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【完結】親によってヤクザに売られた俺は、いつしか若頭になっていた。  作者: 松竹梅竹松
第3章

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第3章 第1話 恋の獣

 若頭の仕事内容は多岐に渡る。まず最も大事なのは組の舵取り。組の立場はどうなっているか、警察に何を警戒されているか、他組織の動きはどうなっているか、カタギからどう見られているか。反社会的だからこそ、自分たちの立ち位置を誤れば一瞬で地に落ちる。その判断、指揮を執るのが最も重要だ。



 次に外交。仁義が重んじられているとはいえ裏切りが日常のヤクザの世界は他組織との関係性がそのまま命取りになる。同じグループでも時には舐められないよう強気に出たり、格下でも落としてはいけないピースなら丁重に扱う。相手が敵対組織だとしても外交次第で抗争は避けられる。どれだけ他組織から舐められず、自分たちの勢力を維持するか。若頭の腕の見せ所だ。



 外だけでなく内にも目を配る必要がある。下っ端一人でも捕まれば組の存続の危機。教育の徹底や報酬の選定も若頭の仕事の内だ。他にもシノギや近隣住民への付き合いや上位組織への気遣い……。つまるところを言うと、



「このままじゃ死ぬ……!」



 高校に通いながら若頭の仕事をするのは無理があった。学校に行っている間は若頭補佐が仕事を回してくれてはいるが、いかんせん限度はある。いっそのこと若頭を辞めたいと組長に相談したが、上手いことはぐらかされてしまった。



 さらに大変なのは若頭の仕事に加え、結愛や藍羽との付き合いもあるということ。放課後のお出かけに興味津々な結愛や俺と遊びたい藍羽に連れ回される日々。今日も夜までショッピングに付き合わされた。楽しいは楽しいのだが、入学してから約一週間でもうだいぶ身体は限界を迎えている。



「ただいま……。舞、宿題やるぞ……」



 それだけではない。中学にロクに通っていなかった俺と舞はいくら底辺高校とはいえ勉強についていけずにいた。周りも勉強なんて一つもしていないが、将来のことを考えると勉強を避ける道はない。ようやく家に帰れた俺は、先に戻っていた舞にそう声をかけた。……だが問題はまだ残っている。



「……他の女の匂いがします」



 部屋の中央でゆらゆらと揺れていたメイド服を着た舞が、俺の姿を見て暗い瞳を向けてくる。やっぱりそろそろ限界だったか……。



「待って舞……まだ早い……!」

「若様……っ」



 俺の制止も聞かず、腕を強引に掴んでベッドに押し倒してくる舞。そしていつものように俺の首筋や肩に歯を当ててくる。甘噛みであまり痛みはない。だが縄張りを示すように歯型は残すようにしてくるし、自分の匂いを染みつかせるように身体を擦りつけてくる。嫌ではない……けれどこのままされるがままというわけにもいかない。



「ま……て……ぐぅ……っ」

「若様……若様……っ」



 だが腕を掴まれては俺の力で解くことなんてできやしない。昔からそうだった。不安になると、すぐ俺にマーキングするかのように絡みついてくる。『家族から捨てられたお互いだけは、絶対に見捨てないこと』。その約束だけが舞の生きる理由だから。だが今日はいつにもまして一心不乱だな……心当たりはあるけど。



「そんなに嫌か? 藍羽が」



 図星だったのだろう。舞の動きがぴたりと止まった。



「……嫌に決まっているじゃないですか。お嬢はわかります……若様が一番大事なのはお嬢だっていうのはもうしょうがないことです。でもあの女より……舞の方が……っ」

「結愛が一番だ。俺を救ってくれた人だから。でも二番はお前だよ。お前を買った以上、俺にはお前を幸せにする義務がある」


「……二番とか義務とか。そんなこと言われて喜ぶ女子はいません」

「まぁ……確かに」



 俺は誰に対しても平然と嘘をつける。藍羽は当然として、結愛にだって彼女のことを思えばいくらでも嘘をつける。だが舞に対してだけは、嘘をつかないと決めている。これといった理由はないけれど、絶対に。強いて理由を付けるなら、俺と舞は同じ境遇にいたからだろう。同じ苦しみを背負う者同士、何かを騙すことだけはしたくなかった。



「でも俺はいつか組を抜ける。結愛とお前と一緒に。カタギの世界に戻った時、ずっとこんなことしてるわけにはいかないだろ」

「……舞はカタギには戻れません……いたことがないから。普通の子じゃないんですよ……だから捨てられたんですよ……!」



 その答えは聞かなくてもわかっていた。だが感情的になったことでようやく舞の口からそれが聞けた。



「若様言ってくれたじゃないですか……若様の世界にいていいって。だからどこにも行きません……っ。舞は若様と一緒に、ずっとヤクザの世界にいるんです……。だから若様も、絶対に逃がしませんから」



 そしてここまで口に出さなかったからこそ確信できる。化物だと揶揄する周り、いらないからと捨てた親、何より自分自身が思っているよりも。舞は普通の人間だ。まだ何も知らなかったあの時はそう言ったが、今は違う。約束を破ったからと殺されたとしても、学校を通して普通の生活に戻してやりたい。けれど……中々難しい。



「でも若頭なんて真っ先に始末されるポジションだからな……俺が死んだらどうする?」

「死なせません。だからこその護衛です」

「敵からはそうかもだけどな……まだ残ってる組員にも俺のことをよく思ってない奴はいる。案外後ろからプスッといかれるかもな」



 さて、ここまで会話ができるなら舞も冷静になっただろう。俺も舞と話せて疲れが取れた。そろそろ勉強するか。



「……こーくん、何やってるのかな?」



 それは一週間前の焼き直しのよう。俺に女子が覆いかぶさる姿を、別の女子に見られた。



「あ……藍羽……? なんでここに……!?」

「お友だちの家に泊まりにきたんだけど……ふーん。やっぱりこーくんも男の子だね」

「きゃー! 修羅場よ修羅場! 龍華はどこにいるの!?」



 俺の部屋の扉を開けて見下ろしてくる生気のない瞳をした藍羽と、その様子に一人盛り上がっている結愛。ちなみに現在ヤクザと抗争中の親族がいる龍華はしばらく結愛の護衛を外れている。ゴリゴリに暴力行為をしているところを警察の娘の藍羽に知られたくないからだ。



「がるるるる……!」

「舞ステイ。藍羽は敵じゃないよ……いやほんとは敵だけどさ」



 藍羽への警戒態勢になったことで身体から解放されたので、首筋を制服で隠す。こんなの想定外にもほどがあるがある意味助かった。



「……こーくん気をつけなよ。女性関係はどの世界でもトラブルの元だからね。後ろからぷっすりいかれちゃうかもよ」



 ……確かに組員にやられるよりはそっちの方が可能性がありそうだ。一週間で二人の女性に迫られ、しかも本命は別だというのだから。本当に気をつけよう。



「とりあえず舞。お前は自分で思ってるより遥かに大丈夫だよ。クズの俺が言うんだから間違いない」

「若様……でも舞は……!」

「お嬢様! 若頭さん! 大変です!」



 安心させるために舞の髪を撫でると、なるべく藍羽と顔を合わせないようにしている龍華が部屋に飛び込んできた。



「いま事務所に! 国会議員の高城一郎……舞さんのお父様が来ています!」



 舞の身体がピクリと震えたのを、髪を撫でている俺だけが気づくことができた。



「どうやら……舞さんを家に帰してほしいそうです」



 そして震えているのは俺も同じだろう。恐怖ではなく、怒りで。



「捨てといて今さらどの口が……!」



 家族に捨てられたという絶望という名の抗いようのない事実。それがどれだけ、どこまでも、俺たちを苦しめる。



「待ってろ……すぐに行く」



 俺は制服から仕事着のスーツに着替え、拳銃を手に家を出た。

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