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【WEB版】ループから抜け出せない悪役令嬢は、諦めて好き勝手生きることに決めました【コミカライズ連載中】  作者: 日之影ソラ
本編第二幕

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68.姉妹の時間

 穏やかに過ぎる時間が当たり前だと思っていた。初めてループを経験した時、私にだけ起こった奇跡だと胸が高ぶった。

 何度も、何度も経験して知っていく。これは奇跡なんかじゃなくて、ただの地獄なのだと。

 死んでも終われない。苦しい思いを繰り返すだけ。誰も私の味方をしてくれない。独りぼっちで、必ず悲劇が待っている。

 だから、悲劇を乗り越えるために立ち上がった。

 今までの弱い自分と決別して、自分のためだけに生きていくと決めた。その決断を間違いだと思ったことは一度もない。

 今だって、正しかったと思っている。

 それでも……やっぱり足りない部分はあったんだ。

 何が足りない?

 対話、歩み寄り、理解……何もかもが足りなかった。二度と取り戻せなくなるまで、私たちは向き合うことができなかった。

 これは私だけの過ちじゃない。私たちが……犯した罪だろう。

 ソレイユが眠るベッドの傍らで、私はそんなことを考えていた。


「……ぅ……」

「目が覚めたかしら?」

「……お姉……さま……?」


 虚ろな瞳で私の顔を確認して、天井と周囲を見渡し、自分の部屋だということを理解する。そのままゆっくりと起き上がろうとする。


「無理に起きなくてもいいわよ」

「大丈夫、です。あの……どうして私は眠っていたのでしょう?」

「覚えてないの? あの後、散々泣いてから意識を失ったのよ」

「あ……」


 ソレイユは思い出したように小さく声を漏らす。

 お父様が息を引き取り、ソレイユはお父様の身体に顔をうずめて泣き叫んだ。どれだけ呼びかけても返事はない。

 目の前で肉親の最後を見届ける。ソレイユにはつらい経験だったでしょう。意識を失ったのは、私との戦いで力を使い果たし、その後の戦闘での緊張が解けたからだと思う。

 私と戦う以前から、ずっと気を張っていたのは見ればわかった。

 緊張の糸が解けて、お父様の死を前にしてため込んでいたものを全て吐き出して、倒れる様に眠りについた。

 そうして思い出した今、彼女は理解させられたはずだ。

 記憶に残っている出来事が全て、夢ではなく現実に起こった悲劇であると。

 母親は魔獣と化し、父親は殺されてしまった。残されたのは自分と、母親が違う姉の私だけだ。


「……ソレイユ」

「他の皆様は、どうなったのですか?」

「――みんな無事よ」

「そうですか。よかった」


 ソレイユはホッと胸を撫でおろしたように安堵する。

 あの時、コロシアムに残っていたのは私とソレイユだけだった。ディルが立会人を安全な場所に避難させ、戻ってきたおかげで二人とも助かった。

 それから念のため、ディルにはアレクセイとゴルドフの元へ向かわせた。シオリア……いえ、アギアと名乗った魔獣の目的は、おそらく異能者の排除。

 私たちを殺した次は、戦闘不能になった二人を襲う算段だったはずだ。

 ディルの介入で私たちを殺せなかっただけで、戦闘不能になっている二人を殺しに向かった可能性も考えられた。

 結果は、二人とも無事だった。


 コロシアムから離れ、王城近くにある病院に向かうと、すでにゴルドフは完全回復していた。アレクセイも万全ではないにしろ、自分で立って歩けるようになっていたという。

 二人ともタフだ。仮にアギアの襲撃を受けても、二人なら難なく撃退できていたでしょう。

 そういう意味では、彼女の計画は最初から破綻していた。

 ただ、彼女の行動には疑問が残る。決闘をわざわざ申し込んできたり、あれだけの力を持っていながら、こんな回りくどい方法をとる理由がわからない。

 彼女の立場をうまく使えば、目立たず目的を遂行することだって可能だったはずだ。特に私やソレイユに対しては……暗殺したほうが手っ取り早い。もしも私が彼女の立場なら、まずソレイユを殺すだろう。

 一番簡単で、他者を強化する異能は最も厄介になるから。

 考えるほど、彼女の行動には矛盾がある。まるで、自分の中で意見が割れているような……意識が二つあるような。もしかすると彼女の意識はまだ……と、希望的な予感はあるけど、彼女が敵である事実は変わらない。

 今回の顛末に関しては、ディルからゴルドフに伝達され、上に報告されることになっている。人が魔獣になってしまう。もしくは魔獣に意識を乗っ取られてしまう……そんな事例は報告にない。

 きっと王城は大慌てになるでしょう。

 ユークリスにも心配をかけたはずだから、早いうちに会って直接話したいわね。

 それにしても……。


「強いわね、ソレイユ」

「え?」

「目覚めてすぐ、自分のことより他人の心配をしたでしょ? あれだけのことがあった後に、普通はできないわ」

「……」


 肉親を二人、同時に失ったようなものだ。

 私が考えている以上に彼女の心は疲弊している。それを見せないように振舞う努力は、健気だけど痛々しい。

 正直、見ていられない。


「じゃあ、もう行くわね」

「え……」

「貴女が目覚めるのを待っていただけだから。それじゃ」

「ま、待ってください!」


 立ち去ろうとした私の腕を、ソレイユがぎゅっと掴んでくる。

 私は立ち止まり、ソレイユのほうを向く。


「もう少し……お話していたいです」

「……」


 そんな時間はない、と言いたいところだけど、潤んだ瞳で訴えかけてくるソレイユを見て、仕方ないなと折れることにした。


「少しだけよ」

「はい」

 私はソレイユのベッドの隣に座る。

 数秒、静寂を挟む。


「話したいんじゃなかったの?」

「あ、えっと……何を話していいのか、わからなくて……」

「はぁ……」

「ごめんなさい」

「いいわよ。気持ちは……わからなくもないわ」


 思えばいつぶりだろうか?

 こうして二人きりで、ソレイユと話をするのは……。

 ループを繰り返す度に、私は一人でいる時間が増えた。誰とも話さず、部屋に引きこもることが増えたからだ。

 必然的にソレイユとも顔を合わせなくなった。

 今回のループでも、目的のために右へ左へと駆け回り、ソレイユと顔を合わせることはなかった。

 私よりもディルのほうが話をしているくらいだ。

 久しぶりにこうしてゆったり向き合って、何を離せばいいのかわからなくなる。

 私はソレイユと……どんな話をしていたのだろうか。


「改めて、私たちは似ていないわね」

「そう、ですか?」

「似ているところなんてある?」

「……えっと……」

「すぐに浮かばないってことは、そういうことね」


 私たちは似ていない。

 容姿も、性格も、考え方も、似ているところが見つからない。生まれ育った屋敷は同じでも、同じ環境ではなかった。

 母親が違うというだけで、私たちは違った生き方をしてきた。

 同じなのは、一人の男から生まれたということだけ……。

 こうして改めて思い返しても、私たちは他人だと言われたほうがしっくりくる。だけど……。


「姉妹、なのよね……私たちは……」

「はい」


 ソレイユは力強く、ハッキリと返事をした。

 そして、ゆっくり目を瞑る。


「一つ、思い浮かびました」

「何が?」

「私とお姉さまが同じところです」

「へぇ、何?」


 彼女は自分の胸に手を当て、思い返すように呟く。


「私たちは、お父様に愛されていました」

「……そうみたいね」


 未だに信じられない。

 お父様が、最後に言い残した本心……私のことを憎んではいなかった。私が生まれてきたことを、祝福してくれていたと。

 今際の際の言葉だ。あの瞬間に、嘘はなかったと思う。


「……言ってくれたらよかったのに」

「不器用な人だったんですよ、お父様は……」

「そうね」

「お姉さまによく似ていますね」

「……そうかも、しれないわね」


 悔しいけど、私は器用なほうじゃない。それはきっと、お父様に似てしまったのね。

 呆れて笑いながら、私は立ち上がる。


「……もう行くわ」


 背を向けて、私は部屋の扉へと向かった。すると、ソレイユが再び呼び止める。


「お姉さまは!」


 私は扉に手をかけたまま、ピタリと止まる。

 背を向けたまま、ソレイユの言葉に耳を傾けた。


「……これから、どうするんですか?」


 数秒、考えた。

 思い出していたのは、お父様が最後に言い残した言葉だ。決して仲のいい親子ではなかったし、素直に好きだとは言えそうにない。

 だけど、父親が最後に……娘に臨んだことだから。

「私は変わらないわ。これまで通り、好きに生きるつもりよ」

 何にもとらわれることなく、自分が思ったように……自由に生きればいい。

 お父様の言葉に、その想いに従ってあげましょう。


「だから、貴女もそうしなさい。ソレイユ」


 ガチャリと、扉を開ける。


「好きに生きればいいのよ。私がそうするんだから……誰も文句は言わないわ」

「……はい」


 小さく、けど確かに返事が聞こえた。

 癒えない傷は深く、そう簡単には納得できない。問題もたくさん残っている。それでも、私たちを縛るものは何もない。

 自由に、好き勝手に生きていけばいい。

 そういうことくらい、似ていても悪くないでしょう?

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