第4章 第6話 作戦会議
「……こーくん。わたし、保健室行こうって言ったよね……?」
「悪いな、先客がいる」
藍羽を連れて向かった先は、保健室ではなく音旗高校の生徒会室。ここに俺が用意した、今回の抗争で使える武器を用意してある。
「でも生徒会って……」
何か言いたげな反応をする藍羽だが、実際に見せる方が早い。俺は生徒会室を開き、待っていてくれた面々に挨拶する。
「ごめん、遅れた」
「おせーよ。お前が集めたんだろうが」
まず初めに文句をつけてきたのは葛城星閃。生徒会長にして半グレグループネオンのリーダー格、そして俺の兄だ。少し前まで監禁していたが、こいつと和解したタイミングで解放した。
「ちょっと待った光輝。こっちはこっちで取り込み中なんだよね。なんであんたら二人までここにいんの?」
「お姉様いるところに私ありですので!」
「あーしはまぁなんていうかおもしろそうだったから? 聞くところによるとヤクザの抗争なんすよね。おもしろそうだしあーしも混ぜてくださいよ」
同じくネオンのリーダー格にして生徒会副会長、そして俺の姉の葛城夜煌。舞の妹であり夜煌を実の姉のように慕っている高城雪。表向きは夜煌の取り巻き、実態は情報屋にして俺の切札である相良薬。この四人と藍羽が、俺が今回の抗争で使用する駒だ。
「……いつの間にか仲直りしてたんだ」
「仲直りっていうか元々仲悪かったし今も許したわけじゃないっていうか……とにかくネオンは論馬組と関わりがある。だから星閃にはうちから逃げ出したってことにしてスパイをやってもらってるんだ。……なんでまだ不機嫌そうな顔してるの?」
「……わたしにだけ頼ってくれてるんだと思ってた」
「? 使えるものは全部使うけど。まぁでも実際一番信用してるのは藍羽だよ。藍羽は絶対に俺を裏切らないだろ?」
「……そういうことならいいや」
「おい俺が裏切る前提で話すのやめろよ」
どういうわけか機嫌を直してくれた藍羽と、文句をつけてくる星閃。
「こっちは蜘蛛道さんについてた方が美味い汁を吸えるんだ。今俺を動かしてるのは家族としての情だけ。まぁお前が俺を信用してない気持ちはわかるけどな。今もお前を裏切って二重スパイしてる可能性だってあるわけだし」
「まぁ裏切られることを前提に作戦を考えてるから大丈夫だよ。ただ……何だろうな。裏切らないでいてくれたらうれしいってだけだ」
「……なんか似合わないねあたしたちには。こういう兄弟っぽいのはさ。とりあえず始めよっか。こいつらを巻き込みたくなかったけど言っても聞かないからね」
夜煌がまとめてくれたので俺と藍羽も席につき、作戦会議を始める。
「まず目的の共有から始めようか。もちろん抗争を早く終わらせること……つまり鎧波組が勝つことだが、その方法を伝える。舞を論馬組の事務所に奇襲させること。それが唯一の勝ち筋だ」
時間をかけてじわじわと攻めていく場合その限りではないが、結愛のメンタルを考えるとそれ以外の道はない。次に根拠を話していく。
「これは抗争だけに言えることじゃないけど、争いにおいて一番の有効策は相手が嫌がることをやることだ。それは監視している龍華がいま俺じゃなく結愛たちの方にいることが証明してる」
「でも今回の抗争のリーダーは結愛ちゃんなんでしょ? 高城さんじゃなくて結愛ちゃんを監視してるんじゃないの?」
「いや蜘蛛道は結愛を舐め腐ってる。それはこの前の話し合いで証明済みだ。対して蜘蛛道は俺をやけに評価してるからな。だったら龍華には俺を監視させるよう伝えるはずだが、その様子はない。若頭より優先するってことはそういうことだよ」
「ふぅんそこまで考えてたんだ……」
皆川さんと互角の勝負を繰り広げたことがある蜘蛛道だが、キャバクラで舞の異次元の強さは実感済みだ。舞を脅威に思わないはずがない。だがその舞を俺の次によく知っている雪が手を挙げる。
「でも姉さんは弱点が……」
「この場では言えないが、確かに舞には弱点がある。でもライフルを渡すからクマと戦ってくれって言われたらできるか?」
「それは……無理かも……」
「そう。机の上でなら実行可能なことも、心理的にできないことはたくさんある。まぁそれはこっちも同じ。舞を暴れさせれば勝てるとわかっていても、舞の安全のことを考えたらそう上手くはいかない。だから今回舞を動かすことはしない。舞には想像上の核兵器になってもらう」
「それって……どういう……」
「心理的な話だよ。ここで舞に動かれたら負ける。そういう状況を作り出すんだ。実際にそこにいなくても、舞がいたら負けると思ったら降伏せざるを得ないだろ?」
問題は舞がいると相手に錯覚させることだがそこは俺の腕の見せ所。上手くやってみせるさ。
「具体的には星閃と夜煌が論馬組事務所に入り込む。ネオンのリーダー格として話に行くってことにすれば可能だと思う。そのタイミングで俺と藍羽が潜入、蜘蛛道か組長に接触し、降伏しない場合は舞を暴れさせると脅迫する。藍羽を連れていくのはやばくなった時に警察官の娘として働いてもらうためだ。さすがにお上の関係者に手を出すことはしないだろうからな」
もちろんこの作戦は机上の空論……全部こちらの思惑が上手くいく前提で進める作戦としては下の下の愚策だ。本当はもっとじっくり歩を進めたいが、のんびりしている余裕はない。その時点で蜘蛛道の策略の上ではあるだろうが……問題ない。
「一つ質問なんだけど、どうして鎧波組の人たちを使わないの? たぶん組員の人も抗争には乗り気だよね?」
「……抗争っていうのはトランプゲームに似てるんだ」
机の上に転がっていたトランプを手に取り、数枚並べる。誰からも見れる絵札と、裏面にした俺にしか見えない札。
「組員は見せ札だ。相手にも対策できる手。だからこの隠し札で戦えると強い。向こうがうちのクラスメイトを使ってるようにな」
勝負は心理戦……いかに相手の心を折るかの読み合いだ。相手の弱点を探り、引き当てるトランプゲーム。しかし俺の弱点は向こうに曝け出されている。
「俺は誰にも傷ついてほしくない……組員にも、お前らにもだ。誰かが人質に取られたら俺は迷いなく降伏するし、蜘蛛道もそれを狙ってくる。だから組員は使いたくない……この隠し札で戦うしかないんだ」
相手が格下なら他にやりようがあるが、論馬組は同格……格上と言っても差し支えない相手。選べる手は少ない。
「だからこんな作戦を考えてる段階でヤクザの若頭としては失格なんだよ。それでも俺は……こんな戦い方しか選べない。なるべく誰も傷つかない作戦……愚策もいいところだ。でもお前らが協力してくれたら、無血で戦いを終わらせられる。もちろんみんなの安全が最優先だ。危なくなったら降伏していいし裏切ってくれてもいい。だから……頼む。俺に命を預けてくれ」
頭を下げ、頼み込む。それしか俺にできることはない。
「……その頼みは受け入れられないな。だって絶対に裏切らないもん」
藍羽の柔らかな手が俺の手を包み込む。
「わたしも……たぶんここにいるみんなも。こーくんを助けるために集まってるんだよ。みんなこーくんに助けてもらったからね。だから裏切っていいなんて言わないで。それ以外の頼みなら何でも聞くから」
「藍羽……ありがとう」
作戦は決まった。この机の上に広がったトランプ……隠し札である藍羽たちを使って、表にしたジョーカーを通す。そしてジョーカーは二枚。隠し札の中にもジョーカーは潜んでいる。大丈夫……俺が選んだみんななら戦える。
「みんな、俺についてきてくれ。必ず全員無事に帰らせてみせるから」




