九月の京
九月下旬、京。
夜中に薄暗い蝋燭の灯りの元で会話をする二人が居た。
「ワシは…次は何をしたらえいがじゃろうか?」
「何もしなくて良い。高松の遺した言葉では、十一月には勝手に望んだ世界が開ける事になるからな」
「勝手にっちゅうても…ワシは誰も斬っておらんがじゃ」
「お主は斬らなくて良いんだよ。先の要人暗殺計画があった事で、恐らくお主の偽物も警戒をしているだろうし、態々危険な事を犯す必要は無い」
声を潜め、その二人は密談をしている。
「暗殺計画言うたち、端から誰も斬るつもりは無かったがやろ」
「馬鹿じゃと自身言ってる割には、分かってるじゃないか」
一人の男は軽く微笑みを浮かべ、酒を口に運ぶ。
「失敗してもええ暗殺計画じゃと、伊東先生が言うておったがやないか」
「そんな事を言ったかね…」
伊東甲子太郎と、闇以蔵こと宜振。新撰組と離れ、完全独立で組織を作った伊東は、宜振を抱き抱えたまま幕末の動乱を乗り切るつもりだった。
「恐らく、土佐の容堂公が動けば『大条理』は成る。その機に要となる男を暗殺してしまえば、新政府とやらを纏める力は弱まり、戦へと向かうだろう」
「何じゃ、結局暗殺かいな」
宜振の言葉に、伊東は怪しく笑う。
「過去にお主が、大坂で偽以蔵と会ったのも、要人暗殺計画も、全てはこの計画の為の布石だよ」
その言葉を聞いていた者が、襖の外にも一名いた。気配を殺し、間諜として入り込んでいた斎藤一だった。
翌日、斎藤は前夜の会話を隊士経由で土方に伝えた。
そして土方は薩摩藩邸に居る以蔵を呼び付け、その密書を見せた。
「…やはり、先の暗殺計画は布石でしたか」
「分かっていたのか?」
「ええ、策士としては抜けが多い感じもしましたし、本気の暗殺であれば詰めが甘く…私にわざわざ知らせる事もしないでしょう」
「では先日の言葉通り、お主への挑戦では無かった…という事だな」
「前回の標的が本来の者ではなく、別の者が要となっています」
「別の者…、また同時暗殺か? 沖田は動けんぞ?」
「同時ではありません…。標的はただ一人です」
以蔵はすうっと息を吸い込み、天を仰ぐ。
「それが…誰かは言えんのか…?」
土方に教えてしまえば、その時点で龍馬は助かるかも知れない。友として助けるべきであり、助けたいという思いは強い。だが…
「立場上、お教えする事は出来かねます」
天を仰いだまま、目を閉じ言葉を拒否する。
刻を守る為には、この先の手出しはできない。友を失うとしても、歴史の意思に触れてはいけない。
「では…我々はこの時代に生きる者として、最善を尽くさせて頂く」
土方は以蔵をその場に置き、部屋から出て行った。その表情は、同情で溢れていた。
以蔵の態度で、見当はついていた。だが、ここで行動を起こしては、以蔵の思いを無駄にするという事も分かっていた。
土方は確固たる証拠を掴み、伊東への反撃に出る事を決意する。無論、新撰組として。
そして、それぞれが動き出しながら十月へと暦は流れて行く。




