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【完結】親によってヤクザに売られた俺は、いつしか若頭になっていた。  作者: 松竹梅竹松
第1章

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第1章 第0話 人生の終わりと始まり

 うちの親がクズだということは10歳の俺でもとっくに気づいていた。



 両親揃って定職にも就かず、朝から深夜までギャンブル三昧。家事は全部俺任せで、少しでも反抗すれば……いや何もせずとも機嫌が悪かったりギャンブルで負ければ暴力を振るってくる。しかもヤンチャな兄と姉には何一つ口を出さず、立場の弱い俺だけを標的にするという陰湿っぷり。だからいつかこうなることは予想がついていた。



葛城(かつらぎ)さんよぉ、いつになったら貸した金返してくれるんだよ」



 汚れが染みついた家に土足で踏み入ってくる黒いスーツを着た強面の男。両親とはまた違った、クズの臭い。説明されなくてもわかった。両親は借金をしている。しかも反社会的な、やばいところから。



「いやちょっと待ってくれ! 返す算段はついてるからさ!」

「返す算段? 利子含めて30万程度だろ。んなこと言ってねぇでさっさと耳揃えて返せや」



 30万円……お金のことはわからないけど、大学新卒の初任給が20万ほどだという話は聞いたことがある。二人が真面目に働けば一、二ヶ月ほどで返せる金額じゃないのか。ていうか二人とも若い頃は恵まれた容姿を活かして大金を稼いでいたとかよく自慢していたはず。全くと言っていいほど働いてないからてっきりその頃の貯金がまだ残っていると思っていたんだけど……。まぁでもないものは仕方ない。



「兄さん、姉さん。俺たちで何かできることないかな。どこか働かせてくれる場所は……」

「あ? 何で俺らが親父たちのために働かなきゃなんねぇの?」

「そうそう。金を稼ぐのは親の役目でしょ」

「そう……かもだけどさ……」



 一個上の姉、二個上の兄に相談するも二人とも興味なさげにスマホをいじるばかり。年齢的に働くのは難しいとはいえ、目の前で親が他人に迷惑をかけていることにも、詰められている状況にも何の感情も抱いていない。さすがあの両親の遺伝子を継いでいるだけはある。



 俺は違う……俺はああはならない。真面目に生きて、誰にも迷惑をかけず、真っ当な人生を送るんだ。そのために勉強もがんばってきた。模試でもいい結果が出ている。大丈夫、このまま順調に行けば最短高校で奨学金をもらいながら寮暮らしをすることで家族から逃げられる。それまで耐え続けられれば……。



光輝(こうき)、お前を売ることにしたから」



 しかしそんな俺の人生計画は父の一言によって崩れ去った。



「売るって……なに?」

「いやだからお前をヤクザに売ることにしたんだよ。なんか日本人って高く売れるんだってさ」

「300万よ300万! これなら借金を返した上に儲けが出る! 今夜は焼肉よ!」



 両親の無邪気な笑顔が俺に注がれる。何を言っているか理解……はできる。理解できるからこそ、おぞましい。真面目に働けばすぐにでも解決できるのに、それが嫌だから実の息子を売ろうとしているのだ。しかも借金の返済どころか生活費の足しにしようとしている。しかも兄と姉の二人ではなく、俺だけ……。



「……なんで俺だけなの?」



 聞かなくても答えはわかっている。わかっているけど、聞きたかった。



「そりゃ、お前が一番いらないからだろ」



 ……思っていた通りの答え。そして一番聞きたくなかった答えだ。でもはっきり聞けて、ようやく受け入れることができた。いらないのなら、仕方ない。いらないものを売るのは当然のことだ。



 こうして俺の人生は終了した。売られた以上、俺の人生に俺の選択権は存在しない。真っ当に生きる自由も、幸せになることも許されない。もちろん誰が買うか次第だろうが、人間を買おうとする奴なんてロクな奴じゃない。俺の人生は間違いなく終わったと言えるだろう。



「ここで待ってろ」



 強面の男にアパートの前に停められた黒塗りの高級車に押し込まれる。予想外にも、そこには先客がいた。俺と同い年くらいの女の子。どこかわからないけど気品のある制服を着た少女。一瞬俺のように売られたのかと思ったが、そうでないことはその風格を見れば一目で理解できた。



「ではお嬢。申し訳ないですがしばらくお待ちください」



 男はそう言うと再びアパートの中に戻っていく。車内に残されたのは俺と女の子だけ……この状況なら、逃げられるかもしれない。



「変なことは考えないでね。まだ死にたくないでしょ?」



 しかしその考えは隣に座る女の子の一言で崩れ去った。いや一言ではなく、行動か。俺の腹に拳銃が突き付けられたのだ。



「本物かどうか試してみる?」

「……それでもいいけど。どうせ俺の人生は終わったようなもんだし……」

「そんなことないわよ。あなた顔はいいからマニアには高く売れるんじゃない? 上手くいけば養子に、最悪ペットにでもなれるわ」



 ペット……ペットか。それもいいのかもしれない。飼い主の機嫌を窺い生きるのには慣れている。



「あの……君は……」

「親ガチャって言葉、知ってる?」

「え?」



 恐る恐る訊ねてみると、状況には似つかわしくない返事が返ってきた。女の子は俺の腹に拳銃を突きつけながら続ける。



「子は親を選べない。生まれた時点でどういう人生になるかが決まってしまう。だからガチャってわけ。学校の子が言ってるのを聞いたわ。親ガチャ外れたーって」

「……だったら俺は大外れだな」

「お互いそうでしょうね。最低な親のもとに生まれたもんだわ」



 ……お互い? この子は一体……。



「挨拶が遅れたわね。私は暴力団体鎧波組(がいはぐみ)組長の娘、鎧波結愛(がいはゆあ)。つまりあなたを買ったヤクザのトップの娘よ」



 ヤクザの組長の娘……! なるほどこの気品漂う風格も、拳銃を持っている理由もわかった気がする。納得できないのは一つだけ。



「……俺と同じってことはないでしょ。親ガチャ大当たりじゃん」



 高そうな制服に車。大人にお嬢と呼ばれ丁寧に接してもらえる立場。借金返済のために親に売られた俺とは大違いだ。しかし彼女は苦々しい表情で首を横に振る。



「ヤクザってのは見栄っ張りでね。この車も私をいい学校に入れたのも、全部外面のため。現実は世間からの締め付けがきつかったり、上位組織への上納金に困ってたり、かなり悲惨なものよ。30万円の取り立てに必死になるくらいはね。まぁうちはかなり古参だから他の組に比べたらマシみたいだけど」

「でも……売られたりはないでしょ」


「どうかしらね。私はあるヤクザの組長の息子の許嫁なのよ。敵対してる組との懸け橋のための許嫁。親によって売られたって意味ではあなたと同じだと思うわよ」

「……そう、なんだ」



 車の外から声が聞こえた。どこかの家族が楽しそうに笑い合っている声だ。子どもが母親に甘え、父親が少しやきもちを焼くように困っている。きっとあれが普通の家族というものなのだろう。俺や彼女が生まれながらに持つことを許されない、そして喉から手が出るほどにほしい夢。



「……私もああいう人生を送りたかった」



 結愛さんにも外の声が届いていたのだろう。彼女がポツリと声を漏らす。



「ハリボテの服も知らない人からの敬意もいらない。誰にも迷惑をかけず、真っ当に生きていきたい。ヤクザなんてクズよ。他人を傷つけて金を儲けてそれで好きでもない男と結婚させられて子どもを産まされて……。好きな人と結婚して特別じゃなくても幸せな家庭を築きたい。そんな些細な夢すらも叶わない。こんな人生……ありえない」

「お嬢、お待たせしました」

「……なんて。あなたに言ってもしょうがないけどね」



 さっきの強面が車に戻ってきて、強制的に会話が打ち切られる。俺もこの子も、親のせいで人生が決まってしまっている。自由に真っ当に生きていきたい。そんな当たり前の願いが叶うことは絶対にありえない。そういう家のもとに生まれてきてしまったから。



「……だったら俺に賭けてみないか」



 やっぱり諦められない。俺と同じ境遇の結愛さんを見て、一度諦めた気持ちが蘇った。このまま誰かに利用されたまま人生を終えるなんて、絶対に嫌だ。



「俺を買ってくれ。そうすれば必ず君を救ってみせる。どこかの誰かじゃない……君が買って俺に賭けてほしい。そうすればきっと……!」

「賭けるか……ガキの語彙じゃねぇな。お嬢、そんなクズの言葉聞く必要ねぇですよ。蛙の子は蛙。そのガキは、どうせ親と同じクズなんだから」



 命乞いのつもりはない。ただ許せなかった。親のせいで人生が決まっている、俺たちのこの境遇が。どうしようもない、この人生が。



「……蛙の子は蛙、ね。だったら私も親と同じクズなのかしら」

「お嬢はクズなんかじゃ……!」

「そう。私はクズじゃない。この子もそうよ。親なんて関係ない。私たちには私たちの人生がある」



 拳銃がしまわれ、代わりに手が差し出される。何にも染まっていない、真っ白な手が。



「あなたを買うわ。あなたの人生を。そして二人でこの決まりきった人生を切り拓きましょう」



 ……そして結愛の手を取ったあの日から5年後、15歳の冬。



『おはようございます、カシラ!』



 俺は鎧波組のナンバー2。ヤクザの若頭になっていた。

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