第5章 第1話 半端者たち
違和感。俺、結愛、舞の三人がゴールデンウィーク明けの教室に入ると、休み前とは違う違和感を覚えた。
「よぉ葛城。ビビってもう来れねぇかと思ったぜ」
龍華の指示であろう、チンピラが絡んでくるのは前と変わらない。だがその当の龍華……まるで何も関係ないように座っているが、明らかな視線を感じる。ゴールデンウィーク前は舞の監視に従事していたのに、今日は俺たち三人、特に俺に目を向けているようだ。
「おい無視してんじゃねぇぞゴラァ!」
潜入を経て俺への警戒度が上がった……? いやそれならもっと上手くやるだろう。ただ見るだけで、入ってすぐ気づくような気配を出すわけがない。ここまで下手を打つということは……おそらくこれは上からの指示ではない。いや指示は出ているのだろうが、やり方は龍華自身が考え、そして実行に移そうとしているのだろう。監視ではなく、自ら俺たち三人に危害を加えようとしている。
「何とか言えやオラァ! オラァ!」
……はぁ。このまま殴られ続けるのも面倒だし、一度様子を窺ってみるか。俺一人で教室を出て、しばらく待機する。だが龍華が俺についてくる気配はない……。となると俺を注視していたのは何か策略があるということだろう。直接暴力を振るうつもりなら舞、誘拐なりでトップを狙うなら結愛を警戒するはずだから。しかし三人まとめて見ていたということは、単なる策略というわけでもない。おそらく何かを仕掛け、俺が一番に気づきそうといったところか。一時間目は体育だったか……なるほどな。
「まぁ向こうから仕掛けてくれるならそれが一番楽か……」
しばらく物陰で待っていると、体育館に行くために徐々にクラスメイトが教室から出ていった。結愛に舞、ヤンキーたち。しかし龍華の姿は現れない。
「はぁ……っ、はぁ……っ」
廊下から教室の様子を見てみると、やはり龍華一人が教室に残っていた。俺たち三人の水筒を机の上に広げて、錠剤が入った瓶を持って、荒い息を吐きながら。その状態のまま十分ほどが過ぎ、ようやく龍華が動きを見せた。
「……ごめんなさい。ごめんなさい……」
窓の外の光に反射し、龍華の目から零れた雫が輝く。それと同時に水筒の中に錠剤が入れられた。
「謝るくらいならしなきゃいいのに」
「っ!?」
声をかけながら教室に入ると、龍華はわかりやすく驚き瓶を床に落とした。そこから零れた錠剤が一粒、俺の足元に転がってくる。
「これ、イルヘイムだよな?」
「な……何を言っているのでしょうか……!? イルヘイムなんて危ない薬では……!」
「否定するなら存在すら知らなかったってことにした方がいいぞ」
「っ……!」
ギクリとした顔をして龍華が後ずさる。あまりにも素直すぎる反応。実際に自分で考えて動いたのは初めてだったんだろう。楽だもんな、机の上で企てるのも、誰かに命令されて動くのも。実際に自分の意志で他人を害するとなると話は変わってくる。まぁそんな奴に刺された俺が馬鹿にできることじゃないが。
「い、今すぐ来なさい! 早くぅ!」
震える声で龍華がスマホに叫んだ。そして俺に視線を移すと、心底辛そうな顔で俺に喚き散らかす。
「残念でしたね若頭さん! 今クラスメイトを呼びました……普段あなたをいじめている人たちです! ヤクザはカタギを傷つけることはできない! 舞さんもいない……あなたはここでリンチにされるんです! そしてわたくしは成り上がる! 出世して、組長になって、幸せな人生を送るんです!」
はぁなるほど……俺たちを害したら組長にさせてやるとでも言われたのか。わかりやすく目的を晒してくれてありがたい。それだけ動転しているのだろう。
「な……何とか言ったらどうですか!?」
「いやぁ……ひさしぶりにお前と話せたからな。どんな会話をしようかと悩んでたんだよ。あれから色々あったからな」
「は……はは……。やはりあなたは半端者です……覚悟も何もなく成り行きで若頭になってしまった中途半端な男! そんな人間にわたくしは負けない……なぜならわたくしには覚悟があるから! 何を犠牲にしてでも成り上がろうという覚悟が! どうせあなたのことだからわたくしを攻撃することもできないでしのでしょう!?」
「まぁそうだな。俺は覚悟もないし半端者だよ。正論過ぎて言い返せないわ」
そうこうしていると体操着を着たクラスメイト三人が教室に入ってきた。四対一……しかも囲まれている……。
「……ずいぶん舐められたもんだな」
まさかこの程度で勝ったと思われるとは……まぁ作戦成功といえば成功なのだが、身内だった奴にまでこう思われてたのかと思うとなんだか複雑な気分だ。
「確かにヤクザがカタギに手を出すのは御法度だ。見つかったら捕まるどころか組の危機。どうすることもできねぇよ」
「そ……そうでしょう。さぁやってしま……!」
「見つかったら、って言ってんだろ。誰にもバレなきゃてめぇら全員潰すことは何の問題にもならねぇんだよ」
襲い掛かろうとしていたクラスメイトたちの動きが止まった。判断を仰ぐように視線が龍華に向けられる。
「ハ……ハッタリです……! その男は喧嘩もしたこともない雑魚です! 何もできず親友の神室藍羽を失った雑魚!」
「よくわかってんじゃねぇか」
龍華の隣の机が勢いよく崩れる。俺が殴り飛ばしたクラスメイトが吹き飛んだことで。
「なぁ龍華……お前何か勘違いしてんだろ。どうして俺が、藍羽を傷つけた奴らの一員であるお前に優しくしてやると思ったんだ? お前は敵だ。だから潰す。覚悟どうこう以前にそれ以外に選択肢がないんだよ」
学校の中……派手な音が出る卑雷針や拳銃は使えない。でもこいつら程度、そんな武器は必要ない。こいつらの覚悟なんざ、俺の怒りに比べればゴミも同然だ。
「は……話が違う! こいつは反撃してこないはずじゃ……!」
「ヤクザなんだ。舐められれば当然やり返すさ。ただ今までのてめぇの拳は舐められたうちにも入ってこなかっただけのこと」
「んごぉっ!?」
ずっと俺に絡んできていたクラスメイトの腹に拳をめり込ませる。散々殴ってきておいて、自分は一発でダウン。情けないな。これでチンピラは残り一人。
「ゆ……許してください……! 何でもしますから……!」
「なぁ。どうしてヤクザに関わっちゃいけないか親から教えてもらえなかったのか? 話が通じないからだよ」
最後の一人も殴り飛ばし、残りは龍華一人。
「が……鎧波結愛に嫌われますよ……? わたくしを傷つけたら……!」
「……お前。お前ら論馬組全員だ。俺の大将を舐めすぎなんだよ」
この三人はあくまでカタギ。優しく一発でダウンさせてやったが、こいつは違う。
「この戦争を仕掛けたのは結愛だ。そしてその結果、カタギで友だちの藍羽を傷つけた。誰が一番責任を感じてるのかわかってるのか? あいつはとっくにお前から論馬組への報復に目的を変えている。見捨てられたんだよ、お前は」
「お……嬢様が……わたくし……を……?」
……何を。何を愕然とした顔をしているんだ。なぜ自分が被害者であるような顔ができるんだ。
「結愛はお前を大切に思っていた。今も大切に思っている。友だちだって、家族だって思ってるんだ。そんな藍羽がお前を切り捨てるのにどれだけの覚悟が必要だったか……他でもないお前がそうさせたって、どうしてわかってやれないんだよ!」
「ぁぁぁあっ!?」
市販品のスタンガンが龍華の腹に炸裂する。普通のスタンガンに人を気絶させるだけの力はない。ただ激しい痛みを与え、自由を奪うだけだ。
「……俺を刺したことはそれで水に流す。でも結愛を傷つけたお前を俺は絶対に許さない……覚悟はできてるよな……?」
……龍華の言う通り俺は半端者のようだ。目の焦点が合わずよだれを垂らして痙攣する龍華の姿が、あの日の藍羽と重なってしまっているなんて……。
「わた……しは……おじょう……さまに……あやまら……と……」
「……お互い中途半端だな」
涙を流す龍華を引きずり、結愛のところへ向かった。




