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【完結】親によってヤクザに売られた俺は、いつしか若頭になっていた。  作者: 松竹梅竹松
第5章

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第5章 第6話 ほしいもの

「おいおいこれぁどうなってんだぁ……」

「それはこっちの台詞だよ……なんでお前がここにいるんだ、蜘蛛道」



 藍羽がスマホをいじってから五分も経たずにやってきたのは、現在抗争真っ最中の相手、蜘蛛道だった。相変わらず胸元を大きく開けていて、何かの刺青を見せつけて威圧した格好をしている。しかし藍羽の表情はどこか柔らかい。



「神室ぉ……てめぇ俺を舐めてんのかぁ?」

「来てくれてありがとうございます。ささ、どうぞ若頭」



 藍羽が隣の結愛に詰めるよう手で押して自身もずれると、蜘蛛道が舌打ちしながら空いたスペースに腰掛ける。これで俺の正面が蜘蛛道になった。



「若様……」

「いやいいよ」



 結愛と顔を合わせたくなかったので舞に上座を譲っていたが、他の組織に見られるのはあまりよくないしいざとなった時に舞が暴れづらい。舞が席を代わるため立とうとしたが、それを手で制して藍羽に訊ねる。



「どうして蜘蛛道を呼んだ? ていうかなんで連絡先を知ってるんだ? そもそも来るの早すぎだろ」

「呼んだのはわたしがこーくんを一番理解してるから。ゴールデンウィーク中お見舞いに来てくれたんだよ、三回も。こんなに早いのは……わたしの警護をしてくれたからですよね? どうせそんなことだろうと思って呼んでみたら推理通り」

「チッ……言っとくが警護なんてしてるつもりはねぇ。うちの親父が下手打ったら面倒だからなぁ。サツの娘に内情を知られたんだ。黙らせた方がいいと考えるだろう。だが神室は若衆がどうこうできる相手じゃねぇ。下手なことして怒らせたら完全にうちが潰される。それを回避するために軽く見張ってただけだ。お前が葛城と一緒にいることも知らなかったしなぁ」



 ……まるで話が見えない。俺を理解してるから蜘蛛道を呼んだ? 蜘蛛道がお見舞い? 監視? しかもなんか仲良さげじゃないか?



「……一から説明してほしいんだけど」

「その前に。蜘蛛道さん、玄葉さんが二重スパイしてるそうです。なんとか大事にならないようにしてもらえませんか?」


「んなこととっくにわかってる。明らかに視線が不自然だったからなぁ。他の奴が気づく前に本部から離してある」

「さっすが蜘蛛道さん。よかったねこーくん、結愛ちゃん。これでひとまず決定的な仲違いにはならないよ。玄葉さんが犠牲になったら振り上げた拳の下ろし所がなくなっちゃうもんね」



 視界の端で結愛がほっとしたように頬が綻んだのを見逃さなかった。藍羽の言う通りこれで龍華が拷問でもされようものなら結愛は自分では止まれなくなっていただろう。そうならなくなったのはありがたいけれど……。



「どういうつもりだ、蜘蛛道。そんなことしてもお前のメリットにはならないだろ」



 行動の全てが、俺が知っている蜘蛛道像からかけ離れている。俺の知っている蜘蛛道海斗という男は策を張り巡らせ、かかった獲物を容赦なく捕食するまるで本物の蜘蛛のような男だったはずだ。二重スパイなんて格好の餌食……なのにそれを見逃すなんてありえない。



「……昔、弟がいたんだよ。一個下の実の弟だ。もう死んじまったけどなぁ」



 おそらく蜘蛛道を呼ぶと決めた時藍羽が注文していたのだろう。蜘蛛道の前にワインボトルとグラスが置かれる。



「俺以上の馬鹿でなぁ……ちょうどお前らくらいの歳の頃だ。シャブに手を出してヤクザと付き合い始めた。だがガキが払える額なんざたかが知れてる。家の金にまで手を付けて勘当……それでもシャブを辞められず、裏社会に入り浸り、あっという間に行き詰まった。海外に飛ばされてそこで身元不明の遺体になったって話を聞いたのは弟を探してヤクザを手あたり次第ぶっ潰してた時だった。結局俺もヤクザに目を付けられて捕まった……幸いお前んとこの皆川と互角だって話が伝わっていたおかげで売られるようなことはなかったよ。使えるって判断されたんだろうなぁ」



 酒にも手を出さず静かに語っていた蜘蛛道だが、俺たちの同情的な視線に気づいたのかあえて悪辣とした笑みを浮かべた。



「弟のためみたいに言ったが、結局人を殴るのが楽しかったんだよ。偉そうにしてた奴が屈する姿を見るのが気持ちよかった。強い奴を倒した時にこそ生きてる実感を感じた。なんてことはねぇ、俺も弟も根っからのクズだって話だぁ」



 あぁ……なるほど。なんとなく、藍羽が蜘蛛道を呼んだ理由がわかった気がした。



「だがそんなクズにも超えちゃならねぇ一線ってのがある。それを自分が無様に気絶してるうちにやられちまった。見舞いに行ったのも警護をしてんのもただその責任を取ってるだけだぁ」



 似ているんだ。クズとして生まれ、それでも譲れないものがあって、こうして藻掻いている蜘蛛道が、俺たちと。



「なぁ葛城ぃ。お前ら今度のパーティーの日に奇襲するつもりだろ? 少人数で裏口から会場に入れ。親父は前回の潜入は前哨戦、今度こそ全面戦争だと想定してる。もちろん裏口にも警備はいるが、正面より手薄だ。高城なら数秒で制圧できるだろ」

「……それは自分の組長を裏切って俺たちにつくってことか?」


「馬鹿言うな。俺はお前の味方じゃねぇ。かんっっっっぜんに敵だ。お前は俺が倒す。その後混乱に乗じて親父を潰す。神室から聞かされてるだろぉ? 元々俺ぁ親父を裏切るつもりだった。そのために鎧波組を利用するだけだぁ。信用できないなら全面戦争でもいいけどなぁ」

「……いや信用するよ。藍羽が連れてきた人間だ。だったらその判断は間違ってないと思う」



 これが罠だったとしたらわかりやすすぎる。もちろん保険のため正面から向かうフリはするが、当日は裏口から入るルートで進めるとしよう。……正直今は、それよりも。気になることがある。



「……なんでお前らそんな仲良さげなの」



 お見舞いに行った理由はわかった。藍羽の呼びかけに素直に応じた理由も。でも……なんか納得いかない。お互いがこう……信頼しているというか……そういうのを、藍羽が他の男としているのが……なんか嫌だ。



「……はっ。葛城ぃ、お前俺に嫉妬してんのかぁ?」

「ちょっとやだこーくん勘違いしないでね!? この人とは何でもないから! 普通に悪人だし、大嫌いだから!」



 ……この慌てよう。なんだか怪しい……気がする。いや藍羽が誰と仲良くしようが俺には関係ないけど……むぅ……。



「安心したぜ、お前にもほしいものがあって。なぁ、『餓鬼の葛城』」



 餓鬼の葛城……蜘蛛道が俺につけた通り名だ。食っても食っても満たされない、ひどい飢餓状態にあるという亡者。それが餓鬼だそうだ。



「それでいい。もっとほしがれほしいもの全部自分のものにしろ。それがヤクザってもんだぁ」

「俺はヤクザとして生きるつもりなんてない。全部なんていらないよ、本当にほしいものしか」


「じゃあお前がほしいものってのは何だ? そこにいる鎧波の娘か?」

「…………」



 ……答えられなかった。俺の全てだった結愛との契約はもう終わったから。もちろん舞との盃や藍羽との関係は残っている。それでも、答えられなかった。



「……本当にほしいものしかいらない、か。だったら俺もヤクザじゃねぇのかもなぁ」



 ようやくワインに手をつけた蜘蛛道。栓を抜き、そしてそのままグラスにも移さず直接口を付ける。ワインの銘柄はわからないが、この料亭で出しているものだ。それなりに値は張るだろう。にもかかわらず一気に飲み干すと、豪快に手で口を拭って笑ってみせる。



「高い車乗って高い飯食って高い酒を高い場所で高い女と飲む……。普通の人間なら誰もが憧れるシチュエーション……お前はそんなものいらないと言ったが、俺も同じだった。こんなんじゃ何も満たされねぇ。俺がしたかったのはこんな成功者なら誰でもできるままごとなんかじゃねぇんだ。なのに大人のフリして大物ぶって……本当にほしいものはこんなんじゃなかったのによぉ。それを気づかせてくれたのがこいつだぁ」



 蜘蛛道が藍羽の頭の上に手を乗せる。当の藍羽は不機嫌そうに払おうとしているが、蜘蛛道は気にせず笑う。



「こいつに馬鹿な人生だと言われて、成り上がるのがくだらないと馬鹿にされて、その通りだと思った。底辺でも馬鹿にされようとも、本当にほしいものさえ手に入れられればそれでよかったんだぁ」

「……なんだよ、本当にやりたいことって」


「さぁな。次会った時に教えてやるよ。だからお前も次会った時、本当にほしいものを俺に教えろ。曖昧な夢じゃねぇ。やりたくもないことをやって、それでもほしいものを、守りたいものを。しっかり俺に語ってみせろ。じゃねぇと、お前がほしいもんの一つ、俺が奪っちまうぞ。……俺もそれがほしいからなぁ」

「……ああ。次は、必ず」



 蜘蛛道が藍羽の頭をぽんと優しく叩き、立ち上がる。その袖を藍羽が掴んだ。



「蜘蛛道さん、家まで送ってよ。帰りが遅いと両親が心配しちゃうから。あ、もちろんタクシーでお願いしますね」

「あぁ? なんで俺がそんなめんどくせぇこと……」


「知らないの? 道から外れた人を正しい道に戻してあげるのも警察の仕事なんですよ。話くらい聞いてあげますから。それと高城さん、今夜はわたしの家においで」

「は? 舞は若様の護衛なんですけど。それにそもそも舞、あなたのこと嫌いですし」


「その若様のためなんだからいいでしょ? 敵って言ってもその大将がここにいるんだし、それに。あなたのことも導いてあげないとね。好きな人のことくらい遠慮しなくてもいいんだよ?」



 藍羽が無理矢理舞と蜘蛛道を連れ出し、残されたのは俺と結愛の二人だけ。喧嘩中の俺たちに話すことなんて何もない。いや、お互い話すことはあるんだ。それでも自分からは言い出しづらくて、静寂が五分、十分と続き……。



「「……あの、話したいことがあるんだけど」」



 ようやく俺と結愛の感情が重なった。

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