第3章 第4話 ワイルドカード
「どうも、葛城さん」
翌日の昼休み。俺は学校の非常階段で昼食をとっている夜煌に会いに行った。昔から一人が好きな一匹狼タイプ。しかしそのクールな雰囲気と容姿から擦り寄ってくる女子は多く、四人のギャルがまさしく取り巻きといった感じで控えている。
「あんた入学式の……」
「佐藤光輝です。よろしくお願いします」
自己紹介なら苗字だけで名前まで言う必要はない。それでも名前を出してしまったのは、認めたくないがつまりそういうことだ。
「で、何の用?」
「生徒会副会長さんに質問がありまして」
夜煌は興味なさげに菓子パンをもそもそと食べながら、こちらを見ようともしない。心の底から他人に興味がないのだ。
「休学届って何日から出した方がいいですかね? 一週間も休んでるとさすがに問題になりますかね?」
煽るように訊ねると、パンを食べる夜煌の動きが止まった。そして鋭い瞳で俺を睨んでくる。昔と何も変わらない。
「……あんたお兄ちゃんがどこにいるか知ってんの?」
「なんのことだか。俺はただ質問してるだけですよ」
「知ってることがあるなら全部話しな!」
だが俺の胸倉を掴んで怒鳴るその姿は、俺の知らないものだった。こんな兄弟想いだったなんてな……だったら俺が売られた時も怒ってくれたらよかったのに。
「本当に何も知らないんですよ。ただ俺のクラスの女子が家庭の事情で少し休まないといけないみたいなんで。訊きにきただけです」
「……チッ」
一応は納得したのか、夜煌は俺の胸倉を離すとコーヒー牛乳のストローに口を付ける。ここまで煽り甲斐があると計画がずれてくるな。
「お兄さん……生徒会長ですよね? 学校お休みしてるんですか?」
「あんたと喧嘩した日から連絡がつかない。本当に何も知らないの?」
「さぁ何も。でも少し意外だな。兄妹仲がいい感じには見えなかったから」
「うちの両親があたしたちを置いて家を出ていってね。お兄ちゃんがあたしの唯一の家族なの。心配するのは当然でしょ?」
両親が……出ていった……? 確かに夜煌、星閃、両親は別々の家で暮らしているという話だったが……家を出たということは捨てたのか……? 俺だけでなく夜煌たちも……!?
「それってどういう……!?」
「あんたに関係ある? とにかくお兄ちゃんのことで何か知ってたら教えなさい。あたしにとってお兄ちゃんは自分と同じくらい大切なんだから」
俺も家族だから関係ある……だなんて言えない。だがどうしても言わなきゃならないことがある。
「いい奴ぶってんじゃねぇよ……」
「あ?」
「お前も星閃もクズの遺伝子を受け継いだクズだろうが! 今さら被害者ぶってんじゃねぇ! お前らが一番! 兄弟愛を語っちゃいけない人種だろうが!」
我慢などできるわけがなかった。俺の顔を忘れてるのはもう受け入れた。でも弟である俺を見捨てておいて、残された唯一の兄妹がなんだって……そんなことを顔も忘れた弟の前で吐いて……そんなの到底受け入れられない。
「なに急にキレてんの……?」
「まぁまぁアネキ。ここはあーしに任せてください。あーしが先輩への口の利き方を教えてやりますよ」
取り巻きの一人の金髪ギャルがそう言うと、俺を連れて非常階段を下りていく。辿り着いたのは校舎裏の、誰からも見られない場所。
「迫真の演技でやしたね若旦那。若旦那が怒鳴ってる姿なんざ初めて見やしたぜ」
その瞬間ギャルは腰を曲げ、まるで召使いのようにへりくだり始めた。こいつが俺の切札、相良薬だ。
「なんせ半分は演技じゃないからな」
「こりゃ一本取られやした。さすがは若旦那だ、あっしなんかとは格がちげぇや」
薬は四年前、まだまだ下っ端の頃に出会った一個上の女子だ。親を大手週刊誌編集長に持ち、とある芸能人と反射組織の人間が接触している現場に出くわした時に関係ができた。その立ち位置はまさに切札。俺だけでなく幾人もの裏社会に生きる人間と繋がっており、誰よりも頼りになる味方にも何より厄介な敵にもなる。だがとにかく優秀な情報屋だ。
「で、今日は何の用ですかい? まさかアネキを煽るためだけに来たわけじゃねぇはずだ」
「高城雪。この名前に聞き覚えがあるか?」
「下手な探りはやめやしょう。あっしは若旦那の味方のつもりですぜ? 少なくとも感情的には」
「その言葉ほど信頼できないものはないな」
元々薬は当初結愛が入学するはずだった有名私立高校に通っていた。だが結愛が音旗高校に入学するということで危険はないか確認するために転校してもらったのだ。もちろん相応の金は払ったが、返ってきた言葉は問題なし。しかし実際に入学してみたら星閃と夜煌がいた。そのことを問い詰めたら結愛の危険ではないから報告しなかったと来た。そんな奴を無条件に信じることはできない。
「まだアネキたちのことで怒ってるんですかい? その詫びは星閃の旦那の所在を教えたことで返したでしょう」
「じゃあ夜煌の取り巻きをやってるのは俺のためか?」
「夜煌のアネキは個人的に気に入ってやしてね。さすがは若旦那のお姉さまだ。悪ぶってるくせに根は素直で実にからかい甲斐がある」
「あいつのどこが素直なんだよ……そのせいでお前と接触するのも一苦労なんだからな」
薬との繋がりはトップシークレット。連絡先すら互いに知らない。おかげで何か依頼をする時は直接接触するしかなく、会いたくない夜煌の近くにいるせいで中々使うことのできない切札になってしまった。
「で、高城雪さんでしたっけ。知ってやすぜ、若旦那のメイド奴隷の妹さんでしょう?」
「変な言い方するな。その情報網には舌を巻くが……。で、今どこにいる?」
「その前に……いただけやすかい?」
「とりあえず5万でいいか?」
「へへっ、毎度あり」
「有益な情報だったらもう5万出す」
手を擦る薬に現金を渡して回答を待つ。まったく、昨日から出費が痛い。昨日も今日も高いとは思わないが。
「高城雪さんはあっしの知り合いでさぁ。どっちかというと夜煌のアネキの親友って言った方が近いかもしれやせん」
「……それってつまり」
「ええ。アネキが頭張ってる半グレグループ『ネオン』の幹部でさぁ」
……想像する限り最悪の答えだ。半グレの幹部、夜煌の友人というより。論馬組とつながりがある可能性、というのが痛すぎる。下手に接触すれば全面戦争になりかねない。上手く直接対決は避けないとな……。
「居場所は?」
「夜煌のアネキと同じ寮に住んでやす。あっしも何度か直接お会いしたことがありやすぜ」
「寮……? うちの高校に寮なんかあったか……?」
「あー違いやす。言ってやせんでしたね。お二人ともキャバクラで働いてるんですよ」
「キャバクラって……未成年だろ」
「ええ。ですからヤクザが運営するキャバクラの中でも特別席。VIP専用の席でさぁ。若い女と飲めるなんていかにも悪い連中が喜びそうなことでしょう?」
「……おい。そのヤクザって……」
「若旦那の想像している通り。鎧波組の敵対組織、論馬組でさぁ」
鎧波組と論馬組の全面戦争が決定した。




