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【完結】親によってヤクザに売られた俺は、いつしか若頭になっていた。  作者: 松竹梅竹松
第3章

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第3章 第6話 満足

「この店で一番上等なワイン持ってこい。あぁ? 俺にじゃねぇよ大切なお客様がいんだろうがよぉ」



 ボーイを顎で使い、俺たちの席に座ってくる男。鎧波組と同格の敵対組織、論馬組若頭、蜘蛛道海斗。派手なシャツの胸元を開けて刺青を晒す蜘蛛道は、夜煌を押し退けて俺の隣にやってきて肩を組んでくる。



「なぁ葛城ぃ、今日は俺がサービスするぜぇ。好きなだけ飲んでけよぉ」

「生憎酒は飲まないんだ。あんたと違って若い内に若頭になってるんでね」

「言うねぇ……今時俺に喧嘩売ってくる奴なんざお前くらいだ。やっぱお前いいわぁ」



 蜘蛛道は豪快に笑うと、運ばれてきた赤ワインの栓を空に向かって飛ばす。あえて年齢で煽ったが、蜘蛛道も29歳で上位組織の若頭にしては相当に若い部類。しかも若頭になって三年は経っているはずだ。俺よりも若頭として年季のある、本物の極道。



「論馬組と鎧波組って仲悪いだろぉ? でもそれは古い奴らの顔のせいだ。せっかく若い俺らが上に立ったんだからよぉ、仲良くやっていこうぜぇ?」



 性格は昔ながらのヤクザという感じではない。明朗快活で、ある種豪快なタイプ。だがそれでいて計算高く、生半可な対応をしてはあっという間に策略に呑み込まれる。しかも喧嘩も強く、裏の世界でもトップクラスの皆川さんとタメを張るらしい。つまり、舞がいれば100%勝てる。



 だが位置が悪いな……。コの字型のボックス席に、夜煌、蜘蛛道、俺、舞、雪という順に座っている。舞を蜘蛛道の隣に配置したいがそれは向こうも警戒しているだろう。それにここは敵陣。こっちから手を出すのも避けたい。何かするにしても反撃という形がベスト。そのためにもまずはジャブからだな。



「ずいぶんタイミングがいいな。視察にでも来てたのか?」

「いやぁ、近くに来てただけださ。俺の名刺を使ってガキが入ってきたって聞いたから飛んできたってわけだ」


「そりゃどうも。狙いは舞か?」

「ああ。その子の父親から2000万出すから攫ってくれって頼みを受けた。正直割に合わねぇが、国会議員様が相手だとなぁ」



 ……隠す気はなしか。下手に隠されるより堂々とされる方がよっぽど面倒だな……嫌でも後手に回る。ていうか2000万……高城一郎の軍資金は3000万だったはずだ。残り1000万は別のところに使ったか……いや、ああいう手合いの奴はなるべくならケチるタイプだ。金の使い方というものをわかっていない。金は見せつけることこそに意味があるのに。



「悪いが舞は譲れない。諦めてくれ。それとも本気でうちと喧嘩するつもりか?」

「言っただろ? 仲良くしたいんだって。だからちょっとした交渉だ。高城舞を少しの間貸してくれ。それで2000万を受け取ったら仲良く分配。もちろんその後高城舞は返すさ」


「交渉が下手だな。舞を返してくれる保証も金を分ける保証もないだろ。今鎧波組と論馬組は舞がいる状態で互角。舞がいない状態でお前らに攻められたらこっちは打つ手なしだ。俺がそんな口車に乗ると思ったか?」

「いやいや。口先一本で若頭までのし上がったお前にそんな下手な真似はしねぇよ」


「何より舞を物みたいに言う奴とは話し合う価値もない。舞、帰るぞ」



 俺は立ち上がり、ボックス席の中央から逃げようとする。おそらく蜘蛛道は止めるだろう。むしろそれが狙いだ。俺という障害物がなくなり舞が隣同士になれば、何かしようとしてもすぐ止められる。それこそ息の根を止めることさえも。



「まぁ待てよ葛城」



 ……来た。だがまだだ。席を舞に譲るまでは……。



「こんなガキしかいないつまんねぇ場所なんか抜けて、もっと楽しい場所行こうぜぇ。お前も胸が大きい女の方がいいだろぉ?」



 俺の肩に伸ばしていた方とは逆の右手が、夜煌へと伸びていた。肩に手を回し、そのままの手で夜煌の胸に触れている。そして当の夜煌は、蜘蛛道を刺激しないように愛想笑いを浮かべていた。



「……ふざけんなよ」



 これは挑発だ。俺を怒らせてこの場に残らせようとする蜘蛛道の挑発。おそらく向こうは夜煌が俺の姉だということを知っているのだろう。だからこうして、目の前で辱めている。……気に入らない。



「なにヘラヘラ笑ってんだよ夜煌……! お前はそんな人間じゃないだろ! いつも無表情で! 誰にも媚びずに! 自分を貫いてる奴だっただろうが! ここまで舐められて笑ってんじゃねぇよ!」



 どうしても許せなかった。俺が憎んでいる相手が……俺が勝てなかった奴が。こんな奴に媚びを売っていることが気に入らなかった。



「さっき俺の交渉が下手だって言ったよなぁ葛城」



 怒りでその場から動けない俺を、変わらず夜煌に絡み続けている蜘蛛道が嘲るように笑う。



「確かに俺はお前ほど口は回らない。だが交渉ってのは口だけでするもんじゃねぇだろぉ? ましてやヤクザの交渉だ。使えるもんは全て使うさ」

「……舞」


「暴力、弱点、状況。相手がいっちばん嫌がる方法を押し付ける。この方法で俺は若頭まで成り上がった。なぁわかるか葛城ぃ」

「こいつを潰せ!」



 俺が指示する方が早かった。だが舞が動くよりも早く。蜘蛛道が夜煌のこめかみに、拳銃を突きつけていた。



「殺気に対する反応は素晴らしいなぁ。たぶん俺より死線潜り抜けてるぜ。でも若頭としてはまだまだだなぁ。先輩として教えてやるよ。若頭は最も狙われるポジション。敵からも、身内からもだ。だから弱点は晒しちゃならねぇ。お前、今体調が悪いんだって? そんな状態で家族に会って感情的になる……大きな弱点だ。そりゃ突かれるわなぁ、一番触れられたくない場所を。こいつを殺されたくなければ高城舞を俺に貸せ。ちゃんと後で返してやるからよぉ」

「……夜煌が俺の弱点? 馬鹿言うな。そいつは人質にならねぇよ。舞、夜煌のことは気にしなくていい。思いっきり暴れろ」

「できません。舞は若様の護衛。倒すことよりあなたを守り切ることが最優先です。何より……若様も舞と同じ気持ちなら。舞は動くことはできません」



 蜘蛛道の一挙手一動を見逃せない今。舞の顔を振り返ることはできない。だがその声には強い意志がこもっている。俺の指示に歯向かおうが、俺の身体と心、全て守ろうとする意志だ。どうすることもできない俺を視界に捉え、蜘蛛道はさらに笑みを深める。



「あんまりがっかりさせるなよ葛城ぃ。部下の手綱も握れないのかぁ? そりゃ無理かぁ、身内を大事にするタイプだもんなぁ。でもヤクザは裏切りが当然の世界。お前が大事に思っている身内が、同じように大事に思っている保証なんてないんだぜぇ? 下をついてこさせるのに必要なのは暴力だ。それができない時点でお前は俺と同じ場所には来れねぇよぉ」



 ……俺が寝不足で体調不良だということに気づかれている。加えて俺と舞が家族と再会して感情が揺さぶられていることも。裏でつながってるのは鎧波組の誰かか……あるいは薬か。後者の可能性が高い。あいつなら金を積まれればどんな情報でも話すだろうし、俺の体調のことも今日ここに来ることも知っている。だが今はどうでもいい。



「俺の考えは変わらない。そいつは家族だが俺の敵だ。殺したいなら好きにしろよ」



 俺も拳銃を引き抜き、照準を夜煌に合わせる。殺すつもりはなかったが、今この状況。何より大切なのは舞を守り抜くことだ。そのためなら夜煌を犠牲にすることだって構わない。どうせこいつも俺と同じクズなのだから。



「……お願いします……殺さないでください……」



 やっぱりだ。涙目で命乞いなんて始めやがった。どうせ保身のために俺を売るつもりだろう。両親と同じやり方。今さらがっかりなんてしないさ。俺も同じクズ。夜煌を売って舞だけは逃がすつもりだ。



「弟なんです……ずっと死んじゃったと思ってた家族と……やっと会えたんです……! まだ話せてない……あの日助けられなかったこと……まだちゃんと謝れてない……! あたしにできることなら何だってやります……! だからまだ殺さないで……!」



 ……情けない。だからさっき言ったんだ。お前はそんな奴じゃないって。こんな……俺なんかのために涙を流すような奴じゃなかったんだ。



「若様……手が震えてます。そんな状態で撃ったら他の方に……」

「あぁ……そうだったんだな……」



 自分の頬に涙が垂れていることに気づき、ようやく理解した。星閃と夜煌が俺を忘れていると知った時。どうしてあんなに腹が立ってしまったのか。



「ちゃんと……謝ってほしかったんだ……」



 たったそれだけ。それだけで充分だった。あの時捨ててごめんねと、一言謝ってくれたらそれでよかったんだ。そしてその言葉を聞いてしまった俺は、もう……。



「誰に口答えしてんだてめぇ」



 涙で滲む視界に、赤い液体が飛び散る。蜘蛛道がワインのボトルを夜煌の頭に叩きつけた。



 何かが砕ける大きな音。遠くで聞こえる悲鳴。崩れ落ちる夜煌の身体。そして血かワインか、黒々とした赤が世界を塗り潰していく。



「蜘蛛道ぃぃぃぃぃぃぃぃ!」

「言動が一致してねぇんだよ思春期のクソガキがぁ!」



 互いの銃口が敵の顔を捉えた。

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