第2章 第4話 半グレ
職業柄式典には腐るほど参加してきたが、入学式に参加するのは初めてだった。小学校の時は両親がまだ親がバリバリ遊んでいた頃で、兄と姉を連れて旅行に行ってしまい留守番。中学は義務教育だから一応在籍はしていたんだろうが、そもそもどこの中学に入学したのかもわからない始末。なので結愛ほどではないが、それなりに楽しみにはしていた。
だが予想通りというか、なんというか。特に面白みがあるものではないようだ。知らない偉い人がそれ美談じゃないよなという武勇伝を語り、下っ端には退屈なだけ。ヤクザのものはコネクションを作れるから参加する意義はあったが、生徒と教師という立場ではそれも難しい。
「なぁ藍羽……」
「だめだよこーくん。静かに校長先生のお話を聞かなきゃ」
隣の藍羽に話しかけてみたが、冷たく注意されてしまった。周りの奴らは好き勝手にしゃべって笑い合ってるんだけどなぁ……。仕方なく校長の話を聞こうと前に視線を向けると、舞と龍華に挟まれて座っている前の席の結愛が『ちゃんと話せ』とジェスチャーしてきた。仲直りするなら早い方がいい、ということだろう。
「……藍羽、ありがとな。教室で俺を庇ってくれたんだって?」
「……ううん気にしないで。わたしがやりたくてやったことだから。ほんとのこーくんはいい子なんだよって」
さすがにお礼を言われて無視はできなかったのだろう。小声で藍羽が返事をしてくれた。
「俺と藍羽は……ほら、こういう関係だからさ。中々難しいかもしれないけど。昔みたいに仲良くできたらいいなって……俺も思ってるから」
「……こーくんが早く辞めてくれたらすぐにでも仲良くできるんだけど。……なんてちょっと意地悪かな。朝も言ったでしょ、わたしも仲良くしたいの。だからああいうのはこれっきりにしてね。これ以上無茶するなら、本当に捕まえるから」
……そうだった。藍羽を敵視していたのはずっと俺だけだった。俺が素直になれればもっと簡単に……。
「あ、やっと終わった」
真面目なことを言っていたのにやはりそう思っていたのか、校長の話が終わると藍羽がそうつぶやいた。この後は何があるのだろうか。若頭の就任式ではよくわからない口上を言わされたが、高校ではそんなことは……。
「続いて生徒会挨拶です」
司会の先生がそう口にした瞬間、さっきまで騒々しかった生徒たちの声が一瞬で静まり返った。まさか本当に盃のやり取りとかあるんじゃないだろうな……。俺も会話をやめて注目していると、その理由がわかった。
「はじめまして。生徒会長の三年、葛城星閃です」
ステージに上がったのは俺の髪を金に染めて制服を着崩したような容姿の男子生徒。俺の実の兄だった。
「副会長の二年、葛城夜煌です。よろしく」
その後ろにいるのは俺たちと同じような鋭い瞳、高身長の金髪美女。俺の実の姉だ。傍から見れば美男美女の兄妹。ただしこの場にもう一人弟がいることは、本人たちでさえ気づいていない。
「高校に入学したばかりでまだわからないことも多いでしょう。義務教育だった中学とは違い、高校には厳格なルールが存在します。破れば学校にはいられなくなる、絶対的なルールが」
……にしてもどういうことだ。あの二人が生徒会長? ありえないだろう。そういう堅苦しい役職からはかけ離れた人間だったはずだぞ。星閃は子どもの頃からボス的な立場にいたが、それはヤンチャなグループでの話。夜煌にいたっては群れるのが嫌いで孤高の女王様タイプ。ビビって手下に下る奴はいたけど自分からこんな役職になるとは思えない。
「でも安心してください。わからなければ俺たち先輩が教えます。何をしてはいけないのか。そして破ってしまったら、どうなるのか」
まさか二人とも改心した……? だったら……俺が復讐することは正しいのだろうか。親に売られた俺の存在は二人にとっても暗い過去。だからこそ俺のことは忘れてその分善行を積んでいるとしたら……俺がやろうとしていることは正しくない。それこそ本当に身勝手なヤクザになってしまう。
「『サトウコウキ』君。ここにいますか?」
だがそれは取り越し苦労だったようだ。今の会話の流れで、俺でない俺の名を口にしたということは。つまりそういうことだ。俺はパイプ椅子から立ち上がり、二人に向き合う。俺の実の家族と。
「この後残っていてください。この学校でのルールを叩き込んであげますので」
「……楽しみにしてますね、先輩」
想像していたより早いお返事だ。人前で暴れた甲斐があったというもの。こっちこそ教えてやるよ。捨てられた弟が、今までどんな想いで生きてきたのかを。
「……まずいよこーくん。この状況は、本当にまずい」
生徒会長挨拶が終わり不自然なほど規則的な拍手が鳴り響く中、藍羽が真剣な顔で忠告をしてくる。藍羽が見ている前だということは少しネックだが、向こうから来る以上迎え撃たないわけにはいかない。不可抗力というやつだ。
「こーくん、あの二人がいるって知らなくて入学してきたんだよね。だったらこのことも知らないよね」
座り直すと次のプログラム、教頭の挨拶が始まった。再び体育館が雑談の喧騒に包まれる中、校長の話は静かに聞いていたはずの藍羽は言葉を続ける。藍羽が何を言おうが関係ない。たとえ相手がヤクザだったとしても、もう俺は止まれない。
「葛城星閃と葛城夜煌。二人は半グレグループ、『ネオン』のボスだよ」
『半グレ』。その単語が藍羽の口から出た瞬間、あらゆる前提が変わった。
「それは……まずいかもな」
半グレ。つまりはグレーゾーンにいる人間。藍羽のような一般人がホワイトで、俺たちのような裏の人間がブラック。いわばその中間こそが半グレ。と聞くとヤクザより格下な印象を受けるが、実態はそうではない。
ヤクザは強い縦社会で構成されている。上に逆らうことは基本的に許されないし、下が粗相をすれば上にも迷惑がかかる。だからこそ下っ端も中途半端なことはできないし、幹部も無茶な命令は出せない。つまりは捕まらないために組織一丸となって努めているが、半グレは違う。友人同士、知り合い同士。縦ではなく横で繋がった組織構成。無茶なことをしても止める奴はいないし、一人捕まえたところで組織全体を捕えることは難しい。
さらに厄介なのが、ブラックなことをしながら半分はホワイトであるということ。ヤクザには暴対法が適用され、あらゆる行為が禁止されている。組の名前を出すこと、一般人と喧嘩すること、家を借りることや口座を開設することすらも許されない。だが半グレにはその法律が適用されない。たとえヤクザと同じことをしても、暴対法で裁かれることはないのだ。
いわば法律の縛りを受けない反社会的組織。その被害は一般人だけでなく、ヤクザにも向くことがある。実際鎧波組の人間も半グレ集団にリンチにされたことがある。だが俺たちが復讐することは許されない。彼らは法律上は一般人だから。
もちろん事はそう単純ではない。舐めたことをした連中は若い労働力としてお金に変えさせてもらったが、普通のヤクザを相手にする時よりよっぽど骨が折れた。そしてあの二人は半グレ集団のリーダーになっている……。こんなに俺に不都合なことはない。正面から喧嘩すれば、俺だけが悪者になる。
「ネオンは大学生、高校生、中学生からなる百人規模の若い半グレ組織。活動内容は万引きや恐喝、強盗なんかもする最悪なグループだよ。最近では闇バイトなんかもやってるみたい」
「となると少年法も関わってくるか……警察としても厄介だろ」
「うん。一人捕まえても中々口を割ってくれなくてね。たとえ捕まってもすぐに出てこれるから仲間を売ることはないし、警察が強硬な手段に出れば頭空っぽな人権団体が騒いでくる。本当に厄介だよ……あ、これ内緒ね」
警察の内情をしゃべってしまった藍羽。思わず口に出してしまうほどに驚異的なのだろう。そしてこれだけでは終わらない。
「この音旗高校は実質的にネオンに乗っ取られてるようなもの。普通の生徒は巻き込まれたくないから決して逆らえないし、教師も同じ。そしてそれを特権だと勘違いした馬鹿が半グレになる……負のループってやつだよ。わたしがこの学校に入学したのはこれも理由の一つ。警察は潜入捜査を禁じられている。だからまだ警察じゃないわたしが止めるの。これ以上被害者が増えないように」
藍羽は苦々しそうに歯を食いしばる。きっと家で半グレのことを聞かされているのだろう。その度に心を痛めたはずだ。藍羽はそういう人間だから。
「今ここにいる人たちは何もわかっていない。なんで普通の人が必死に勉強をしていい学校に入ろうとしているのか。人は群れると馬鹿になる。文字通り頭がないから。それで使い潰されるの。悪いことをすることが特別だと勘違いした子どもこそ、本当に悪い大人の格好の餌食だからね。……わかってる? こーくん。君も同じなんだよ」
藍羽は俺をヤクザの下っ端だと勘違いしている。だが間違っていないのかもしれない。自分が特別だと過信した子どもを祭り上げて、いざという時の捨て石にする。そういう考えが俺を若頭に選んだ組長に全くないかというと、答えはノーだろう。
今は上手くいっている。しかしこんなことを続けていたら、いつかきっと痛い目に遭う。だから藍羽は俺を止めようとしてくれているんだ。これ以上悪い大人の生贄にならないように。
「……それだけじゃないよ。ネオンの裏には論馬組がいる」
その言葉に真っ先に反応したのは前の席で俺たちの会話に聞き耳を立てていた龍華だった。なぜなら論馬組は、彼女の実家である玄葉組と抗争をしている暴力団なのだから。身体を震わせて振り返りたいのを必死に堪えている。
「これは噂話程度で裏は取れてないんだけどね……おそらく間違ってない。鎧波組のこーくんなら論馬組のことは知ってるよね」
「ああ……鎧波組の敵対組織だからな」
そして俺が潰した赤熱組の上位団体に当たる、うちの親団体の敵組織の二次団体。すごく簡単に言えば、鎧波組と同格の敵。だが半グレのケツ持ちになっているのだとしたらその勢力図は変わってくるかもしれない。
「いくらでも替えの利く兵隊……それを用意しているのか……」
論馬組は赤熱組の上位団体ということもあって、昔気質の悪徳ヤクザだ。カタギに手を出さない鎧波組の理念とは正反対に当たる。お互い規模は50人程度……圧倒的武力を持つ舞と皆川さんの存在もあり今現在はお互い不干渉を貫いているが、100人規模の半グレを従えているのなら話は変わってくる。抗争になれば、鎧波組は潰されかねない。
「どこまでも俺の邪魔をする……!」
兄貴たちは何があろうが正面から潰すつもりだった。だが論馬組とつながっているのなら、俺の行動次第で抗争に発展するかもしれない。抗争が始まれば結愛はこのまま学校に通えるだろうか。組員たちは今の生活を続けられるだろうか。答えは、ノー。俺は若頭として、兄たちと喧嘩することはしてはならない。
「……たぶんこの後、こーくんは殴られるかもしれない。……ごめん。こんなこと言いたくないけど、我慢して。警察は事件が起きないと動けないから。その代わり、必ずわたしがあの人たちを捕まえてみせる。今度こそヤクザからこーくんを守ってみせるから……!」
今にも泣きだしてしまいそうな藍羽の懇願が終わると同時に、教頭の話が終わる。これで入学式は終わりのようだ。体育館の扉が開き、教師たちがそそくさとこの場を後にする。この後何が起こるかわかっていて、それを見てしまったら処分するしかなくなるから。
「お前がサトウコウキ、だな」
そして俺の目の前に、星閃と夜煌がやってくる。すれ違ったわけでも、遠くから見たわけでもない。至近距離から俺たちの視線と視線が重なる。さすがにこの距離まで近づいてくれたから、わかるだろうか。
「おらぁ!」
しかし向こうからのメッセージは、俺の腹にめり込む。強烈な一打だった。鍛えてるという感じではないが、慣れた手つきでの殴打。その一撃に、俺はパイプ椅子を転がしながら床に倒れ込んでしまう。揺れる視界の隅で、ジャケットの中に手を伸ばして拳銃を取りだそうとする舞とそれを必死に止める龍華の姿が映った。
「聞いたぜ? お前、俺の舎弟に舐めたことしてくれたらしいな」
「……どうもすみませんね」
ここまで近づいても本当に俺のことを思い出してくれないのか。お前の舎弟が俺の大切な人に手を出そうとしたんだろ。全ての言葉を呑み込み、立ち上がりながら謝罪する。俺は何も悪いことをしていないのに。
「俺と夜煌に逆らうな。それがこの学校のルールだ。ちゃんと覚えておけよ?」
「……はい。すみませんでした」
その言葉は俺だけに向けられたものではない。俺を生贄にして、見せつけているんだ。自分たちに逆らったらどうなるのかを。この学校にいるのはこいつらのようなクズだけではない。中学時代いじめられて引きこもったせいでこの学校に入るしかなかった人間。金銭面の問題から私立に入れなかった人間。誰にも迷惑をかけないで生きている人間だって大勢いるはずだ。そんなカタギを暴力で抑えつけようとしている。それでも今の俺には謝ることしかできない。俺は若頭として組を預かる立場にいるから。
いいよ。いくらでも謝ってやる。殴られてやるよ。結愛のためならこの程度苦でもない。何なら土下座でもしてやろうか。
「……ずいぶん反抗的な目だな。あ? わかってんのか? 俺たちのバックにはなぁ! 鎧波組がついてるんだぞ!」
……あぁ、なるほど。そうやって他の組の名前を出して脅しているのか。なるほどなるほど。
「そこまでです! 暴力団の名を使って脅迫することは……!」
藍羽が止めに入ろうとしているその奥で。結愛が親指を下にしたのが見えた。
「ぶほぉっ!?」
次の瞬間、星閃は汚い悲鳴を上げながら背中から床に崩れ落ちた。俺が股間を蹴り上げたことによって。
「……お前みたいな奴のせいで真面目に生きてる連中が馬鹿を見るんだ。お前らが好きに生きようが関係ないが、他人に迷惑をかけるな」
白目を剥いて気絶している星閃の顔面を踏みつけながら夜煌に突き付ける。こいつは今、言ってはいけないことを口にしてしまった。誰であろうと関係ない。ヤクザ界の絶対のルール。
「何より、お前みたいなクズが口にしていい名前じゃないんだよ。俺が作り上げた場所はそんなに軽くない」
ヤクザの名前を使うこと。それは藍羽の言う通り、暴対法で認められていない。どこぞのチンピラが組の名前を勝手に使えば、警察の手は組に伸びる。だからそういう連中は徹底的に潰すことにしている。俺たちが俺たちの人生を歩むために。
「……あんた。どこの誰だか知らないけど、あたしたちに逆らってタダで済むと思わないでね!」
「どこの誰? そうだな。俺ももう、あんたらを知った仲だとは思わない」
負け惜しみのように吐き捨てる夜煌に向けて宣言する。先に引き金を引いたのはそっちだ。だとしたら舐められるわけにはいかないだろう。若頭として。
「お前らのバックに伝えておけ。全面戦争だ。それが嫌なら、責任取って指でも詰めてきな」




