15.下手なナンパね
突然のことで困惑する。
動揺はしなかった。
私より、私たちの周りにいる人たちが酷く驚いていたから。
自分より驚いている人を見ると逆に冷静になるらしい。
「おや? ちゃんと聞こえなかったかな?」
「いいえ」
「そうか。それはよかった」
「聞こえてはいましたが、もう一度言って頂けますか?」
念のための確認をしたいと思って尋ねる。
すると彼はニコリと微笑み、おほんと咳払いをしてから口を開く。
「俺のフィアンセにならないか?」
「……そうですか」
聞き間違いじゃなかったみたいね。
私は小さくため息をこぼす。
確認した上で、そうでなかったとしても私の返答は決まっている。
「お断りしますわ」
「――へぇ、どうしてかな?」
彼はわずかに眉をひくつかせ驚いたような様子を見せる。
「どうして? 理由なんて言わなくてわかると思うけど?」
「わからないな。俺の婚約者になるのは嫌かい?」
この反応に表情……。
本当にわかっていないように見えるのは気のせいかしら?
断られるなんて思っていないって顔ね。
別に何をされたかわけじゃないけど、こういう男は好きになれないわ。
「嫌に決まっているでしょう? 大体、私と貴方は初対面でしょう?」
「そうだね。話したこともなかったかな」
「そんな相手にいきなり告白されて、はいわかりましたなんて答えると思う?」
「思うさ。俺が相手なんだよ」
「……」
これも本気で言っているのがわかる。
言葉の端々から感じられる絶対的な自分への自信。
よほど自分のことが好きなのだろう。
ナルシストっていうのよね、こういう人を。
やっぱり好きになれないわ。
「それとも君には決まった相手がいるのかな?」
「いませんわ。婚約者なら、つい先日破棄されたばかりですもの」
「おや、それはちょうどいいじゃないか。婚約者がいなくなったところで俺と出会った。これぞ運命というものだよ」
「違うわ。勝手に運命にしないでくれる?」
好きになれないと気づいてしまったから。
声を聞く度に苛立ちを感じる。
「ハッキリ言うわ。会ったばかりだけど貴方のことは嫌いよ」
「嫌い?」
「ええ。嫌いよ。だから貴方と婚約者になる未来は永遠にないわ」
ここまでハッキリ意思を伝えれば、いかに自分に自信がある彼でも引き下がるだろう。
同じ六家の当主だし、少しは仲良くしたほうがとも思ったけど無理ね。
嫌いな人と仲良くするなんてできない。
「話は終わりね。不愉快だから離れて――」
「ふふ、ふふふ、ふははははははははははははっ! いいね! そんな風に言われたのは生まれて初めてだよ!」
突然彼は笑い出した。
高らかに、会場中に響き渡るほどの大きな声で。
予想していた反応と違って私も驚く。
怒るか呆れるか、どちらかだと思っていたのに……。
「すごくいいよ君! やっぱり俺の目に狂いはなかった。君のような女性こそ俺のフィアンセに相応しい!」
「……何を言っているの? 断ったはずよ」
「そうだね。今はそれで構わないよ。これからじっくりお互いのことを知って行けばいいさ」
「……はぁ」
急に話がかみ合わなくなった。
というより、テンションも合わなくなってしまった。
本当になんなのこの人……。
「もういいわ」
「おや? どこへ行くのかな?」
「帰るわ。ここにいると気分が悪くなるの」
「そうかそうか。それは大変だね! ゆっくり休むといい。そしてまた元気な姿を俺に見せてくれ!」
テンション高めな彼を背に、私は会場を後にする。
会場の出口付近に近づいた時、私は大きくため息をついた。
「……疲れたわ」
なんだったの?
あの異様にポジティブな人は。
六家の当主にあんな人がいたなんて予想していなかったわ。
なんとなく付き纏われそうな気がして憂鬱ね。
「早く帰って休みましょう」
当主の顔を見ておく目的は果たせた。
そういえば一人だけ来ていなかったみたいだけど……。
「大気の守護者……ね」
どういう人物なのか。
さっきの男が印象的過ぎて、逆に残りが気になってしまう。
ただ急ぐ必要もないし、そのうち会うこともあるはずだ。
考えながら歩いて、行きに影を使って移動した場所まで戻ってきた。
会場は賑やかでも、外の裏手は静かで暗い。
自分以外に誰もいないから、余計にわかりやすい。
帰ろうとした私は立ち止まる。
「やっぱり勘違いじゃなかったのね」
感じる。
私以外の気配が……ある。
どこかはわからないけど、確かにいる。
「私に何か用かしら?」
周囲に聞こえる声で問いかけた。
けれど返事はない。
返ってきたのは緩やかな夜風の音だけ。
まさか気づかれていないとでも思っているのかしら?
この状況で?
だとしたら随分なまぬけね。
「近くにいることは気づいているのよ。私に用があるなら聞いてあげるから顔を見せなさい」
少し優しく言ってあげたのだけど……。
数秒待って返事はなかった。
ただ逃げたわけでもないらしい。
まだ近くにいる。
こっちを見ている。
見られている感覚は消えていない。
「そう。顔を見せる気はないのね……」
意図は不明のまま。
だけど、気づいた以上は無視もできない。
「顔を出す気がないならそれでいいわ」
私は影を操る。
帰る為ではなく、戦うために。
「無理やり出させてあげるから」






