57.太陽が昇る③
同日の夜。
私はディルの提案に従い、ソレイユの寝室に忍び込む。影の異能の力があれば、誰の眼にも入らず侵入することは容易い。
私は容易に彼女の寝室に入り込んだ。
ただ……。
「……はぁ、そう」
ため息をこぼした。
部屋には誰もおらず、ベッドの掛布団も綺麗に畳まれ使用された形跡がない。部屋の中も不自然に整っている。
私は念のために部屋の中を散策し、その後に屋敷の中をぐるりと巡って確認を終えた。
当主の執務室に戻ると、私の帰りを待っていたディルと目が合う。
「どうだった? 回収……どうした?」
「いなかったわ」
「いない? 部屋にいなかったのか?」
私は首を横に振る。
「この屋敷のどこにもいなかったわ」
「……こっちの動きを勘づかれたか?」
「どうかしら。単に私のことを警戒して、昼のうちに別の場所に移動したのかもしれないわね」
一番の候補は別宅でしょう。
シオリアが長らく過ごしていた屋敷なら、ソレイユも何度か訪れたことがあるはずだ。
ディルが私に尋ねる。
「どうする?」
「……そうね」
場所の目星がついているのなら、予定通り彼女の寝室に忍び込んで異能を拝借することはできる。
ただ、屋敷を移動している用心さだ。おそらくソレイユの周りには警備の兵士が待機している。
戦闘になり、顔を見られるのは厄介だ。
「やめておきましょう」
「そうだな。そっちのほうが安全だ」
「ええ、けどこれで、他の方法を考えないといけないわね」
「タイミングの問題だと思うけどな」
ディルの言う通り、タイミングさえ一致すればソレイユから異能を拝借するチャンスはある。寝室に忍び込む方法も、これで完全に潰えたわけじゃない。
一先ず今は、もっと効率的な方法がないか探そう。
「向こうから襲ってきてくれたら楽よね」
「難しいだろ。あの子は優しい。拒絶されても尚、お前のことを心配しているような子だ」
「……そうね」
私も難しいとは思っている。
ただ、彼女の背後にはシオリアがいる。ソレイユは実母であるシオリアの言葉に逆らえない。彼女に戦えと命じられれば……。
ふと思い出す。この状況に至るまで、あの人はどうしているのだろうか。ソレイユを当主にしたかったのは、シオリアではなくむしろお父様のほうだ。
◇◇◇
翌日の朝。
そうそうに私は屋敷内の変化に気付いた。
寝室から執務室へと向かう途中、お辞儀をして通り過ぎようとする使用人を呼び止める。
「止まりなさい」
「はい。なんでございましょうか? 当主様」
「これはどういうこと?」
「これ……とは……」
私はため息をこぼしながら続ける。
「惚けないで。私が気づかないと思っているの?」
強めに言い放つ私に、使用人はぶるっと身体を震わせて怯える。
私は周囲を見渡す。廊下を歩く使用人の数が、明らかに減っている。寝室から出てここに来るまで、ほとんど誰ともすれ違わなかった。
長く住んでいる場所だからこそ、変化には敏感に気づく。
「他の者たちはどうしたの?」
「そ、それが……」
使用人は言い辛そうに視線を低回させる。どう答えるべきか悩んでいるのは明白だ。
「いいから答えなさい。大体の予想はついているわ」
「――は、はい。シオリア様の意向で……使用人も別宅に移動するようにと……」
「はぁ、やっぱりそうなのね」
「申し訳ありません!」
使用人は勢いよく頭を下げて謝罪する。
「いいわ。貴女の責任じゃないでしょう? それに、貴女は残っているのだから責める気はないわ」
「……はい」
「それで、どれくらい残ったの?」
「半数は……シオリア様とソレイユ様がいらっしゃる別宅に」
使用人は小さな声でそう語った。
昨日、私がシオリアと対面するよりも前に、すでに使用人たちには声をかけていたらしい。
ソレイユに異能が覚醒したこと。いずれ新たな当主としてソレイユが立つことを宣言し、今から自分たちに従うようにと。
使用人たちも困惑したらしい。
目の前で異能の力を見せられ、ソレイユが太陽の異能を開花させたことは納得した。彼女にも当主となる資格がある。
が、現在の当主は私であり、私にも当主としての資格がある。
どちらの意志に従えばいいのか迷い、半数はシオリアに従った。今のヴィクセント家は、完全に真っ二つに割れている状況にらしい。
私に従うか、ソレイユを抱えたシオリアに従うか。
「面倒なことになったわね」
私は一人、ため息をこぼして廊下を歩く。
少しだけ静かになった屋敷の中には、私とソレイユの対立を不安に感じる声が上がっていた。今は私を選んでも、この選択が正しいのか自信がない。
開花させた異能も異なり、私は忌み嫌われている影の異能に対して、ソレイユは代々受け継がれた太陽の異能だ。加えてソレイユは本来、当主になることを期待されていた。
このまま時間が経過すれば、徐々にソレイユを支持する者たちが増えるかもしれない。そう感じながら執務室へ入る。
「やっときたか」
「遅くなってごめんなさい。ちょっと気になることがあって話を聞いていたのよ」
「使用人の数だろ?」
「貴方も気づいていたのね」
ディルはこくりと小さく頷いた。
「一目見ればわかる。昨日より半分くらいか? 使用人がいなくなっているだろ?」
「正解よ。人数までバッチリね。たぶん、理由も貴方が考えていることで合っているわよ」
「じゃあ、ソレイユたちのほうに行ったわけか」
「ええ、そうみたいね」
私とディルは淡々と会話で状況を整理して、私はいつも通りに椅子へ座る。こんな状況でも、当主としての仕事はやらなくてはならない。
テーブルの上で積み上げられた書類に目を通しながら、ディルと今後について話し合う。
「やっぱり何かしら対策はしておくべきじゃないか?」
「具体的には?」
「それを今から考えるんだろ」
「悠長ね」
私は昨日のシオリアの言葉を思い返す。
彼女はもう一度、当主の座を譲る気はないか質問するつもりだ。昨日から数えて二日後……つまりは明日、彼女たちは再び私の前に姿を見せる。
もちろん、私は同じ返答を口にするだけだ。
当主の座を譲る気はない、と。
「その後の反応次第ね。いっそ決闘でも申し込んできてくれないかしら」
「考えにくいな。昨日話しただろ?」
「ええ、だから単なる希望よ」
難しい謀略や策略に対抗するよりも、力のぶつかり合いのほうが私はやりやすい。異能の有無が当主となれる絶対の条件なんだ。
どちらも備わっているのなら、より優れているほうが当主になるべきだろう。ならば決闘して、どちらの力が強いか決めるほうが手っ取り早い。
「そうなったら戦えるのか? ソレイユと」
「誰の心配をしているの?」
「……それもそうか」
ディルの心配は杞憂だ。
私は、相手が誰であろうと目的のためなら手加減はしない。たとえソレイユが相手でも……彼女自身が戦いを望んでいなくとも。
私の前に立ちはだかった瞬間、それもう敵なのよ。
「なら明日、向こうがどう動くか次第か」
「ええ。今のうちに準備できそうなことだけしておきましょう」
「その前に溜まった仕事を終らせてから、だがな」
「そうね……」
本音を言えば、この当主としての業務だけでも代わってもらえるなら……ソレイユに任せても悪くないとは思っている。
当主だからって好き放題できるわけじゃないってこと、ソレイユとシオリアは理解しているのかしら?






