45.ずるいのはお互い様
「森の外までお見送りいたします」
「必要ないわ」
「かしこまりました。お気をつけてお帰り下さい」
「ええ」
人形メイドに見送られ、私とディルは屋敷を出る。
数歩歩いたところで、少し後ろを歩くディルが私に問いかける。
「よかったのか? あれで」
「いいわ。目的のものは手に入ったもの」
「それはそうだが……まぁ、あれ以外に返答のしようもなかったか」
「ええ。同情するけど、私もそこまでお人好しじゃないわ」
結論だけ言えば、私は彼女のお願いを断った。
ただ、完全に拒否したわけでもない。
◇◇◇
「お断りよ。どうして私が、他人の指図で人を殺さないといけないのかしら?」
「……貴女にしか頼めないことなの」
「だから何? それは貴女の事情でしょう? 私には何の関係もないわ」
「それは……そうね」
ミストリアは深く落ち込んでいる。
なんだか私がイジワルしているみたいな光景に苛立ちを感じる。
いいや、そこじゃない。
私がイライラしている理由は……。
「一つ聞くわ。貴女、生まれてくる子供には真実を話すつもりがあるの?」
「もちろんよ。話さなくてはならないと思っているわ」
「じゃあ、その子が力を受け継ぐことを拒んだらどうするつもり? 素直に引き下がるの?」
「それは……」
彼女は回答を詰まらせる。
おおかた、そこまで考えていなかったのでしょう。
断られるなんて思っていないのかもしれない。
そういうところに苛立ちを感じる。
「貴女の境遇には同情するわ。けど、貴女が考えていることは異能のことばかりね。その子の意思はどうなるの? 別の誰かとの子供と言っていたけど、じゃあお腹を痛めて産んだ母親はどう思っているの? 二人の意思も、未来も考えず、ただ異能だけ受け継がれればいいと思っているのではないの?」
「……」
「わかっていないならハッキリ言うわ。子供は異能を受け継ぐ道具じゃないわ。たかが他人が、子供の未来を歪める権利なんてないのよ」
私の脳裏には、お父様の姿が浮かんでいた。
吐き出したのは自分の想い。
彼女を糾弾しながら、私はお父様のことを責めていた。
こんなにもイラつくのは、彼女の後ろにお父様がチラつくからだと気づく。
子供が生まれる場所を選べないように、親も生まれてくる子供は選べない。
都合を押し付けて、押し付けられて……その先に待っているのは不幸だけだと知っている。
私は無意識に、力を受け継ぐ誰かを自分に重ねていた。
「そう……ね。その通りだわ。私は異能を絶やさないことばかり……それ以外のことを考えていなかった。相手がどう思うかなんて……」
彼女の境遇を考えれば、他に気を遣う余裕なんてなかっただろう。
それでも私は言いすぎたとは思わない。
どれだけ深く重い事情があろうとも、無断で他人の人生を歪める権利なんてないのだから。
「ごめんなさい。私が浅はかだったわ」
「……」
「ただ、異能を絶やしたくないという思いも捨てられない。私はそのために、百年以上生き永らえてきたの」
「そうでしょうね」
今さら諦めろ、なんて言って納得することでもない。
そんなことはわかっている。
「だからもし、生まれてきた子供が自分の意思で受け継ぐと言ってくれたら……その時に、もう一度お願いしてもいいかしら?」
「いいわ。そうなったら私に言いなさい。願い通り、私が殺してあげる」
「ありがとう」
彼女は嬉しそうに笑う。
殺し殺されることを約束して心から笑みをこぼす。
本当に歪んでいる。
これも全て、異能なんてものが私たちの中にあるからだ。
私は彼女を弾劾したけど……彼女の人生も異能によって歪められただけにすぎない。
私は彼女に背を向ける。
「帰るわ。話は終わりよ」
「ええ。また会いましょう」
「……ああ、そういえば一つ忘れていたわ」
帰ろうとした私は、わざとらしく言う。
「私からもお願いがあるのよ。ほしいものがあるの」
「……酷い人ね。私のお願いは断っておいて、自分のお願いをしようだなんて」
「断ってくれてもいいわよ? ただ……こんな素敵な秘密を、誰にも話さない自信はないわね」
黙っていてほしかったらお願いを聞いて。
そういう意味で言っている。
私はニヤリと微笑み、背を向けたまま振り向く。
「ずるい人」
「お互い様よ」
◇◇◇
「異能の一部は回収できたわ。願いを聞くかどうかは彼女と、生まれてくる子供次第よ」
「だな。ついに揃ったな」
「ええ」
今、私の中には五人分の異能が宿っている。
ロレンスは捕まえた時に吸収できていた。
残るはエトワールの異能だけ。
「どうする? 星の守護者の異能を回収にし行くか? これだけ集まったんだ。多少強引な方法で奪っても、今なら問題ないだろう」
「……いいえ、それは魔獣の件が片付いてからよ」
「まぁそうか。あっちも厄介だからな」
「ええ。でもそれだけじゃないわ。貴方だって気付いてるでしょう? 彼を足してもまだ足りないってことに」
石板の秘密を解明するため、他の異能を集めていた。
描かれていたのは守護者たちだけではない。
もっとわかりやすく、堂々と描かれていた人物……王がいる。
王の異能がなければ石板を完全に変化させることはできない。
だから先に、魔獣を片付ける。
三日後――
私たちは戦場に立った。






