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【完結】親によってヤクザに売られた俺は、いつしか若頭になっていた。  作者: 松竹梅竹松
第4章

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第4章 第9話 交渉と抗争

「なんじゃてめぇらコラァ! ここがどこだかわかってんのかオラァ!」



 さすがは組長まで成り上がったヤクザ。年老いていても恫喝の圧はすさまじい。が、一切気に留めずソファに腰掛ける俺と藍羽。内心俺はビビりまくっているが、藍羽の表情には一切の怯えの色が見えない。さすが正義の体現者。悪には屈しないということか。



「そう怒鳴らないでくださいよ。俺たちはあんたの敵じゃない。むしろ味方です」

「味方だと? 笑わせるな。論馬組と鎧波組は抗争中の敵同士だろうが」

「その抗争についてですよ。お互い蜘蛛道にしてやられましたね。この抗争で得するのは論馬組でも鎧波組でもない。蜘蛛道ただ一人だ」



 馬鹿みたいに威嚇していた組長が、黙った。適当に言ってみるもんだな。



「そもそも抗争なんて今時流行らないですよね。金はかかるわサツからは目を付けられるわ。仮に勝ったとしても赤熱組や玄葉組みたいな木っ端とは違い、お互い直系の二次団体。上は黙ってないだろうし、抗争はより激化する。その責任は誰が取らされるんでしょうね。ま、俺らは気楽なもんですよ。あくまでナンバー2なんでね」



 薬の茶々入れのせいで交渉のシミュレーションをする時間はなかった。だから会話は完全にアドリブ。相手の望みを引き出し読み取り擦り合わせる。俺の望む結末に。



「お互いトップが責任を取ったとしましょう。その場合次のトップは俺と蜘蛛道です。でも噂には聞いてるんじゃないですか。鎧波組の若頭のガキはヤクザなんかやる気はないって。蜘蛛道が一人勝ちして俺もあなたも損をする。それがこの抗争の結末でしょう」



 これはあくまで可能性の一つ。そうならない可能性だって大いにある。だがひとたび聞いてしまえばこれは単なる可能性ではなくなる。そうなるであろうと、勝手に脳内補完してくれるはずだ。



「わかりますか組長。これは単なる抗争じゃないんです。蜘蛛道のクーデターなんですよ。このまま放置してもいいんですか?」

「……舐めるなよガキ。蜘蛛道を下ろして得するのはそっちだろう。望む望まないは別にして、今論馬組は蜘蛛道の力で成り立っている。そっちの思惑には乗らん」



 ……攻め急ぎ過ぎたか。ヤクザはメンツが命の生物。強引に結果に持って行こうとしたせいで馬鹿にされていると思われたかもしれない。一度方向転換をしたいがどうするか……。



「もういいでしょうカシラ。交渉決裂ってことで」



 思考に頭を回そうとしたその時、隣の藍羽が口を開いた。



「カシラは友好関係を築きたいとか言ってますけど、こんな組あの人なら簡単に潰せるでしょう?」

「黙ってろ。すいませんね組長さん。うちの組員は血の気が多くて。交渉を続けましょう」



 ナイスアシストだ藍羽。付き人が舐めた発言をしたところを諫めるという展開。下手に出ているように思わせられるし、女子高生の姿から舞を連想するはずだ。何より暗に交渉を蹴るなら舞を解き放つという脅しをすることもできた。



「さっき心配したような口ぶりをした手前言いづらいですが、正直に言えば組長さんの言う通りこちらのメリットのために交渉しています。蜘蛛道を下ろせば俺たちの有利になるし、厄介な論馬組の勢力低下も狙える。騙すようなことを言ってしまい申し訳ございません」



 加えて腹を割ったかのように本音を交えることで、こちらに他の思惑がないと錯覚させる。嘘を言っていないと思わせられたのなら後は簡単。嘘を押し付けるだけだ。



「これは予想ですが……蜘蛛道からこう聞かされていませんか? 俺から抗争を仕掛けてきたって」

「…………」


「やっぱり。組長さん、これはうちのメリット抜きにした発言です。蜘蛛道の奴、組長さんを裏切ろうとしていますよ」

「……やはりそうか」



 乗ってきた! 俺が抗争を仕掛けたという真実を嘘だと誤認させられた。きっと組長は俺の発言を信じざるを得ないだろう。それは同時に蜘蛛道を信じられなくなったということ。この調子なら、いける。



「組長さん。あなたにだけ言いますが、俺は高城舞を連れてきています。あの冥土の高城です。俺が指示を出せばすぐにでも蜘蛛道を消せる。どうですか。蜘蛛道の首で抗争を終わらせるというのは」

「……先客がいる。この話の続きはその後に……」

「……俺はそれでもいいですけど。後悔しませんね?」



 最後にあえて突き放して思考の猶予を奪う。冷静に考えれば蜘蛛道を消すことは論馬組にとってはデメリットでしかないだろう。今の論馬組は蜘蛛道で持っているようなものなのだから。だがこの男は……安定を覚えた人間にそんな事情は関係ない。他の組と面倒ごとを起こす厄介な存在は、安定からは程遠い。この提案さえ飲んでくれれば……!



「葛城ぃ。あんまうちの親父をたぶらかさねぇでくれるかぁ?」



 殺気。突如として感じた鋭い殺意に俺と藍羽が同時に振り返る。



「親を裏切る子がいるかよぉ葛城ぃ」

「蜘蛛道……!」



 そこには星閃たちが足止めをしているはずの蜘蛛道がいた。後ろに二人の部下を従えて。



「お前の兄貴が変に話を長引かせようとしてたからなぁ。念のため来てみりゃこのザマだ。うちの見張りは何やってんだろうなぁ」

「……見張りを責めてやるなよ。お前でさえ勝てない奴がいたらどうすることもできないだろ」



 星閃と夜煌が失敗した……! 裏切ったというわけではないようだが想定外の出来事だ。口ぶりから察するに無事ではあるだろうが……これで交渉は決裂だ。



「藍羽、舞を呼び出せ」

「おいおいそれはブラフだろぉ? 高城舞が来てるなら今この瞬間にも飛び出してくるはずだぁ。主の命の危機なんだからなぁ」



 読まれている……いや予想されている。確証はないはずだ。でなければ部下を信用していない蜘蛛道が子分を連れてきているはずがない。舞が現れた時の盾にするつもりのはずだ。藍羽も同じことを考えているのだろう。あえて目立つようにスカートのポケットに手を入れて何かを操作しているように見せかけてる。



「おい。こいつらを捕まえろ」



 やはり舞がいないというのはバレてはいないようだ。藍羽のブラフに引っかかり、部下二人に俺たちを捕まえさせようと指示を出す。……晒したくはないが致し方ない。



「おとなしくしてろ……!?」



 大柄な男が俺と藍羽に覆いかぶさろうとしたその瞬間、二人の身体は床に崩れ落ちた。何も特別なことはしていない。将来警察官になる藍羽は昔から柔道や剣道を習っていた。だから単純に背負い投げをしただけ。そして俺の方はもっと単純。腹に拳をぶち込んだだけだ。



「……鎧波組の若頭は喧嘩が弱いって話だったんだがなぁ」

「お前の部下がそんな俺より弱いってだけだろ」



 俺は喧嘩が弱い。それは真実だ。ずっと近くで見てきた舞や皆川さんと比べればという話だが。そもそも普通に考えればわかるだろう。結愛を守るために、俺が鍛えないわけがない。もっとも敵の油断を誘うために弱いふりをしてきたし、それを続けるつもりではあったけれど。



「……いいぜぇ。テンション上がってきたわ。やっぱヤクザはこうでなきゃなぁ!」



 蜘蛛道の冷酷で鋭い気配が、獰猛な殺気へと変わる。三下程度なら俺や藍羽でもなんとかなったが、やはりこいつは別格だ。正面から戦って勝ち目はない。もちろん正面から戦うわけがないが。



「生憎そういうヤクザが大嫌いなもんで。どんな手を使ってでも――潰してやるよ」



 なんにせよ思わぬ朗報だ。蜘蛛道から仕掛けてくれたことで。ようやくその言葉が俺の口から出てきてくれたのだから。

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