第2章 最終話 言葉にならない告白
「んんぅ……」
やはり普段と違うベッドだと眠りが浅い。強い眠気を感じながら起き上がり、隣でまだ寝ている女性に目を向ける。
いや、眠りが浅いのは彼女が原因か。舞が時々隣に潜り込んでくることもあるとはいえ、それ以外の女性と一緒に寝るのは初めてだ。疲れていたとはいえ緊張していたのかもしれない。そう。
「んん……ともだち……ぇへへ……」
俺の飼い主である結愛と一緒に寝るのはとても緊張した。
「おはよーこーくん」
「ああ、おはよう」
実に気持ちよさげに眠る結愛を眺めていると、マグカップを持った藍羽が部屋に戻ってきた。コクのあるコーヒーの香りが俺の眠気を覚ましていく。
「いやー、やられたよ。まさかこんな手を打たれるとはね」
「いつまでもやられてばっかだと思うなよ。俺だってたまには勝つんだよ」
ベッドに腰掛ける俺の隣に座った藍羽が少し悔しそうに笑う。以前は成績では勝っていても一枚上手をいかれておいしいところを持っていかれるという展開が多かった。だが今回ばかりは勝ちを譲れなかった。
『そう、これは取引だよ。こーくん。受け取ってくれる? わたしの気持ちを』
『さぁ、パジャマパーティーの始まりよ!』
部屋の電気を点けながら意気揚々と結愛が部屋に飛び込んできたのは、俺に覆いかぶさった藍羽が再び唇を迫らせてきたその瞬間だった。
『きゃー! なにこの状況!? もしかして二人ってそういう関係だったの!? どうしよう皆川に伝えないと!』
『ぇ……? は……? どういう……こと……?』
見てはいけないものを見て大はしゃぎする結愛と、そんな彼女に顔を向けたまま俺を押し倒した状態で口をパクパクとさせる藍羽。とりあえず力が抜けてくれたので、呆然としている藍羽の身体を支えながら上からどかす。
『舞にスマホを触らせるのを禁止させるべきだったな。敵地に飛び込むんだ。そりゃ援軍くらい呼んでおくさ。友だちとお泊り会とか言ってな』
まさか藍羽がこんなことをしてくるだなんて想像もしていなかったが、タイミングとしては最高だ。当初の想定では早々に取引を終わらせ、結愛に藍羽というクラスメイトと話す時間を作るつもりだった。
『……なるほど。初めからこれが目的だったんだ』
俺にしてやられた藍羽が悔しそうに、心底悔しそうに顔を伏せる。だがすぐに感情のない瞳を作ると、顔を真っ赤にして興奮している結愛を見つめた。
『佐藤結愛さん……苗字は偽名かな。あなたの素性は聞いた。ヤクザの御令嬢なんだって? そんなあなたが警察の家に来ていいの?』
『別にいいじゃない。だって私たち、まだ子どもなんだもの』
相手の立場的にかなり警戒していたであろう藍羽だったが、そのあまりにも単純な返答に目を丸くする。
『そんなことより恋バナをしましょう! お友だちとのお泊り会は恋バナが鉄板だと聞いたことがあるわ!』
『……そっか。そうだね、まだわたしたち、子どもだもんね。うれしすぎて、ちょっと先走りすぎちゃったかなぁ……』
大人の世界で生きてきた、子どものような関係に憧れてきた結愛。子どもだったせいで何もできず、大人として動こうとした藍羽。立場以上に正反対な二人だ。だが俺と藍羽も性格はまるで噛み合わない。それでも友だちになれたんだ。だったら結愛と藍羽も……。
『じゃあお友だちとして聞いてもらおうかな。わたしが大好きな人のお話を』
『ええ! すごい楽しみだわ!』
そしてこっぱずかしかった俺は早々に眠りにつき、結愛もはしゃぎすぎて寝てしまったのだろう。今に至るというわけだ。
「……初めからこれが目的だったんだね。いつからこの結末を考えてたの?」
「別にいつからってわけでもないよ。ただ俺の最優先はいつも結愛だ。友だちを作る手助けはしなくても、友だちを作りやすい環境は作りたかった。クラスの連中はガラが悪いからな。一番信頼できる藍羽に、結愛が接触しやすかったのがこのタイミングだったってだけだよ」
「そっか。わたしより、この子の方が大切なんだね」
それはあえて俺の心を傷つかせる作戦か、あるいは心の底からの言葉か。ただ言えることは一つ。
「迫ってきたのは全部作戦だろ? 俺の心を揺さぶって正常な判断をさせないための作戦。策略を立ててたのはお互い様だよ」
正直本当に藍羽は俺のことが好きだって、勘違いしそうになった。だが今になって思えば、あの正義を愛する藍羽がヤクザの俺なんか好きになるはずがないし、婚姻届なんて飛躍しすぎだ。
「……どうしてそう思ったの?」
「ヤクザの世界にはハニトラがたくさんあるからな。悪いけどそういう手段は俺には通用しないんだ」
なんて、舞が牽制してるから実際に被害に遭ったことはないが。でも少し女性慣れしている感は出したかった。なんでだろう、そういう虚勢は一番嫌いなはずなのに。まぁ何はともあれ。
「藍羽の作戦は全部お見通しだ。お前が俺のことをわかってるのと同じくらいに、俺だってお前のことはわかってるんだからな」
「……こーくんは何もわかってないよね」
「なんで……!?」
おかしい。俺の推理が間違っているなんてありえない。だって藍羽が俺を好きなわけがないし、それを前提としたらあの行動は全部作戦ってことにしか……。……なのに藍羽、すごい感情のない目でこっち見てる……。
「……まぁいいよ。こーくんは昔からそうだったから。どうぞ結愛ちゃんとお幸せに」
……まずい。昔から藍羽はそうだ。不機嫌になると露骨にふてくされるし、そうなると俺の話なんて聞いてくれない。そうなる前に、言っておきたいことがある。
「あのさ、俺が言うのもなんだけど。ああいうのはやめてほしいって言うか……誰にもしないでほしいっていうか」
「……ああいうことって?」
……駄目だ。なんか恥ずかしくてうまくしゃべれない。でも藍羽が警察になった時、捜査のためとはいえああいうことだけは、絶対にしてほしくない。そんな藍羽を、俺が見たくない。
「その……キ、キスとか……抱き着いてきたりとか……。誰にもやらないでほしい……少なくとも、俺以外には……」
あーやっぱり駄目だ! 本当に上手く言えない……! こういう中途半端なことを言うと余計藍羽は……。
「……やっぱり昔のままだね。なんだかんだわたしが一番おいしいところ、もらっちゃった」
だが藍羽は笑っていた。心の底から、満足そうに。
「なに……? 俺そんな変なこと言った……?」
「教えてあげなーい。だってわたしたち、まだ子どもだもん。大人になったら教えてあげるよ。ちゃんと、二人きりで」
……やっぱり藍羽の言う通りかもしれない。なんで藍羽の機嫌が直ってるのか全然わからない。まぁでも、藍羽が幸せそうなら何でもいいや。
「ところでこーくん。何か忘れてない?」
「あぁ星閃たちのことな。まぁそれは組の事情もあるから後々話そう。とりあえずはうちが預かっとく」
「いやそれもそうなんだけど……もっと身近な何かを忘れてるような……。まぁいっか! とりあえずおしゃべりしよっか。今までできなかった分、いっぱいね」
そうだな。なんか外から僅かに声のようなものが聞こえるような気がするが、今はまだ早朝。こんな時間から大騒ぎするような人間はいないだろう。
結愛が眠ってしまっている今、彼女のことを気にかける必要はない。だから誰のためでもない。俺たちだけのために語り合おう。失った時間を取り戻すように。わずかでも、少しずつ――。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁっ! 若様が! 他の女と! イチャついてる気配がしますぅぅぅぅぅぅぅぅっ!」
「ひぇぇぇぇぇぇぇぇっ! ねぇいつ合図送ってくれるの!? 送ってくれないとずっと狭い車内でこの子と二人きりなんだけど! 藍羽ちゃん! 藍羽ちゃーーーーーーーーんっ!」
これにて第2章完結となります。現実恋愛カテゴリーなので恋愛がやりたかったです。この先も恋愛はメインとなっていく予定ですが、舞台は一応任侠ものなので。第3章は舞ちゃんをメインとしつつ、恋愛と任侠を両立できていけたらいいなと思っております。
またここまでお読みいただき本当にありがとうございます。みなさまの応援のおかげでここまで続けることができました。
おもしろい、続きが気になると思っていただけましたらぜひ☆☆☆☆☆を押して評価とブックマークを押していただけますと続ける力になりますのでどうぞ何卒よろしくお願いいたします。




