第4章 第10話 卑雷針
「……雷?」
部屋に轟くバチチチという炸裂音に、一瞬蜘蛛道の意識が逸れた。
「はぁぁっ!」
その隙に飛び込んだのは藍羽。力の入っていない蜘蛛道の腕を取り、背負い投げを仕掛ける。
「おぉっと」
だが藍羽の背中で体勢を立て直した蜘蛛道は、空中で藍羽の腕を払い綺麗に着地する。藍羽の奇襲は失敗に終わったが、これで入口を塞いでいた蜘蛛道と立場が逆転した。
「一旦舞と合流する!」
「例の場所だね!」
あえて目的を声に出して部屋から飛び出る俺と藍羽。いくら二対一とはいえ蜘蛛道と正面から戦えるとは思っていない。かといって潜入がばれた今、外の舞に助けを求めるのはあまりにもリスキーだろう。待ち伏せされてはいくら舞とはいえ蜂の巣にされかねない。だから星閃と夜煌と合流して四対一の状況を作り囲んで倒す。その後組長と交渉の再開……それしか生き残る道はない。
問題は星閃たちが裏切ってないかだが……そこを信じるしかないだろう。蜘蛛道とどの部屋で話し合いをする予定だったかは知らないが、いるとしたらあそこしかない。先日蜘蛛道に宣戦布告をした若頭部屋。
「星閃! 夜煌!」
「お、マジで来た。やっぱすげぇなあの人」
扉を開き、確信した。
「やられた……!」
完全に蜘蛛道の張った糸に捕まったということを。
「悪いがお目当ての奴はいないぜ。代わりに俺が相手してやるよ」
論馬組舎弟頭、百田信二。部屋で待ち構えていたのは俺でも把握している論馬組ナンバー2の武闘派だった。
「にしても鎧波組も間抜けだな。こんなガキに若頭をさせるなんて。金を稼ぐのは上手いみたいだが、それだけで決めるからこんな馬鹿するんだ。やっぱヤクザは卑怯な手を使って稼ぐんじゃなく、喧嘩の強さで立場を決めねぇとな」
星閃たちの姿はない……俺がここに逃げ込むだろうと予測して百田を置いておいたのだろう。しかも蜘蛛道に舞と合流するために例の場所に行くと伝えてしまった。それで星閃たちがいるはずのこの場所に来るということは、舞がここにいないと証明するようなものだ。蜘蛛道に報告されただけで詰む。こいつはここで始末しないといけない。せいぜいチンピラに負けない程度の強さしかない俺と藍羽で。
「……藍羽、扉閉めてくれ。本気を出す」
「……わかった」
晒したくはないが、逃げるという選択肢はない。俺はポケットの中から一つの武器を取りだした。他人を使うしか能のない俺自身の、唯一の切札を。
「スタンガンか……人を殺す覚悟もないときた。『餓鬼の葛城』……カシラはやけに警戒してるようだが、やっぱりただのガキだな」
俺が晒した武器を見て嘲笑を浮かべる百田。武器を見て確実に勝てると判断したのだろう。もう既にそこに問題の焦点はないというのに。
「なんだこの音は……!?」
電源を入れた瞬間鳴り響く轟音に初めて百田の顔色が変わる。先ほど蜘蛛道の注意を引いた雷と同じ音だ。
「改造スタンガン『卑雷針』。こいつを見たらその異名も変わってただろうな。せっかくなら『雷神の葛城』とかかっこよさげな名前で呼んでほしいものだが……無理だろうな。こいつを見て生きて帰らせるわけにはいかない」
通常のスタンガンとは一線を画す、音と光。市販されているスタンガンに人を失神させるほどの力はないが、こいつは違う。
「あんたこそ知らないようだな。人はそう簡単に死なない。ナイフで刺されようが銃弾に撃たれようが、確実に死ぬわけじゃないんだ。その点こいつなら確実に失神させられる。殺すならその後ゆっくり殺せばいい」
俺がにじり寄ると、百田も一歩退いた。ようやく気づいたようだ。相手がただのガキではなく、極道の若頭だということに。
「スタンガンはいいよな。持ち運びは楽だし、小さいから取り回しもしやすい。ナイフや拳銃と違って見つかってもたいした罪には問われないだろうしな。そして何よりこの人工の雷は、人の目を惹き付ける」
だから百田は気づかなかった。スタンガンに気を取られていたせいで、ゆっくりと近づいてきていた藍羽の姿を。
「はぁぁぁぁっ!」
「しまっ……!」
意識の外だった藍羽からの足払いに、百田の姿勢が崩れる。その隙に俺は一気に接近し、その首筋にスタンガンを迫らせた。
「ひ、卑怯だぞ……!」
「それが俺の強さだ」
百田の悲鳴は、雷鳴の中に消え去った。




