46.災害
イーストア近郊。
森林と山岳地帯の境には、王国から兵が募っていた。
その数、約一万二千。
彼らの先頭に立つのは、王国を支える異能を宿し者たち。
つまりは私たちだ。
「皆気を引き締めろ! これより始まるのは、我々がかつて経験したことのない大戦だ! 命を落とすこともあるだろう! 恐怖に足が震えるだろう! だが、決して忘れるな! 我々の後ろには、か弱き市民たちがいることを! 我々は騎士だ! 騎士として、命をとして民を守れ!」
騎士たちから雄叫びがあがる。
ゴルドフの宣言は力強く、彼らの心に炎を灯す。
「暑苦しいわね」
「今はあれくらいでちょうど良いんだ。むしろ落ち着いてるほうがどうかしてる」
「私に言っているの?」
「どうだかな」
お互い様、といいたいところね。
私はループのせいで死を恐れていないし、彼はそもそも死ねないことを恐れている。
私たちの命に危険なんてものはない。
だからこそ、私たちは普段通りに準備を進めていた。
「そういう貴方は落ち着きがないわね」
「し、仕方ないだろ。聞いてなかったんだ。まさか……」
私の隣で隠れるように立つディル。
その視線の先には、彼の弟であり現国王でもあるユークリスがいた。
「あいつも参加するのか」
「ええ。王が近くにいるほうが、私たちの異能は強くなるそうよ」
「だからって危険だろ」
「承知の上でしょう。そんなに心配なら、もっと近くで守ってあげればいいじゃない」
「……無茶言うなよ」
ディルは心配そうにユークリスを見つめる。
兄として弟を想う気持ちと、国王になった彼の邪魔をしたくないという気持ち。
二つの想いが交じり合って、素直に会いに行くことすらできない。
ユークリスのほうも気づいているのかいないのか。
「不器用ね」
まぁ、私が言えたことじゃないのだけど。
そんなことを考えていたら、ふいに後ろから声をかけられる。
「ヴィクセント嬢」
「……アレクセイ」
「やぁ。決戦前だというのに随分と落ち着いているね。さすがだよ」
「貴方こそ。恐怖で震えていると思ったわ。意外ね」
私が皮肉を言うと、彼はニコリと嬉しそうに笑う。
「心配してくれたのかい? とても嬉しいよ」
「……はぁ」
この男は相変わらず気持ちが悪いわね。
煽っても前向きに捉えてくるし、本当に面倒くさいわ。
「何かあれば俺を呼ぶといい。必ず君の盾になろう」
「必要ないわ。貴方は自分の役割を果たして」
「もちろんだとも。だが、俺より君のほうがずっと危険な役割だ。くれぐれも気を付けるんだよ」
「ええ」
今回の作戦、私たち守護者にはそれぞれ役割がある。
各々の能力と実力を加味した上での配置だ。
私も最善だと思う。
話しているうちに時間は過ぎていく。
場には緊張が走る中、私とディルも持ち場に移動する。
「わかってると思うが、俺は大して動けないからな」
「ええ。これだけ人目があれば派手に動くことは無理ね。けど大丈夫よ。私に考えがあるわ」
「……またよくないこと考えてるだろ」
「そんなことないわ。貴方にとっても悪くない作戦よ」
ディルが本当だろうな、と言いたげな顔で私を見てくる。
徐々に彼が私に対して疑い深くなっている気がするけど、結果を見れば彼も喜ぶはずよ。
ここで戦闘開始を告げる合図が鳴る。
「時間だ」
「そうね」
ついに始まる。
災害そのものと称される魔獣が……来る。
一瞬にしてそれは姿を現した。
天をも呑み込まんとする巨体と、この世の生物とは思えない異形な姿。
恐怖の塊と表現すべきだろうか。
昆虫のように殻を被り、猛獣のような牙と爪をもち、幻想のドラゴンのような翼をもつ。
「あ、あれが……」
「っ、く」
士気は十分だったはずの騎士たちも、その異形さに後ずさる。
たけど、私たちはひるまない。
「おおお!」
最初に動いたのは最強の男。
地面を大きく蹴り飛ばし、前方に地響きと地割れを発生させることで魔獣の動きを阻害する。
さらに剣を抜き、自身の数千倍はある巨体に向かって突撃した。
「ひるむな! 我々は騎士だ! 恐怖ごとその剣で斬り裂け!」
「お、おおおおおおおおおおおおお!!」
騎士たちも奮い立つ。
まったく暑苦しい。
ただ、ディルの言う通りではあった。
「今回ばかりはこのくらいでちょうどいいわね」
本格的に戦闘が開始される。
騎士たちの役目は、魔獣本体への攻撃ではない。
災害級の魔獣の恐ろしい所は、単体ではなく複数の魔獣を従えているところだった。
巨大な魔獣の下には、数百体の中型魔獣が群れを成す。
一匹でも街に入れば大混乱になるだろう。
そうならないために、騎士たちが応戦する。
もっとも、騎士たちは私たちとは違いただの人間だ。
人数では勝っていても厳しい戦いになる。
そこに彼は立つ。
「さぁ来るがいいさ魔獣共! ここから先、俺がいる限りは一歩も踏み入れること許さないぞ」
水の守護者アレクセイ・ワーテル。
彼の異能には複数の魔獣を制圧する力がある。
騎士たちと共に魔獣の群れを殲滅することこそ、彼に与えられた使命だった。
少し意外ではある。
彼の性格なら、自分も災害級魔獣と戦うとか言い出しそうだったのに。
目立ちたがり屋なだけかと思ったら、そうでもないようだ。
そして彼らに指示を出すのは――
「三十秒後に右陣への攻撃が激しくなります! 各自攻撃に備えてください!」
星の守護者エトワール・ウエルデン。
彼の異能、星読みによって少し先の戦況を把握し、最善のパターンを察知する。
自身に戦闘能力を持たない彼は、兵を動かすことで真価を発揮する。
その傍らには少年国王の姿もあった。
国王が傍にいることで、彼の異能の精度も飛躍的に向上している。
彼らに任せておけば魔獣の群れに後れを取ることはないだろう。
あとは――
「早急に終わらせるぞ」
「ええ」
「はいはーい」
残り三人の守護者……。
私たちだけで災害を止める。






