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【完結】親によってヤクザに売られた俺は、いつしか若頭になっていた。  作者: 松竹梅竹松
第5章

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第5章 第0話 謀略

「それでは我々の今後に乾杯といきましょうか」



 ゴールデンウィーク最終日のとある高級ホテルの一室。光輝の知る由もない場所で、大人たちが会合を開いていた。



「葛城さんが仕入れ、論馬組が売り、高城さんが守る……。イルヘイムの売買で我ら論馬組はさらなる成長をするでしょう。なぁ蜘蛛道」

「……いいシノギにはなるでしょうねぇ。黙ってない奴がいるでしょうが」



 論馬組組長が陽気に笑うが、懐刀である若頭の蜘蛛道海斗は浮かない顔でつまらなそうにワインを嗜んでいる。



「そう警戒する必要はないさ。いざとなったら国家権力で消せばいいだけのこと。それに何度かあのガキとは対峙したが、所詮は子ども。インテリヤクザぶってるが結局はお山の大将でイキがっているだけさ」



 組長の手前高城一郎は強気にそう言ったが、二度のやり取りで完敗を喫していることを知っている蜘蛛道はわざとらしく鼻で笑う。その態度が気に入らず立ち上がろうとした時、ワインボトルがテーブルに置かれる音が大きく響いた。



「そいつぁうちの息子のことを言ってんのか?」

「い……いや……あなたを悪く言うつもりはなくてだな……」



 背もたれにもたれかかり、脚をテーブルの上に乗せてボトルから直接ワインを飲んでいる品のない男、葛城朝陽。息子のことを悪く言われて怒っているのかと思った高城一郎が慌てて訂正しようとしたが、その必要はないとばかりに光輝の母親、葛城真昼が馬鹿にするように笑う。



「あの子は昔からクズだったわ。どうしようもない馬鹿な子どもたちの中でも、特に出来損ないのクズ息子。どうやら多少は頭を使うことを覚えたみたいだから使えるんじゃないかと期待したけど、再確認できた。あの子は昔から何も変わってない。自分のことより他人を優先する、搾取される側の人間。私たち夫婦の出涸らしでしかないわ」



 高級ワインを安物のそれのように煽るその女の姿に、蜘蛛道は嘆息するしかなかった。



「でもその出涸らしにうちの組員が何人もやられてましてねぇ。ゴールデンウィーク中合計12人。尾行していた連中が何もできずに返り討ちだぁ。おかげでどこかに遠出してたようだが行方がわからなくなっちまいましてねぇ。高城舞にやられたなら理解はできるが、全員口を揃えて葛城のスタンガンにやられたと言っている。あれは使い方からして葛城の切札のはず。それを容赦なく切ったってこたぁ、あいつは本気ってことですよ」

「切札ぁ? 一度切った札はただの捨て札でしかねぇよ。しかもそのスタンガンってのはあのやたら派手な光と音が出るパチンコみたいなあれだろ? わかりやすい見せ札。もしあいつが動き出したらそれを目印に光輝だと判断しない方がいいぜ。十中八九三下に持たせて囮にするだろうから」


「俺ならそうしますがねぇ……。あいつが部下にそんな危険な役割をさせるとは思えない。きっとそれすらも……」

「それ以外あえて自分でやる理由はねぇんだよ。あいつにしてやられた雑魚にはわからねぇだろうがな」



 自身と光輝を舐めた発言に蜘蛛道は反論を続けようとしたがやめた。態度は似ても似つかないが、その雰囲気は間違いなく自分を負かした人間と同じもの。口喧嘩では勝てそうにもない。



「……だとよぉ。近くで見続けてきたお前はどう思う? 玄葉」



 その代わり当てつけのように、蜘蛛道は給仕をしている玄葉龍華に話を振った。



「……葛城様と同様の意見です。数ヶ月彼の姿を見続けてきましたが、やはりどこまでいっても甘ちゃんの子どもです。極道として生きていく覚悟のない半端者。わたくしに任せていただければすぐにでも仕留めてまいります」



 龍華がそう断言したのは長いものに巻かれたかったというのもある。だがそれ以上に自分の不甲斐なさに理由があった。肌が大きく露出した透けているドレスを着させられ、召使いのように働かせられている現状。仕えていた人を裏切った末が若い女性という属性の押し付け。自分はこんなところで終わる人間ではないとアピールしたかった。



「そこまで言うならやってもらおうか」

「え?」



 単に話に乗っただけの龍華の手に、組長から錠剤が入った瓶が渡される。



「さっき話していた新時代のシャブ、イルヘイムだ。それを飲ませてこい」

「飲ませるって……どなたにですか……?」

「決まっているだろう。葛城光輝、高城舞、鎧波結愛の三人だ。同じ学校に通っているのだから簡単だろう?」



 瓶を持つ龍華の手が、震えた。



「ですが……これは……」

「最低限前者二人には飲ませろ。頭脳と力のトップである邪魔なガキ……あの二人さえ消せれば論馬組は鎧波組を潰せる」

「それに舞をシャブ漬けにできれば私のもとに帰ってこさせるのも容易。一石二鳥の作戦だ」



 組長の言う通りクスリを飲ませること自体は簡単だろう。三人がいない間に水筒にでも入れておけば確実に口にする。飲ませることが、できる。だからこそ龍華は簡単には答えを出せなかった。



「まさかできないとでも言うんじゃないだろうな?」



 その煮え切らない態度に組長の低い声が響いた。



「自分で今言ったよな? 任せてくれれば仕留められるって。まさか俺に嘘をついたのか!? なぁ!?」

「い、いえ! そんなことはありません! 二人とは言わず三人! 鎧波結愛も含めて三人まとめてわたくしが処分します!」



 組長の迫力に押され、そう宣言してしまった龍華。その返事に満足そうに組長がニヤリと笑う。



「そう心配するな。このクスリを飲ませることは何の犯罪にもならない。上手くやれば、お前の地位は保証する。何なら元々玄葉組が持ってたシマを持たせてやってもいい。女傑、玄葉ルナ組長……いい響きだろう?」

「は……はい……ありがとうございます……」



 自分の名前を覚えられていない。しかし龍華はその言葉を呑み込むしかなかった。何を利用してでも、誰を犠牲にしてでも、成り上がる。田舎に追い出された惨めな父親のようにならないためにも。何よりそうでなければ、大切な人を裏切った意味がない。



「おい玄葉ぁ、本当にやるつもりかぁ?」



 親たち四人がホテルを出て、残されたのは龍華と蜘蛛道の二人。蜘蛛道は自身のジャケットを龍華に投げ渡しながら浮かない顔をしている龍華に訊ねる。



「ええ……それ以外にわたくしが生き残る道はありませんから……」

「はぁん、そうかぁ」



 蜘蛛道は適当に返すと、グラスに入ったワインの香りを楽しみながら一口口に含む。



「楽に出世できる道ができてよかったなぁ。四次団体組長の娘が一気に三次団体の組長だぁ。上手くやれば本部の末端に入れてもらえるかもしれないぜぇ?」

「そう……ですね……」

「はは、つまらなそうな顔してんなぁ。ヤクザってのは今を楽しむもんだぜぇ?」



 高級ワインを礼節に則り嗜みながら、下に広がる夜景を眺める蜘蛛道。彼の顔もまた、実につまらなそうだった。



「『楽』と『楽しい』。同じ字は使われてるが、実態は真逆だ。下っ端として毎日必死こいて働いて、クタクタになりながらかっこむ一本の缶ビール。結局一番うめぇ酒はあれだったなぁ」

「…………」


「いつからだろうなぁ……下を使って結果を出すようになっちまったのは。どうしてだろうなぁ……敵地に乗り込んで暴れ回るみてぇな馬鹿やらなくなっちまったのは」

「……カシラは何を仰りたいのでしょうか」


「何でもねぇ。人生楽しいのが一番ってこったぁ。てめぇはてめぇが好きなようにやんなぁ。俺ぁ、俺の好きなようにやるからよぉ」

「お待ちください。ジャケットと迎えの車を……」


「必要ねぇ。会いに行きてぇ奴がいるんでなぁ」



 残ったワインを飲み干し、蜘蛛道も部屋を出る。残された龍華は、一人つぶやく。



「わたくしは……成り上がって……何をしたいのでしょうか……」

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