38.遊びは終わり
「貴方が大気の守護者……なのね」
「その通り! 僕はロレンス・シエロだ。よくわかったね?」
「他にいないでしょう? そんなことができる人間は」
「そんなこと? ん、ああ、これか!」
彼は華麗に宙をクルリと回る。
わざとらしく、芸を見せつける子供のように。
いいや、芝居がかったしゃべり方は身振りは子供と表現するには不釣り合いか。
「すごいだろ? これが僕の異能さ。大気を自由自在に操れる僕にとっては、空のほうが居心地がいいんだよ」
「そうなのね。確かに気持ちよさそうだわ」
「でしょ? 君も一緒に飛んでみない? 楽しいよ」
「ぜひお願いしたいわ。一度降りてきてもらえる?」
なんて、これで素直に降りてくるわけがない。
そう思っていたら……。
「いいよ! ちょっと待ってて」
普通に降りてきた。
一瞬見間違いかと思って目を丸くする。
なんの躊躇もなく警戒もせず、無造作に地面に降りようとする。
私は困惑から我に返り、隙をついて影を伸ばす。
「うわ! またこれ!」
「――っ、少し遅かったわね」
反応が遅れてしまい捕え損ねた。
彼は再び空高く飛びあがってしまう。
「危ないな~ 言われた通り降りて来たのに酷いじゃないか!」
「私は貴方を追いかけてきたのよ? 隙を見せたら捕まえるに決まってるじゃない。まさか本当に降りてくるとは思わなかったわ」
「え? だって一緒に飛びたいんじゃなかったの?」
「……信じたの」
「嘘だったの!?」
大袈裟な反応で驚く彼を見て思う。
もしかして……この男は馬鹿なのかしら?
てっきり煽っているのかと思ったけど、反応が子供っぽいのよね。
これが本当に大気の守護者……?
私と同じ当主だというの?
「貴方の目的はなに? どうして私たちのところへ来たの?」
「ん? 別に大した目的なんてないよ? 王都に来たのは用事があったからだけど、それとは関係ないし。うーんいや、無関係じゃないのか? ただ面白そうな風を感じたからふらっと寄っただけ! ついでだよ、ついで!」
「ついで……ねぇ」
嘘を言っているようには見えない。
だけど、なんの目的もなく私たちの元へ顔を出すなんて不自然すぎる。
表情や言葉からは読み取れないだけで、真の目的を隠しているのでしょう。
子供っぽいのも演技で、私を惑わせようとしているに違いない。
「本当の目的を話すつもりがないならいいわ」
「え? だからないってば」
「貴方が何を企んでいようと、私のとる行動は一つだけよ」
「あれれ? 全然信じてもらえてないよね? ちなみにその一つって?」
「決まっているでしょう」
秘密を聞かれてしまったのは誤算だった。
だけどそれが大気の守護者だったことは幸運といえる。
探す手間が省けた。
と当時に、戦う理由も生まれた。
幸いなことに今いる場所は屋敷からも近く、一般人はいない。
派手に暴れても迷惑はかからない。
私は自分を中心に影を広げる。
「貴方を捕らえるのよ」
「うわ! 影の手がいっぱい!」
宙に浮かんでいるロレンスに向けて、無数の影の手を伸ばす。
回転やひねりを加えて躱しながら彼は私に叫ぶ。
「捕らえるって! その後はどうするつもり!」
「さぁ? 貴方次第よ」
「僕次第? じゃあとりあえず謝ったら許してもらえたりするのかな?」
「それは無理ね」
ほしいのは謝罪じゃない。
秘密をばらさないという誓いと、ロレンスが宿す異能の力。
二つを手に入れるために影を伸ばし続ける。
「うおっと! これ意外と楽しいな!」
「……」
こっちは本気で捕まえるつもりでも、向こうは遊び気分に見える。
ちょっとイラつく。
ディルのような速さはないけど、空中を立体的に動かれると簡単には捕らえられない。
幸いなことに楽しんでいるからなのか、今以上の高さまで逃げる様子はなかった。
もし届かない高さまで逃げられたらおしまいだ。
彼が遊び感覚であるうちに捕まえる。
今のままじゃ捕まえきれない。
せめてもっと近づくことができれば……。
「あっはははは! スリル満点だ! でもちょっと飽きてきたぞ」
「そう? ならこういうのはどうかしら?」
私は影の力で地面を砕く。
砕かれた塊を影で持ち上げ、上空にいるロレンス目掛けて投げ飛ばす。
「おお! なんか飛んできた!」
「まだまだいくわ」
砕いた地面を投げる。
なるべく大きく削り取り、当たる範囲を広くする。
「物騒だな! 当たったら痛いだけじゃすまないよそれ!」
「そうかしら? 意外と痛くないかもしれないわ。当たってみればわかるわよ」
「さすがに騙されないよ! それに、まっすぐ飛んでくる物なんて影の手より簡単に避けられるからね! 残念だけど僕には一生かけても当たらないかな!」
「ふふっ、そうね。でも、それでいいのよ」
塊を飛ばしているのは当てるためじゃない。
そもそも三次元的に動く影の手を躱す相手に、まっすぐ飛ぶ物体が躱せないはずがない。
彼は飛んでくる物にそこまで警戒を向けない。
だからこそ隙が生まれる。
「知ってる? 影って、本当にどこでも生まれるのよ」
私の狙いは……飛ばした塊に影を作ること。
太陽と彼の対角線上を通る塊に、濃い影が生まれる。
もっとも彼に近い場所で、しかし回避したことで警戒をといている。
故に、そこから伸びる影の手は――
「躱せないでしょう?」
ようやく捕まえた。
一瞬でも動きを止められたら、あとは地面から伸びる影の手で包む。
「しまっ――」
捕まえたらもう逃がさない。
影の手を引き、彼を地面まで引きずり下ろす。
そのまま地面にたたきつけ、影で貼り付けにした。
「……」
「遊びは終わりよ」
私は彼を見下ろす。






