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【完結】親によってヤクザに売られた俺は、いつしか若頭になっていた。  作者: 松竹梅竹松
第5章

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第5章 第9話 人の欲

「始まったな……」



 遠くから論馬組組員と思われる男たちの怒号と悲鳴が聞こえてくる。おそらく皆川さんたちとの戦闘が始まったのだろう。あの人はそもそも単騎で小さな組程度なら簡単に潰せる。何も心配はいらないが、いかんせん偽物の俺と舞という足枷がある。やばくなったら逃げていいと伝えたとはいえ、早く事を済ませるに越したことはない。俺、結愛、舞の三人は手薄だという話の裏口からホテルに侵入した。



「応援早くしろ! 鎧波組の連中が攻めてきやがった!」



 建物内に入ると、無線からの声と思われるくぐもった声が耳に届いた。次に聞こえてきたのは生の男たちの声。



「どうする? 俺たちも行くか?」

「心配すんな。蜘蛛道のカシラもその直属の部下も見える場所にいない。きっとこういう時のためにどっかで控えてんだ。俺たちは言われた通りここで待機してればいいんだよ。ラッキーだな俺らは」



 蜘蛛道の目的を知らない下っ端たちが見当外れなことを話している。きっと蜘蛛道は信頼できる部下たちをここには連れてきていない。組長を潰して組を乗っ取った時のために安全な場所に控えさせているのだろう。そしてこいつらは、残念ながら表にいる連中よりよっぽど不運だ。



「そんな判断してるからいつまでも下っ端なんだよあんたらは」



 声がする方に顔を出してみると、狭い廊下に八人の強面な男たちがいた。警護としては充分な人数……相手が俺たちじゃなければな。



「表にいるんじゃなかったのかよ……!?」

「慌てんな! 例のものを出せ!」

「ひぃっ!?」



 男たちが一目散に置いてあった段ボールから出したのは、大きなカニ。しかも生きており、わしゃわしゃと動く長い足を見て舞が大きな悲鳴を上げた。当然舞の弱点は把握してるってわけか。



「ははは! カニが苦手なんだろその女は! ちょっと喧嘩は強ぇみたいだが所詮はただのガキ! 俺ら本物のヤクザとは覚悟が違ぇんだよ!」



 既に勝ちを確信しているのか馬鹿みたいに笑っているヤクザたち。正直このレベルなら舞に頼らなくても俺一人で何とかなりそうだが……気に食わない。



「舞、よく見てみろ」

「無理ですっ」


「この前食ったカニが美味くてさ、ちょっと調べてみたんだよ。そしたらカニって名前がついても生態的にはカニじゃないって種類がいるみたいなんだ」

「え?」


「カニは足が八本。でもズワイガニとかタラバガニは足が十本ある。だから生態的にはヤドカリなんだってさ」

「へぇ……なるほどぉ……。えへっ」



 俺の話を聞いた舞がヤクザたちにニコっと微笑むと、一瞬で姿を消す。そして目にも止まらぬ速さで、まず目の前の勝ち誇っていた男の顔面をカニごと砕いた。



「……ねぇ光輝」

「どうした?」



 舞が蹂躙していく中、手持無沙汰な俺と結愛は小声で会話をする。



「カニの話って本当?」

「ああ、本当だ。舞が嫌いなものはちゃんと調べてある」


「ところであの人たちが持ってるカニは足が八本のように見えるのだけれど」

「そうだな。あれは正真正銘カニだ。舞は気づいてないみたいだけど」


「……相変わらず嘘が上手いのね」

「嘘はついてないよ騙しはしたけどな。ただ俺はカニの豆知識を披露しただけ。あれがそうだとは言ってない」


「一緒じゃない……」

「一緒じゃないさ。俺は舞に嘘はつかない。ただ言い方を工夫しただけだよ」



 ただ謝罪するだけでも、言い方によっては相手に恩を売ることだってできる。ようするに、俺は舞が一番喜ぶことをしてやれるということだ。



「それに、自分のものを舐められたらむかつくだろ?」

「……確かに。私の大好きな人はそんなんじゃないって、絶対に思うわね」



 俺と舞は親子盃を交わしている。舞の全ては俺のもの。そんな舞を否定することは、俺の全てを否定することと同義だ。そんな奴らに見せつけたかった。俺の舞はお前らが馬鹿にしていい人間じゃないんだぞって。



「んっ! ヤドカリって美味しいんですねっ。若様もどうぞっ」



 話している間に八人もの屈強な人間を瞬殺したようだ。舞がカニの殻を手で砕いて俺に手渡してくる。



「ありがとう。本当に舞は頼りになるな」

「…………」



 舞からもらったカニの足を食べながら先を進む。従業員用の狭い廊下を抜けたらあっという間にホテルのロビー。目を凝らせば入口で敵を蹂躙している皆川さんと、後ろでその様子をぽかんと眺めている星閃と雪の姿があった。



「……本丸がいるのは上の階だな」



 目は口ほどにものを言うとはよく言ったものだ。皆川さんと戦いながらも上の階を気にして目を向けている組員たち。その視線の先にうちのクソ両親たちがいるのだろう。俺たちは組員に見つからないよう階段を上り、三階建ての中の二階の大広間に辿り着いた。



「おやおや葛城の若旦那。こんな場所で奇遇ですね」



 その瞬間聞こえてきたのは、胡散臭いおちょくるような声。



「……薬」



 喧噪が聞こえなくなった広間で待っていたのは俺の敵になると宣言していた相良薬。そしてその隣にいるのは……。



「蜘蛛道……!」

「よぉ葛城ぃ。その表情を見るに、答えは出たようだなぁ」



 蜘蛛道が指を弾くと、薬が壁につけられたスイッチを押す。すると俺の背後と蜘蛛道の背後の天井から防火シャッターがゆっくりと下りてくる。



「これで依頼は完遂ってことでようござんすね、蜘蛛道の若旦那」

「ああ。誰の邪魔も入らない中、決着をつける。助かったぜぇ、相良」



 シャッターが完全に下り、逃げ場がなくなる。これが薬が受けた依頼……蜘蛛道の目的。



「本気で来い。そのお前を倒して、俺は俺を取り戻す。なぁ、高城舞」



 しかし俺の予想と反して、蜘蛛道が指名したのは舞だった。



「……俺のほしいものは二つ。その内の一つがこいつだ。俺ぁ喧嘩すんのが好きだった。強い奴を乗り越えることに生き甲斐を感じてた。お前ほどの相手を倒せば、俺は今までの人生で一番生きている実感を感じられる。だからかかってこい」

「……理解できないな」



 喧嘩に生き甲斐? 馬鹿げてる。チンピラじゃあるまいしそんなことに命を懸けたって仕方がない。そう思っていても、口に出すことはできなかった。蜘蛛道の本気の顔を見たら、それを否定するなんて失礼なこと、言えるわけがなかった。だったら……。



「……舞、頼めるか?」

「嫌です」



 またもや予想外なことが起きた。あの舞が、俺の言うことを拒否した……? いや別にそれはいいんだけど……初めてのこと過ぎて言葉が出ない。



「だって若様、舞が何かしても本当にほしいものはくれないじゃないですかっ。舞だってたまにはご褒美がほしいですっ」

「え……? 何かほしいものがあるなら買うけど……」

「そういうことじゃありませんっ」



 ぷんぷんと怒りながら不満げに漏らす舞。ふざけているようにも見えるが、不思議とその表情からは蜘蛛道と同等の真剣さを感じた。



「……舞は神室藍羽が嫌いです。後から出てきたくせに正妻面……自分が一番の理解者だと言わんばかりの態度。そして悔しいけれど、たぶん舞よりも若様のことを理解している……あの女が嫌いです」

「舞……」


「でもあの日……退院祝いをした日です。あの人の家に泊まって、二人でお話をして、5年間どんな想いでいたかを聞いて……舞も思ってしまったんです。ずっと諦めていた、若様の一番がなくなった。初めは若様の子分になれただけで満足していた。でもそれだけじゃたりない……もっともっとほしい! あの女に盗られるくらいなら、舞が若様の一番になりたいって。どうしようもなく、思ってしまったんですっ」



 人の欲に限界はない。たとえ一度満足しても、それに慣れればもっと大きなものがほしくなる。それが人の性というものだ。悪い意味でも、良い意味でも。



「蜘蛛道を倒したら、もう一度盃を交わしてください。そうしてくれたら舞はもっとがんばれるし、もっともっと若様を好きになれます。だから若様、もっと舞を悦ばせてください」



 俺と舞の間の盃は、ただの盃ではない。あの日交わした熱い盃をもう一度。それが俺の大切な人の望みなら、俺は。



「わかった。一番にできるかはまだわからないけど、ちゃんとお礼はするよ。だから舞、俺のためにがんばってくれ」

「……ありがとうございます」



 舞は人の言葉でお礼を言うと。



「――では、本気を出します」



 獣のように、両手両足を地についた。

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