第1章 第4話 決意
「舞、赤熱組に行くから準備しろ」
小澤を捕えた翌々日の昼。スーツに着替えた俺は掃除をしている舞に声をかけた。
「かしこまりましたっ。では着替えてまいりますので少々お待ちくださいっ」
「いや、メイド服のままでいい。いつも通り俺が危なかったら助けてくれ」
これまで仕事の時はヤクザらしくスーツに着替えさせていたが、俺が若頭になったことで状況が変わった。若頭として前に出る機会が多くなれば、護衛の舞も矢面に立つ場面が多くなる。この先ヤクザを抜けた時、顔が割れているというのはかなり危険だ。そこでメイド服という記号を印象付けることで舞の顔から意識を逸らしたい。それが狙いなわけだが……。
「もう若様ったら……。そういうプレイをご所望というわけですね……」
別の意味で捉えられたようで、舞は顔を紅くして準備のために部屋に戻っていってしまった。これでまた俺の印象が悪くなる……。
「カシラ、さすがに敵組織の前でそういう性癖は……」
「違うから。わかって言ってますよね、皆川さん」
今回連れていくもう一人のメンバー、皆川力がため息をつく。彼は結愛の世話係で、5年前俺の家に乗り込んできたヤクザその人だ。つまり俺と結愛の関係を完璧に理解している人間であり、ずっと力になってくれた俺と結愛が最も信頼している人間だ。こういう大事な局面ではいつもついてきてもらっている。
「皆川、ちょっと光輝借りるわよ」
舞の準備を待っていると、結愛が庭の木の陰から声をかけてきた。近くに龍華の姿はない。本当に誰にも聞かれたくない話か。
「光輝、大丈夫? 無理してない?」
「無理はしてるよ、ずっと。でも高校が赤熱組のシマにあるからさ。小澤のことがなくてもいつかはこうなってたよ」
赤熱組はうちから追い出した組員が多く所属する過激派の組。接触すれば間違いなくトラブルに発展する危険な相手だ。だから行きたくないは行きたくないが、小澤のおかげで優位に立ち回れるようになったこのタイミングを逃す手はない。高校に入学する前に何とかできてよかったと思うことにしよう。
「そうじゃなくてね……こういうこと続けてると組から抜けづらくなるでしょ。ちゃんと辞められるの?」
しかし結愛の不安はそんな目先のことにはなく、自分たちの将来にあった。赤熱組程度何でもないと信頼してくれているのはうれしいけど、今日死ぬ可能性もあるんだからまずはそこを気づかってほしかった感もある。
「大丈夫だよ。俺に何かあっても結愛には迷惑がかからないようにするから。交渉が決裂しても結愛だけは絶対に高校に通わせてみせる」
「だからそうじゃなくて!」
今回の絶対目標を伝えると、本気の叱責が飛んできた。さすがはヤクザの組長の娘と言うべきか。怒った時の眼力は本当に恐ろしい。
「あんたの気持ちはわかってる。ヤクザになるしかなかったみんなの人生を守りたいんでしょ。だから組に迷惑がかかる可能性のある小沢さんを排除しようとした。……でも忘れないで。私たちの目標はヤクザを抜けて真っ当に生きること。その気持ちと私たちの目的は相容れない。どこかで組を見限らないといけないんだからね」
相手の気持ちがわかっていなかったのは俺の方だったな。結愛は自分の生活を心配していたのではない。俺たちの人生の心配をしてくれているんだ。今にも泣き出してしまいそうなその瞳を見ればその気持ちは痛いほどわかった。
「……わかってるよ。でもヤクザとして人の道から外れることをするたび痛感するんだ。俺はこういう生き方しかできない。そういう遺伝子を継いでるから。これからやろうとしてることもそう。相手が同じクズだと思うと何の罪悪感もなく実行できる」
「自分をクズなんて言わないでよ。あんたがそう言うと、親がヤクザの私だってクズってことになるでしょ。蛙の子は蛙じゃない。私たちは真っ当に生きるの。わかった?」
視界の隅に荷物を持った舞が映ったので結愛を置いてそっちに向かう。返事はできなかった。もちろん真っ当には生きたい。結愛と一緒に普通の人生を送りたいと、心の底から思っている。
「舞、小澤が言ってたことは間違いないんだよな?」
「はい、尋問には自信がありますので。赤熱組は若様だけでなく、お嬢にも危害を加えるつもりのようです」
「そうか……わかった」
ヤクザを抜けるのは簡単なことではない。一般人に戻るということは組の後ろ盾を失うということ。怨んでいる人間からすればこれ以上ない報復のチャンスだ。だから誰かが組に残って守らないといけないんだ。結愛が普通に生きられるように。
「若様、今回の目的は?」
「当然、戦争だ」
俺が結愛のためにできること。それは結愛の邪魔になるものを全て潰すことしかない。それが俺を助けてくれた結愛への恩返しだ。




