55.太陽が昇る①
ソレイユは太陽の輝きを放つ。
その力は紛れもなく、太陽の異能の力だった。彼女の姿が、かつてのお父様の姿と重なる。
光は弱まり、消えていく。
「ソレイユ……」
「……」
じっと見つめる私に対して、ソレイユは無言で目を逸らす。後ろめたい気持ちがあることは、普段通りじゃない彼女を見れば明らかだ。
それとは対照的に、ソレイユの隣に立つシオリアは不敵な笑みを浮かべていた。
「これで納得できたかしら? ソレイユこそ、ヴィクセント家の当主に相応しいことが」
「……いつからなの?」
私は得意げな表情で語るシオリアを無視して、目を逸らしていたソレイユに問いかける。これまでのループでは一度も、彼女が異能を開花させることはなかった。だから私も、影と太陽の異能は同時に生まれないと思い込んでいた。
「いつから、異能に目覚めていたの? ソレイユ」
「……お姉様……」
「答えて、ソレイユ」
「……」
ソレイユは無言のまま視線を逸らす。
どうやら答えずらいことらしいので、私は鎌をかけてみることにした。
「ひょっとして、私と同じタイミングだったのかしら?」
「――っ!?」
ソレイユは驚いたように両目を見開き、びくりと身体を震わせた。
この反応……図星みたいね。
私はディルとユークリスの話を思い返していた。二人は異なる異能を、ほぼ同じタイミングに覚醒させたという。
あの話を聞いたときは、単なる偶然か。兄弟らしく仲のいいことだと思っていたけど、どうやら単なる運ではないようだ。
ともかく、ソレイユは異能に目覚めていた。私が影の異能に目覚めた時から……。
「どうして黙っていたの?」
「それは……」
「あら? 姉妹なのにそんなこともわからないのかしら?」
無視されていたシオリアが、無理矢理私たちの会話に入り込んでくる。邪魔をしないでという視線を向けた私に、シオリアはニヤリと笑みを浮かべて言う。
「貴女のことを気遣っていたのよ? ねぇ、そうでしょう? ソレイユ」
「……」
「気遣い? 何を気遣っていたのかしら?」
「わからない? この屋敷に貴女の居場所はなかった。もし自分に異能が発現したと周囲が知れば、ますます貴女のことをぞんざいに扱うようになってしまう。そんな可哀想なお姉様を見たくない。そう思ったのよ」
ソレイユの気持ちを代弁するようにシオリアが得意げに説明する。ソレイユは否定こそせず、申し訳なさそうな表情を見せる。
まったく同じではないにしろ、似たような感情はあったのだろう。
ソレイユは優しい……というより、甘い。
「この子のやさしさに感謝しなさい。おかげで貴女も、いい夢を見られたでしょう?」
「……はぁ」
私は大きくため息をこぼし、ソレイユとシオリアを交互に見てから口を開く。
「ソレイユが異能に目覚めていることはわかったわ。確かに当主となる資格は持っているようね」
「ええ、見ての通りよ」
「――でも、忘れていないかしら? 私もその資格を持っているのよ。お父様と違って、力を失っているわけでもないわ」
「そうね。おぞましい影の異能を持って生まれた可哀想な子……」
シオリアは憐れむような視線で私を見つめる。
ただの挑発でしかない。私は構わず反論を続ける。
「私はお父様から当主の座を引き継いだわ。今の当主はこの私よ。お父様の時のように、資格を失っていない私を、貴女たちの都合で交代させることはできないわ」
「……ええ、知っているわよ」
シオリアは不敵に笑う。
「だから、お願いしに来たのよ」
彼女はずっと笑っている。私と対面した瞬間から、どんな話をする時も、その不敵で不気味な笑顔を崩さない。
それが心から……気持ち悪いと思った。
シオリアは私に告げる。気持ち悪い笑顔を崩さぬままに。
「ソレイユに当主の座を譲りなさい。セレネ」
「……何を言い出すかと思えば……はぁ、そんなことを私が認めると思っているの?」
当然、認めるはずがない。
私がヴィクセント家の当主になったのは、自分の目的を果たすために都合がいいからだ。私はまだ何も達成していない。
ようやく走りだしたところで、みすみすこの座を誰かに譲る気はない。
「いいの? これはチャンスなのよ?」
「チャンス?」
「ええ、この提案を受け入れれば、貴女は当主の座を自ら譲ったことになるわ」
「……それが何のチャンスなのかしら?」
シオリアの口角が一気に吊り上がり、狂気に満ちた笑顔で私に言う。
「まだわからないのかしら? 貴女はいずれ必ず、この子に当主の座を奪われるわ! せっかく手に入れた場所を奪われるのよ! 惨めな思いをしたいなら止めないわ」
「……そういうことね」
私はため息すら出ないほど呆れてしまう。
自分から当主の座を降りれば、奪われてしまったという不名誉な肩書がつかずに済むから、この場でソレイユに当主の座を譲りなさい。
シオリアの言いたいことを理解した上で、馬鹿らしいと呆れてしまう。
そんなことを恐れて、私が当主の座を譲ると本気で思っているのだろうか?
お父様から当主の座を奪い、その地位や権力の全てを簒奪した私が、今さら自分の保身を考えるわけがない。
ずっと別宅に引きこもっていたせいで、私が今日までどんな振る舞いをしてきたのか知らないのかしら?
だとしたら滑稽だわ。
こんな茶番に付き合わされているソレイユも……少し気の毒に思えてしまうほどに。
「退きなさい、二人とも。もう話すことなんてないわ」
「当主の座を譲る気は……」
「ないわよ」
「あらあら、強情な子ね。一体誰に似たのかしら」
シオリアはやれやれと首を横にふり、わざとらしい身振りを見せる。
「いいわ。いきなりこんな話をされて混乱しているのね。明日……ううん、明後日まで待ってあげましょう。また聞きに来るわ」
「必要ないわ。どれだけ時間を待っても、私の意見は変わらない」
道を譲る気のないシオリアにしびれを切らし、私は堂々とまっすぐに歩き出す。このまま歩けば肩くらいはぶつかるだろう。
それでも関係ない。だってこの家の当主は……。
「私が当主よ」
私はシオリアと正面から向かい合う。お互いの手が届く距離で。ここまで来ても退いてはくれないらしい。
私は右手を軽く持ち上げ、自らの影を操って見せる。
「――!」
すると、ようやく初めてシオリアの表情が崩れた。焦りが混じった笑顔を見せ、すっと私の前から退いた。
「……生意気な娘ね」
ぼそりと、シオリアから感情が漏れ出す。私は聞こえないふりをして、彼女の横を通り過ぎる。そのままソレイユの隣へと向かい。
「お姉様……」
「……」
何も言葉を交わすことなく、ただ通り過ぎた。
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