろう。たいした殺傷力はない。目や首さえ気をつけていれば致命傷にはならないはずだ。卑雷針の電撃で牽制しながら構える。
「もちろんお前が勝つ可能性はあった。つーかここに来られた時点で九割負けてた。でもやっぱ賭けて楽しいのは大穴だよな。化物っつーお前のメイド奴隷とか、そのイカレたガキに撃ち殺させればそれで俺らの負けは決まってた」
「舞は化物じゃねぇし奴隷でもねぇよ。それに結愛にそんなことさせるわけないだろ」
……いけない。こいつと話しちゃいけないとわかっているのに、口が自然と反論してしまった。不快感。俺が言われて嫌なことを的確に選んできている。
「ははっ、だからお前は俺たちに勝てないんだよ。なぁ光輝、俺はとっても弱い人間なんだ。一人じゃ何もできない弱い人間。真昼に支えてもらえなかったら今頃ホームレスにでもなってたんじゃねぇかな。あのガキみてぇな本物とは程遠い、出来の悪い贋作だ」
「ああ知ってるよ。俺もそうだからな。誰かに助けてもらえなきゃ、今日まで生きていくことすらできなかった」
「そこが俺とお前の違いだ。勝者と負け犬のな。助けてもらうんじゃない。助けさせるんだよ」
話していた父親が、突然俺に向かって駆けてくる。だが話半分で聞いていたおかげですぐに俺も反撃の体勢を取ることができた。しかし俺の電撃を纏った一撃は、父親に通ることはなかった。奴は俺ではなく、すぐ傍で倒れている百田の肩にナイフを突き刺したからだ。
「ぐ……ぁぁ……!」
「これは貸しだぜ。しっかり働いて返せよ」
肩を刺された痛みで目が覚めた百田。それに気づいた瞬間俺はスタンガンを突きつけようとした。寝起きで気づくはずがない、無音無光の凪。
「そう来ると思ったよ馬鹿が!」
「がぁ!?」
百田を刺した直後、立ち上がりながらその勢いを使って俺を殴り飛ばしてくるクソ親父。しかもまだ龍華に刺された傷の癒えていない腹をやられた。痛みで意識が飛びそうだ……!
「ははは! だからお前は負け犬なんだよ! 俺の話を聞いちゃいけないって頭ではわかってただろ!? なのに心は家族を捨てられなかった! ほんっとお前みたいなゴミ息子、捨てて正解だったぜ!」
勝利を確信したからか。父親が高笑いを上げる。悔しいがその通りだし言い返せる余裕もない。今俺にできることは、卑雷針の音で百田の気を引くこと。落ちている拳銃を拾わせないことだ。
「おいどんな音が起きても振り返らず銃拾えよ」
だが俺がスタンガンを起動するより早く、父親が百田に指示を出した。悔しいが、完全に読まれている……!
「どうせそのパチスロスタンガンで気を引いて、あのガキに拳銃を奪わせるつもりだったんだろ? わかりやすいんだよ馬鹿が! いいか? ちゃーんと理解しろよ? ヤクザの世界では多少上手く立ち回れてたんだろうが、それは相手がクズだったからだ。俺はお前の親! お前は俺に育てられた! つまり! 俺はお前の上位互換なんだよぉ!」
……クソ両親共に育ててもらったことなんかない。が、俺の駆け引きの参考は紛れもなく両親だ。教わったことはなくとも考え方の根っこはこいつらに仕込まれた。血は抗えない。俺はどうしようもなく、両親の息子だ。そして守るべきしがらみがない分、あいつらは俺より強い。
「俺もお前も強さの本質は言葉じゃねぇ! 恩を売り、使い、切り捨てる! 言葉はそのための道具だ! 助けてもらうなんて言ってるようじゃ遠く及ばねぇ! 命を懸けてでも助けさせるように動かさねぇとなぁ! お前の一番の敗因は、俺になれなかったことだ!」
「敗因? 勝因の間違いでしょ。あなたと違って素敵な人だから、わたしは彼を助けようと思った」
百井が拾おうとした拳銃が、何かに弾かれて遠くに飛んでいく。弾き出した代わりにそこに現れたのは、武骨に輝く銀色の手錠。
「なんで……お前がここに……藍羽……!」
「なんでって、ずっと言ってるでしょ。こーくんの考えてることなんて全部お見通しなんだから」
現れたのは、両親とは別種の俺の上位互換。神室藍羽だった。




