第4章 第13話 再会
「最悪……なんであたしがこんな格好しなきゃいけないわけ……」
夜煌が律儀につけていたメイドカチューシャを放り投げてひとりごちる。確かにヤクザの事務所でミニスカメイド服というのは恥ずかしいというか屈辱的だろう。
「雪のお姉さんのフリをすることで蜘蛛道の隙を突く作戦ってのはわかるけどね。ハッタリだと思ってくれなきゃあたしの一撃なんか入らなかっただろうし」
「それだけじゃない。その格好で事務所を回ってくれたおかげで舞がいるという信憑性を持たせることができた。メイド服の子ども。わかりやすい記号っていうのは認識を鈍らせるもんだ。だから舞にメイド服でいさせてるんだよ」
「……ほんとあんたどこまで計算してたわけ?」
「実際にはほとんどアドリブだよ。舞じゃなく藍羽、メイドのコスプレ、派手な武器。色んなカードを広げながら、勝ちにつながる最短ルートを選ぶ。抗争はトランプゲームに似てるって言っただろ? 出来上がる役に強弱はあっても、最終的に勝てさえすればいいんだよ」
負けを認めて目的だけ果たす最弱のゴール。組長と交渉して形だけでも勝つ普通のゴール。舞を解き放って物理的に潰す最強のゴール。どの選択肢も道中にはあった。……それでも。
「蜘蛛道を倒して力を見せつける最良のゴール。これが選べたのはみんなのおかげだ。藍羽も夜煌も星閃も。みんなを信じれたからこのゴールに辿り着けた。本当にありがとう」
そう。目下一番の悩みの種だった蜘蛛道を打倒することができた。これで組長との交渉がかなり優位に進められる。
「とは言ってもこーくんはもう動けないでしょ? わたしもちょっときつい。一旦体勢を立て直さなきゃだね」
俺と反対側の壁沿いに倒れている藍羽が力なく笑う。蜘蛛道との死闘……と言うより星閃と夜煌というカードを通すための時間稼ぎで俺と藍羽はもうだいぶ限界だ。できることならこのまま帰って眠りたいが、あともうひと踏ん張り必要だ。抗争はトップを倒したからといって終わるものではない。お互いの状況、メリットデメリットを鑑みて、最終合意ラインを確定させる。蜘蛛道が気絶した以上それを決めるのは組長だ。なんとかもう一度交渉の席に座らないと……。
「派手な音がしたから来てみれば……まさかこんなことになるとはな……」
思ったそばから、だ。部屋に入ってきた論馬組の組長が床に転がっている武闘派2トップの姿を見て目を見開いている。
「すいませんね組長さん……いきなり襲い掛かってきたもんだから多少痛めつけちまった。まぁお互いさまってことで、交渉を再開しましょう」
最後の力を振り絞って立ち上がる。状況的にはこちらが有利なはずだ。龍華を返してもらうことは大前提として、可能な限り金を搾り取る。それに潰されたことで失った玄葉組のシマも返してもらわないとな……もちろん組長の出方次第だが。
「そういえば先客がいるって言ってましたっけ……もう話し合いは済んだんですか?」
「ああ。実にいい取引ができた」
「それはよかった。じゃあこちらも……」
「では紹介しよう。君の両親だ」
「……は?」
再び扉が開き、部屋に二人の人間が入ってくる。なつかしい、とは思わなかった。記憶の中の……5年前のままで止まっている姿と、あまりにもかけ離れていたから。
一年中どこのブランドかもわからないジャージを着ていて、煙草とカップ酒を手放せない典型的な駄目親父、葛城朝陽。年甲斐もだらしもなく派手で肌の露出の多い格好をしていて、丸一日パチンコ屋に入り浸っていたどうしようもない母親、葛城真昼。本当に最悪で、ずっと憎んでいた俺の両親。
だが俺たちの前に姿を現した二人は、高そうなスーツを着て髪もきっちり纏まっていて、もう50代になっているだろうに30代にも見える若々しさがあった。これは……そう。昔写真で見た……結婚詐欺や投資詐欺で儲けていた時代の姿とよく似ている。
「……子どもたちを捨てて、ずいぶん生き生きとしているようだな」
辛うじて出た言葉は、自分でもわかるくらい上ずっていて聞くに堪えない。心臓が高鳴っていて気分が悪いし、今にも倒れて吐いてしまいそうだ。
「ずっと会いたかったよ……。父さん、母さん……」
俺がヤクザの若頭になり、兄と姉が半グレに堕ちてしまった原因。全ての元凶。
「……今すぐぶっ潰してやるよ」
俺の真の敵が、姿を現した。




