28.油断は禁物
「さぁさぁ! 存分に語り合おうじゃないか!」
応接室らしき部屋に案内された私とディル。
丁重にもてなされていることは認める。
ただ……やっぱりこの人を見ているとイライラする。
苛立ち過ぎて最初から畏まることすら忘れてしまっているほどに。
「どうしたんだい? 俺の顔に見惚れてしまっているのかな?」
「違うわ。よくそこまで自分に自信が持てるわね」
「自信じゃない。これは確信だよ。この世に俺以上の男は存在しないのさ」
「……」
この男の凄いところは、今の発言を本心から言っていることだ。
嘘偽りなく、心からそう思っている。
曇りなき眼がその証明だろう。
呆れるほど純粋に、自分自身を信じ切っている。
だからこそ自分のプロポーズが断られるなんて思ってもいないのだろう。
「あの時ハッキリとお断りしたはずよ。私は貴方の婚約者になるつもりはないわ」
「聞いたさ。今はそれでいい。どうせそのうち、君のほうから俺に頼んでくるよ。俺のフィアンセになりたいとね」
「そんな未来は永遠にないわ。天地がひっくり返っても、私から貴方に求婚することなんてありえない」
「随分と強気だね。ますます気に入ったよ」
意味不明だ。
今の発言のどこに気に入る要素があったのだろうか。
思いっきり拒絶したはずなのだけど……。
「貴方ってもしかして馬鹿なの?」
「まさか! 俺は頭脳も優秀だよ!」
「優秀な人間は、自分のことを優秀だなんて言わないわ」
「それは偽者さ。本物ならば恥じることなく堂々と公言できるはずだよ。今の俺のようにね」
なるほど一理ある……とはならないわね。
自信たっぷりに語られて一瞬納得しかけてしまった。
この人と話していると調子が狂う。
少しでも早く用件を済ませて退散したいし、話の流れを作らないと。
「しかしわからないな。君はまだ俺の誘いを受けるきはないのだろう? だったら一体、何をしにここまできたんだい?」
来た。
ちょうどいい話の入り方。
「チャンスをあげに来たのよ」
「チャンス?」
「ええ。さっきも言った通り、私が貴方の婚約者になることは永遠にないわ。でもそれじゃかわいそうでしょう? だから一度だけチャンスをあげる……私と戦って、勝ってみせなさい」
「君と戦う?」
「そうよ」
聊か強引ではある。
冷静に考えれば意味不明だし、なぜ戦いになるんだと思うだろう。
だけど確信はあった。
彼は疑いこそすれ、断りはしないと。
「いいだろう!」
やっぱり引き受けたわね。
予想通りで助かるわ。
「君の思惑はわからないけど、そのチャンスは魅力的だ。君に俺の力を存分に見せつけて、心も身体も屈服させてみせよう」
「すごい自信ね」
「当然さ。言っただろう? この世で俺以上の男はいない。全てにおいて俺が一番だ」
「……そう」
最強の異能者は誰か。
その問いに、多くの人々は一人をあげる。
大地の守護者ゴルドフ・ボーテン。
事実、彼は王国最強と呼ばれている。
魔獣を倒したという功績の数々も、最強と呼ばれるのに相応しい。
それは彼も知っているはず。
その上で自分のほうが強いというのは……さすがに慢心が過ぎると思った。
余計に苛立つ。
「いいわ。その自信を折ってあげる」
「違うね。君が首を垂れるんだ」
◇◇◇
「怖いくらいうまく誘導できたな」
「そうね。単純な男で助かったわ」
私たちは勝負の場所に移動している。
少し前を歩くアレクセイに続いて、私とディルは並んで歩く。
「大丈夫なんだろうな?」
「私が負けると思っているの?」
「お前の強さは知ってる。ただ、あの自信はちょっと怖いな」
「そう? 私は逆に安心したわ」
戦いに自信がなければ、この誘いも受けなかったかもしれない。
そういう性格でよかったと思う。
「ここで始めよう」
案内されたのは屋敷の庭。
石畳が一面に敷かれ、障害物はあまりない。
当然ながら天井もなく、月明かりが真っすぐに差し込む。
「いいの? 水場が一つもないわよ」
「構わないさ。君だって夜は影ができにくい環境だろう? お互いにフェアに行こうじゃないか」
「そう。貴方がそれでいいなら、始めましょう」
「ああ。先手は君に譲ろうじゃないか。君の想いを存分にぶつけてごらん!」
かかってこいと言わんばかりに両腕を広げている。
侮られている気がして、私は苛立つ。
そういうことなら遠慮なくいきましょう。
力を吸収するためには、相手をできるだけ弱らせないといけない。
立てなくなるくらいまで痛めつける。
そのくらいでちょうどいいわ。
「影よ。貫きなさい」
足元の影が竜巻のように私の周りに立ち昇る。
変形した影は鋭い刃となり、一斉に隙だらけな彼に目掛けて放たれる。
殺さない程度には本気で攻撃している。
一瞬だけディルの顔をみたら、やりすぎだろ……と思っている顔をしていた。
攻撃を放った直後に、正直私も思っていたりする。
イライラしてやりすぎたかしら?
ただ、そんな心配は無用だった。
私の攻撃は阻まれる。
高圧の水流に。
水の膜ではなく壁と表現するのが適切か。
彼の周囲を水が流れ、私の攻撃を全て弾いてしまった。
「うんうん! 中々強力な攻撃だったよ! やっぱり最高だなー君は! 俺はね? 強い女が大好きなんだ」
「……そう。それはよかったわね」
不敵な笑みを浮かべるアレクセイ。
侮っていたのは私のほうだったみたいね。






