第5章 第7話 決別 2
「…………」
「…………」
話したいと言ったし、話したいと言われた。しかし願望があるからといってそれが叶うわけではない。俺と結愛……お互いの気持ちはとっくにわかっているのに、俺たちの間で会話が生じることはなかった。店を出て夜の街を二人きりでただ歩くだけ。
「……あ」
その膠着を破ったのは結愛だった。しかし俺に対して言葉を発したのではない。駅前の繁華街にある今若い子の間で話題というクレープ屋を見つけたのだ。そういえば高校生になったら行きたいと言っていたっけ。
「……買おうか。俺が出す」
「うん……ありがとう」
夜だというのに行列ができていて、やはり無言のまま並ぶ俺たち。十分ほどが経ちようやく俺たちの番が来たが……。
「え、現金使えないんですか?」
「はい。カードか電子決済のみとなっております。登録がまだでしたらお待ちしますが……」
「……いえ結構です。すみませんでした」
店員に詫びをして、何も買わずに列から離れる。ヤクザはこういった電子決済システムを使えない。口座が作れないのだから当然と言えば当然だ。
「……別の店行こうか。現金使える店もあると思うし……」
「……ううん、大丈夫。最近のおしゃれなお店って電子決済のみってとこが多いんだって」
「じゃあうちのシマに行こう。結愛が知ってるかはわからないけどこういう流行の店ってヤクザが経営しているところも多いんだ」
「知ってるしそういうんじゃないから……ほんとに大丈夫」
大きな噴水の周りに作られたベンチに腰掛け、とりあえずこれからどうするか考えてみる。言葉にせずともわかる……今の結愛の表情は、割と本気でがっかりした時の顔だ。どうにかしてあげたいが結愛が大丈夫と言っている以上俺には……いや。
「やっぱり探しに行こう。おしゃれな店は他にもあるよ」
「だから大丈夫だって……」
「残念ながら俺はもうお前の言うことを聞かなくてもいいんだ。いいから行くぞ」
「ちょっ……光輝……!?」
嫌がる結愛を無理矢理引っ張り、クレープ屋やアイス屋、そういうスイーツ系のものが食べられる店を回っていく。しかしどこも電子決済オンリー。結局現金も使える店を見つけられたのは一時間も経った後だった。
「このために一時間……か」
手に持ったクリームが大量に乗ったクレープを見ながらつぶやいてしまう。俺が買った一番安いものはたったの七百円。結愛は不機嫌な態度から一変、ウキウキとした表情でたくさんトッピングしていたがそれでも二千円もしなかった。やろうと思えばこの時間で数万は稼げるというのに……。
「おいしいっ! 光輝もいっぱいトッピングすればよかったのに!」
……いや。うれしそうにクレープにかぶりつくこの顔を見られたんだ。それだけでがんばった甲斐があったというもの。……って、結局結愛のために動いてるじゃないか……。
「……結愛、どうした!?」
自嘲気味に俺もクレープに口をつけると、結愛の瞳からぽろぽろと涙がこぼれていることに気づいた。
「何か嫌なことでも……俺が何とかして……!」
「ヤクザなんかやりたくない……もっと普通に生きたいよぉ……!」
せっかく買ったクレープに塩味を加えながら、この一瞬を味わい尽くしていく結愛。……そうだよな。結局本音が出るのは、一番ほしいもののためだよな。
「……結愛は何がほしい?」
「全部! 目の前にある全部がほしい!」
結愛しか見えていなかった俺の視界にも映る。結愛が見ている景色が。
「自由に外出して、いたい人と一緒にいて、好きな人と恋愛する……。そういう普通が……私はほしい……!」
俺たちは日陰者だ。太陽が照らしている間は隅にいて、闇が満ちると道の中央で肩で風を切る夜の世界の住人。しかしそんなものはいらない。ただ自由でさえいられれば、それで……。
「だから光輝……私とずっと一緒にいて……! 光輝と……龍華と……ケジメとか責任とかそういうしがらみがない世界で……ずっと……みんなで……!」
結愛の心の底からの叫び。でもまぁなんか、今さらだ。
「知ってるよ、結愛がそう思ってることは、ずっと」
「……そうよね。光輝もそうでしょう?」
「ああ……なんか喧嘩してたのが馬鹿みたいだな」
「ね。でも口にできてよかったわ。なんだかごめんね。私ばっかり勝手に責任感じて……」
「俺こそごめん。勝手に約束反故にして。でもこれでよかったのかもな……約束なんかなくなった方が。これで自信を持って言える」
さっき、俺は蜘蛛道に答えられなかった。本当にほしいものは何かって。結愛に買われたから結愛に尽くす……その約束がなくなって不安だったんだ。でももう、大丈夫。
「結愛、約束はしないよ。もし離れたいと思ったらいつでも離れる。だから一緒にいたいと思えている内は一緒にいよう」
「そうね。私たちにはもう主従関係はない。ただ一緒にいたいから一緒にいる。そっちの方が、きっと普通よね」
そして数日後……ようやく始まる。俺たちの最後の戦いが。




