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【完結】親によってヤクザに売られた俺は、いつしか若頭になっていた。  作者: 松竹梅竹松
第3章

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第3章 第7話 言葉の意味

「若様に掠り傷一つでもついたら殺します」



 俺と蜘蛛道の引き金を引く指を止めたのは、背後からのその一言だった。いや、言葉というより殺気。おそらく森の中で熊に出くわしたらこのような気持ちになるのだろう。機嫌を少しでも損ねれば次の瞬間命を奪われるという現実。この銃口を自分に向けた方が楽だと考えてしまうほどの恐怖。圧倒的な捕食者の敵意が俺の身体を超えて蜘蛛道に向けられていた。



「……おいおい勘弁しろよ。こんな殺気向けられたら、ますますほしくなっちまう」



 だがさすがは若頭。その殺気を喉元に感じながら、それでも俺から銃口を逸らさない。死と隣り合わせの人生には慣れているということか。



「……いつからだ」

「あぁ?」

「いつからこの計画は始まっていた?」



 蜘蛛道の計画。それは十中八九、舞という圧倒的な暴力装置を手に入れることを目的にしている。だがそれは容易なことではない。まず俺が許さないし、舞自身も認めない。だからこそこうやって俺たちの身内を使い取引に臨んでいる。



 しかしそのためには夜煌たちと関係を持ち、高城一郎からの仕事という大義名分を得て、俺と舞が嫌でも頷かなければならないシチュエーションを作らないといけない。偶然ではありえない、作られた状況。全て蜘蛛道自身が考え実行していたとしたら……正直俺では歯が立たない。俺にここまでのゲームメイクはできない。



「……お前マジで言ってんのか。本当にがっかりだわ」



 しかし俺の警戒とは裏腹に、返ってきた答えは失笑だった。



「全部たまたまに決まってんだろ。高城舞は昔からほしいと思っていたが、まぁ無理だと諦めてた。でもたまたま子飼いにしてた半グレグループの中にお前らの身内がいて、たまたま高城一郎が接触してきて、たまたまお前らが乗り込んできてくれた。俺はそれに乗っかっただけだよぉ」

「……なんだ。だったら警戒する必要はないな。ただのラッキー野郎じゃねぇか」


「おいおい勘違いするなよ。この状況は確かにラッキーだが、運だけでこうなったわけじゃねぇ。ある意味必然さぁ。脅せば何でもやる半グレは使い得だ。そりゃ唾をかけとくだろぉ? そうやって力をつけてきたからこそあの親父はうちに接触してきた。お前らが急いで来たのもうちが危険だからだろ? 全ては繋がってるのさ。暴力と脅迫でシマを広げてきた論馬組だからこそできたことだけどなぁ」

「……理解できないな」


「そりゃお前にはできないだろうよぉ。お前はヤクザのくせに、力で全てを支配しようとはしてないからなぁ。なるべく周りに迷惑をかけないよう、目的までのルートは最短。これほどの力を持ってるのに必要最低限の力しか使わない。そんな甘っちょろいガキのままじゃテッペンなんざとれねぇぜぇ? だから断言できる。お前は俺には勝てねぇよぉ」

「……馬鹿馬鹿しいな」



 今度は俺が失笑する番だ。言っていることが的外れすぎて話にならない。



「俺は上になんか行くつもりはないし、好き勝手力を使おうとも思ってない。最低限やりたいことができれば満足できるんだよ」

「だからそれが甘いっつってんだよぉ。俺ならもっと上手くそいつを使える。お前みたいな言葉だけじゃなく、力で全てを支配できる!」


「だからそれが馬鹿馬鹿しいって言ってんだよ。俺を買い被りすぎだ。言葉だけでここまで来れたわけじゃない。いつだってみんなが助けてくれたから今俺はここにいるんだ」

「確かに買い被りすぎたかもなぁ。今日向き合ってよぉくわかった。お前はただのガキだ。簡単に感情で揺らぐガキ。こんなガキを警戒し過ぎた俺が馬鹿だったかもなぁ」


「本当にその通りだよ。お前は馬鹿すぎた。俺の言葉が厄介だと思ってたのならもっと警戒するべきだったんだよ。ちゃんとヒントは出してやっただろ」

「……何が言いてぇ?」



 何が言いたいって、もうさっき言っただろうに。



「俺の姉貴はお前に舐められて終わるタマじゃねぇって言ってんだよ」



 俺が笑うのと同時に、蜘蛛道の顔面が赤に爆ぜた。夜煌が別のテーブルからワインのボトルを奪い、顔面に叩きつけたのだ。自分がやられたのと同じように。



「俺はただお前の気が引ければそれでよかった。お前が自分で言っただろ? 俺がやるのは最低限だって。これが俺の最大限だよ」



 血と赤ワインが混ざった赤い液体をまき散らしながら、蜘蛛道の身体がソファに沈む。そんな蜘蛛道と同じように顔に赤い液体を垂らしながら、いつものように冷たい表情をしている夜煌。もうその表情には媚びも涙もない。俺が嫌いな、昔の表情そのものだ。



「いいのか? こいつ、お前らのボスだろ?」

「ボス? あたしは誰の下にもつかないよ。あんたが一番知ってんでしょ?」


「だな。むかつくほどにクールな一匹狼。それが俺の知ってる家族だよ」

「……これでやっと。昔に戻れたって感じかな」



 なんて話している場合じゃないか。それをするのはこいつを潰した後でいい。



「さてと。これはお前の子飼いの半グレグループのリーダーが反逆したってだけで俺たち鎧波組は一切関係ないわけだが。こいつはどうやって落とし前をつける?」



 静かに顔についた水滴を拭っている蜘蛛道に尋ねる。遠くから震える手で俺に拳銃の銃口を向けている受付の男を指さしながら。



「これは宣戦布告だと判断していいんだよな。論馬組から鎧波組への」



 席の外から拳銃を構える受付の男。その構え姿だけでわかる。間違いなく一度も引き金を引いたこともない、本当の下っ端だ。素人が思っているほど狙っている場所に銃弾を当てるのは難しい。たとえたった数メートル先の標的であっても、緊張と反動が正確な射撃を許してくれない。実戦なら尚更だろう。



「わ……若頭……! 俺がこのガキを殺してみせます……!」



 しかもこいつ、まるで状況が理解できていない。蜘蛛道がどれほど抗争に発展しないよう、牽制だけに留めていたか。どうして交渉の体を崩さなかったのかその理由を。こんな素人にもチャカを持たせるのが蜘蛛道の言う力だとしたら、やはり馬鹿だとしか言えないな。とりあえず流れ弾で被害者の女の子たちが撃たれるのは避けないとな。一番の馬鹿に視線を向けて、馬鹿にもわかるように伝える。



「なぁあんた。さっきはカタギだと思ってたから優しくしてやったが。俺と同じヤクザ(クズ)なら遠慮はいらないな? お前のツラ覚えたからな。よぉく考えておけよ。俺は鎧波組のナンバー2。若頭だ。そいつに銃口を向けることその意味を」

「ひっ……ひぃ……っ!」



 受付の男の身体がさらに大きく震える。これで馬鹿な真似はできないだろう。



「わ……若頭ぁ……!」

「……悪かった葛城。今度こいつの指持って詫び入れにいく」


「下っ端がしでかした責任は上が取るもんでしょう若頭さん。散々自慢してた役職は飾りか? それとも論馬組ではこれが普通なのか。今度の会合で他の組にも伝えておくよ」

「……クソがぁ!」



 ふらふらと立ち上がった蜘蛛道が怒りに任せてテーブルを強く蹴り飛ばす。その気持ち、よくわかるよ。感情を揺さぶられるとまともな判断ができなくなるよな。まぁ俺には通用しなかったわけだが。……さてと、どうやら馬鹿は一人じゃないようだ。



「カシラぁ! もうこいつやっちまいましょうぜ! これだけいりゃあ楽勝っすよ!」



 騒ぎを聞きつけたのか、ゴキブリのようにゾロゾロと。いかにもなヤクザたちが俺たちの席に近づいてくる。それと同時に客や女の子たちが離れていくせいで正確に人数は測れないが……十数人といったところか。



「若様」

「いやいいよ。若頭の先輩とやらの手腕を見せてもらおう。立派に手綱を引いてくれるはずだから」



 この程度の連中なら一掃できる。そう舞が提案してきたが断る。馬鹿がもう一人増えるか、見物だな。



「……お前ら。このガキどもを連れてけ」



 蜘蛛道の答えは自分も馬鹿になることだった。ヤクザというのは面子が命。これだけの部下を前にして退くことができなかったのだろう。これが最悪の選択だと知りつつも、逃げることができなかった。



「争うつもりのなかった無抵抗の同業者を集団で取り囲む。よくわかったよ、蜘蛛道さん。それが論馬組の仁義ってやつだな」



 静かに捕まりながら、俺は蜘蛛道を煽る。こんな卑怯なやり方、他の同業者に知られたら恥でしかない。ましてや子ども相手。このことがきっかけで抗争に発展したとしたら、他の組からはどう見られるか。



「馬鹿野郎共がぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」



 遠くの怒りの咆哮を聞きながら俺たちは論馬組の下っ端たちに連れていかれる。この状況とは裏腹に、交渉は俺の完全勝利で終わった。

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