第5章 第11話 最強タッグ 2
「では若様。舞はここで敵の足止めをしております」
荘厳な装飾が施された椿の間の扉の前。この中に自身の父親がいるというのに、舞は会わないという選択肢をとった。今生の別れになるかもしれないのに。
「いいのか?」
「はい。舞の親分は若様です。今さら偽物の父親に伝える言葉はありません。何より舞の役目は若様の護衛です。ここで追手を食い止めることが舞の生き甲斐ですから」
偽物の父親……か。確かに舞からしたらそうなるのだろう。俺と舞は盃を交わし、親と子になった。一方俺は組長とは盃を交わさなかった。俺の親は、どこまでいってもあの二人だけ。
「じゃあ舞、ここは頼んだ」
「はい。これが終わったらたんとご褒美をくださいね、若様」
頭を下げる舞をこの場に残し、俺と結愛は大きな扉を二人で開けた。
「っしゃあ! 俺たちの勝ちー!」
「20万ゲットー! やっぱもっと多く賭けとけばよかったー!」
蜘蛛道の言う通り、奴らはいた。俺の両親、葛城朝陽と真昼。舞の父親高城一郎に、論馬組組長。奴らは広い室内で一つのテーブルを囲んで高級そうな料理を食べながら、金を積んでいた。
「……何してんだよ」
「あぁ? 決まってんだろ賭けだよ賭け! お前が攻めてきたって聞いて賭けたんだ。ここまで辿り着くか、それとも捕まるか。10万の大きな賭け事だ」
「……で。お前らはどっちに賭けたんだ?」
「決まってるでしょ。あんたが辿り着くに10万! この二人は蜘蛛道が勝つって予想してたけど大外れ」
「…………」
「あの馬鹿くだらねーこと考えてたみたいだからな。シャブは御法度とか生き甲斐とか、そういうゴミみてぇな思考。そいつらは全部弱者の言い訳だ。あいつは所詮負け犬だよ」
……よかった、こいつらは変わっていなくて。俺に賭けていたのは俺を期待していたからじゃない。他人の生き様を愚弄し見下していたからだ。それでこそ俺の親。
「お前らを潰しにきた。覚悟はできてるな?」
俺は二つの切札。超高出力の『卑雷針』と、超低出力の『凪』。二振りのスタンガンを構える。
「ははっ! マジかお前! じゃあ賭けに勝ったのは完全にマグレだわ!」
人の意識を狩り取る電撃を見て、父親は馬鹿にしたように大きく笑い声を上げる。
「これまで隠し通してたっつー武器をあっさり使い回してたんだ。星閃辺りにでも持たせて囮にするかと思ってたんだが……期待外れだぜ」
「あんたにも教えたでしょ? 切札の使い方ってやつを。一度見せた札はもうジョーカーには成り得ない。容赦なく切り捨てなさいって……ねぇ」
うちの両親は昔からギャンブルが好きだった。パチンコ麻雀競馬……その中でも一番好きだったのがポーカーや大富豪なんかのトランプゲーム。家で悪い仲間と金を賭けて遊んでいた姿を、家事をしながらよく見ていた。
「俺たちが本当の切札の使い方ってやつを教えてやるよ」
父親が指を弾くと、室内にある扉から一人の男が出てきた。
「よぉ……二度目だな」
「……百田信二」
現れたのは、論馬組舎弟頭の百田。事務所に潜入した際出くわした、論馬組ナンバー2の武闘派だ。あの時は初見の卑雷針と藍羽の協力で瞬殺したが……素の実力じゃ俺よりも遥か格上。てっきり皆川さんを止めるために駆り出されていたかと思っていたが、こいつらの弾除けとはな……。
「上等だ……お前から潰してやるよ……!」
「待ってください!」
俺と百田の間に割り込んできたのは、どこかから現れたパンツスーツ姿の龍華。蜘蛛道の話では二重スパイがバレバレでどこかに飛ばしたとのことだったが……なるほどな。
「お嬢様……若頭さん。ここは一度退きましょう。わたくしたちが圧倒的に不利です……!」
「動くな、三重スパイ」
そのまま俺たちに近づこうとしてきた龍華を静止させる。やはりこいつ、スパイというかヤクザに向いてない。
「わかりやすすぎるんだよお前は。今までどこにいた、ここにいるならどうしてその連絡をしなかった、上手く隠しているつもりだろうが内ポケットに拳銃の形が浮かんでる……結局お前は、そっちにつくってわけか」
切札は二枚用意しておくもの……俺のクソ親どもが考えそうな策だ。だからこそ半分カマかけのつもりで言ったが……龍華が銃口をこちらに向けたことで、その疑惑は確信へと変わった。
「……ごめんなさい二人とも。やっぱりわたくしは……こんなところで終わりたくない。絶対に成り上がってみせる……! だから……わたくしのために死んでくださぁ!?」
しかし龍華が構えた拳銃が火花を上げながら吹き飛んでいく。俺の背中から撃たれた弾丸によって。
「私、ずっと理解できないことがあるのよね。光輝も皆川も一生懸命身体を鍛えてるけど、舞ですら銃で撃たれたら死ぬ。だから喧嘩で必要なのは力じゃない。躊躇なく引き金を引く、その覚悟よ」
これが龍華の限界だ。拳銃を構えたところで撃つほどの覚悟はない。決定的に裏切れるほどの信念がないのだ。結愛と違って。
「お前……本気か? 今時拳銃なんか使えばすぐに足がつく。サツに捕まってもいいのか……!?」
「その覚悟がないなら私は今ここにいない。それに、いかにも軽く引き金を引きそうな馬鹿なヤクザがここにいるじゃない。そいつに罪を被ってもらうわ」
結愛が何の躊躇もなく拳銃を使用したことに慄く論馬組組長。所詮は才能が違うということだ。持って生まれたヤクザとしての才能が、ここにいる誰よりも遥かに。
「お嬢様……っ」
「ちょうどいいわ、龍華。中途半端なあなたに教えてあげる。私が心底嫌いで、でも15年間一緒にいた、極道の在り方ってやつをね」
手を抑える龍華の腕を取り、結愛が少し離れていく。今までの俺なら結愛を守るため追随していただろうが、今の俺の役割はここで百田を潰すこと。
「はっ。もう一度賭けをするか。この勝負、誰が勝つかのな」
父親のクソみたいな言葉を聞きながら、俺と結愛の戦いが始まった。




