50.私は繰り返す
辛い夢を見る。
これまで繰り返してきた道のりを。
忘れるなと誰かに言われているように。
ただ、最近は少なくなった。
代わりに見るようになったのは、幸福な夢だ。
今より先の未来で、誰かと一緒に笑っている。
楽しく、穏やかに過ごしている。
それはまさに、私が望んでいる光景だった。
◇◇◇
王城の地下には秘密の部屋がある。
厳重すぎる警備を抜けて聳え立つ扉。
ここに踏み入ることを許されたのは、王位を継承した者のみ。
「ここからはボク一人で大丈夫です」
「はっ。くれぐれもお気を付けください」
「はい」
ユークリスは扉を潜る。
扉を閉めると、騎士たちの目もなくなる。
「もう大丈夫です」
その一言を合図に、彼の影から私とディルは姿を見せた。
「はぁ……影の中は相変わらず苦しいな」
「文句を言わないでほしいわね。この力がなかったら簡単に入り込めないのよ」
「わかってるよ。ユークリスもありがとうな」
「兄さんたちのためですから」
嬉しそうに笑うユークリス陛下の頭を、ディルは撫でてあげた。
余計に幸せそうな顔になって、見ているこっちが恥ずかしくなる。
彼の影を覚えることで、私たちは再び王城地下の部屋に足を踏み入れた。
目的はもちろん、目の前にある石板だ。
「これ、やっぱり兄さんたちだったんですね」
「ん? なんだ気付いていたのか?」
「はい。前に侵入者が出た時にボクが中を確認したんです。そしたら、石板の一部が変色していました。こんなことは初めてですが、変色していた位置に描かれていたものから察するに、お二人なのかなと」
「凄いな正解だ。ユークリスは賢いな」
そう言ってまた頭を撫でてあげている。
ユークリス陛下はずっと幸せそうな顔をしていた。
なんだか私だけ場違いみたいな雰囲気で、ちょっと居心地が悪いわね。
「はぁ、でもよかったの? これで貴方も共犯よ」
「はい。覚悟の上です」
「……そう。ならいいわ」
一度は死を望んだ彼だ。
子供ながらに彼の言葉には重みがある。
それに彼の協力は願ってもないことだった。
この石板を完全に変化させるには、彼の異能も必要だったから。
「しかしよく揃えたな。星の守護者の異能はいつ回収したんだ?」
「戦いが終わった後よ。気絶しているところを吸収したわ」
「お、お前なぁ……」
「別にいいじゃない。その代わり最初に治療係のところへ運んであげたのよ」
運搬代と思えば安いほうでしょう?
そう言うとディルは呆れていた。
「そろそろ始めましょう」
「待った。その前に一ついいか?」
「どうしたの?」
急に改まってディルは私を呼び止めた。
とても真剣な表情を見せる。
私も自然と真っすぐ彼と向き合う。
「俺はお前に謝らないといけない」
「え?」
「ずっと嘘をついてたんだ。自分の気持ちを偽ってた。俺は……死にたいわけじゃなかったんだ」
そうしてディルは語り出す。
さらけ出す。
自分の心を、弱さを。
「俺は自分の不死を呪った。死にたくても死ねない身体なんてうんざりだと思った。だけど、本当に嫌だったのは一人になることだった。誰も俺を覚えていない。戻りたくても戻れない。ならせめて、ユークリスには幸せになってほしい。そのために俺が邪魔なら……死んでもいいと」
「兄さん……」
心配そうに見つめる弟の頭に、彼はポンと手を置く。
「っていうのは強がりだ。本当はただ、孤独から逃げていただけなんだ。お前と一緒に行動するようになって、誰かと一緒にいる安心感を思い出した。だから気付けた。俺の望みは……」
彼は自分の胸に手を当てる。
「みんなと一緒に生きたい。そのために、この世界から異能を消したい。それが、俺の願いだ」
「……ふふっ」
「なんで笑うんだよ?」
「だって、今さらでしょう? 貴方が死にたくないなんて、前から知ってたわ」
「え!」
気づかないはずがない。
だって、彼は生きようと必死だった。
私との戦いやゴルドフとの戦いでも、彼は死ねないと知った時、落胆以上に安堵していた。
「気づいて……たのか」
「ええ」
「兄さんはわかりやすいですからね」
「そうね。わかりやすいわ」
私とユークリスでクスクスと笑う。
ディルは恥ずかしそうにそっぽを向く。
そういうところもわかりやすい。
ううん、人間らしい。
彼は自分のことを怪物だと言ったけど、私たちには怪物なんて映らない。
ディルの気持ちはわかった。
あと一人、気になるのは彼の気持ちだ。
「貴方はいいの?」
「はい。ボクも兄さんと同じ思いです。この力は特別で、便利かもしれません……ですが、力がなくても人は生きていけます」
「ふっ、子供のセリフとは思えないわね」
「これでも国王ですから」
その笑顔は子供らしい。
彼は異能を抜きにしても、国王としての素質を十分に持っているのだろう。
きっと異能なんてなくても……この国をよくしていけると思う。
「お前はいいのか?」
「私?」
「ああ。お前の望みは俺たちはと違うだろう」
「……そうね」
私の望みに偽りはない。
ループを抜ける。
そのために生きる。
「この現象に異能が関係しているなら、消してしまうのもいいと思うわ」
「じゃあ」
「ええ、同じ目的ね」
対立することも想定していたのだろうか。
二人とも心から安堵している。
そんな二人を見て、私も一つだけ気付いたことがあった。
「よかったよ。お前のことだから、だったら一人でやるとか言い出しそうで」
「心外ね。私はそこまで酷い女じゃないわ。ううん、違うわね。少し前の私ならそうしていたかもしれないわ」
目的のために手段は選ばない。
邪魔をするなら親でも容赦しない。
全部一人でなんとかしてみせる。
そう思っていた。
決意していた。
生きられれば、孤独なんて怖くないと……。
「一人で生きる覚悟をしていたわ。それなのに、気がつけば私の周りには誰かがいて、静けさなんて知らないくらい賑やかになっていて……それを悪くないと思ったの」
「……そうか」
「ええ。きっかけはたぶん、貴方との出会いだわ」
偶然でしかないのかもしれない。
ただ、彼は私に気付いてくれていた。
私の苦しみも、後悔も、彼は見て知っている。
初めて手に入れた理解者となれる存在……。
誰も信じないと決めていたはずなのに、気づけば彼を信じていた自分がいて。
今日まで支えられてきたことに、感謝している。
だから、そう……。
「ありがとう。ディル」
これは本心からの感謝だ。
「初めてだな。名前呼んでくれたの」
「そうだったかしら? そういう貴方もでしょう?」
「ああ、そうだな。お互い様だ」
彼は右手を差し出す。
「これからもよろしく。セレネ」
「ええ」
あの時は交わせなかった握手を、ようやく繋ぐことができた。
こうして私たちは繋がりを得た。
石板の前に立つ。
あの時は二人、今は三人で。
「これに触れればいいんですね?」
「ええ」
「一応気をつけろよ。力を吸われる感覚があるから」
「はい。あ……でもちょっと怖いので、兄さんも一緒に触れてもらえませんか?」
「仕方ないな」
二人は仲睦まじく手を重ねるようにして石板に触れる。
私も一緒にと、視線を向ける。
ここに私たちの未来に繋がる何かがある。
何かはまだわからない。
ただ、一歩くらいは前進できるはずだと思った。
私のやることは変わらない。
同じように手を触れるだけだ。
未来のために。
私は繰り返す。
【作者からのお願い】
またまた新作投稿しました!
タイトルは――
『勇者敗北が私の責任って本気ですか? そう思うなら追放してください! ~ムカついて聖剣を魔剣に変えたら敵国の魔王様にバレて溺愛されるようになりました……なぜ??~』
ページ下部にもリンクを用意してありますので、ぜひぜひ読んでみてください!
リンクから飛べない場合は、以下のアドレスをコピーしてください。
https://book1.adouzi.eu.org/n2603ik/






