象二郎との面会①
「浅野…何だお前、江戸に戻ったんじゃねえのかよ」
頓狂な声を上げたのは原田左之助だった。龍馬が土方に逢っている頃、偶然か必然か、以蔵も新撰組と顔を合わせていた。
「お久しぶり…と、言う程でもありませんか?」
「ああ、そうでもねぇよ…それより沖田の様子はどうなんだよ」
「会っていませんよ…。今の情勢で、私が沖田組長の療養所になど行けませんしね…。まさか、本当に病にかかるとは…」
史実を知っていても、仲が深くなればなる程に、その衝撃も大きくなる。
「あぁ、副長がお前さんに会いたがってたぜ? 夜中にでも忍び込んで来いよ」
「そうですね…薩摩や長州の方々に見られると、厄介ですし…夜中にお邪魔します」
その会話の後、左之助は不思議そうに問いかける。
「浅野…お前も侍なら、鞘の手入れは怠るな。ボロボロじゃねぇか…。今夜屯所に来たら俺の使ってない鞘をやるよ。槍使いに刀の鞘は無用だからな」
「いや、でもそれは悪いですよ…それに抜き身の太刀を部屋に置くと危険ですし」
「ははっ 鞘だけ転がってんだよ、山南さんがまだ居た頃にな、くれたんだよ」
「そんな大切な物は頂けませんよ…」
「いいんだ、お前に使って欲しいんだよ、沖田に渡せなかったしな…」
以蔵は黙って笑うしかなかった。無論、声を出しての笑顔ではなく、口元を歪め、何かの感情を鎮めるような笑みだった。
以蔵は左之助と別れ、土佐藩邸へと向かった。脱藩罪が許されたのであれば、そこに居るのではとの考えからの歩みだったが、そこに居たのは参政・後藤象二郎だった。
「坂本龍馬殿にお会いしたいのだが?」
「おらんちゅうておるじゃろ、帰れ、帰れ!」
門番はやたらと土佐弁で、その訪問者を追い返そうとしている。
「どこに向かわれたのか?」
という以蔵の問いにも答えず、棍棒を携えて以蔵の体を阻止している。
「何じゃ、どうしたがじゃ」
奥から体躯の良い、目のギョロっとした男が出て来た。後藤である。
「はっ…この者が坂本に会わせと吠たえるがです」
「坂本にじゃと?」
後藤はキっと以蔵を睨みつけ、
「おまん…誰ぞ」
「…岡田以蔵…」
以蔵は、敢えてそう名乗った。
当然周りが凍りつくのは予想していた。場合によっては切りかかって来るだろうとも思ったが、騒ぎになれば龍馬が出て来ると思っていた。そう、以蔵はこの状況下でフラフラと町を歩くハズが無いと判断したのだ。
「おまんが…伯父上を斬り付けた岡田かぇ…」
後藤の顔は真っ赤に染まり、眉間にはグっと深いシワが刻まれる。武市の策略により失脚後、気を病んでしまった吉田東洋の甥である男は、当然その実行犯であると噂される岡田以蔵に、憤怒の感情を持っている。
「どういて、ここで、その名を言うがじゃ」
「岡田以蔵は、坂本龍馬の友だからです。どのような噂が土佐で流れたのか、理解している上で名乗りました」
「何じゃと…? おまんは英雄気取りか?」
「吉田東洋が失脚しなければ、いずれ土佐勤王党に暗殺されていたでしょう。武市さんは道を誤った…。目標は同じでも、歩むべき道を間違えたのです」
「それを、おまんが正し、伯父上を助けたとでも言いたいがか?」
「結果的に助けたとは言えませんが、ここに来て名乗っている事の意味を考えられる方を、是非ここへ呼んで頂きたい」
「名乗る意味じゃと…?」
まるで龍馬のような言い回し方をする男に、怒りを露わにする後藤も瞬時に頭を切り替えた。しかし、怒りが収まった訳では無い。睨みつけたまま、後藤は以蔵に向かって言う。
「奥へ来い。話を聞いてやる」
足袋のまま地面へと下りた後藤は、すっと踵を返し奥へと向かう。そして後藤の姿が見えなくなった時、以蔵は門番の棍棒をヒョイと除けて尋ねる。
「あのお方は?」
「何じゃと…? 後藤様じゃ、土佐藩参政、後藤象二郎様じゃ!」
今の男が後藤象二郎か…そう聞くと、何故か妙に納得する。
吉田東洋を失脚させた岡田以蔵は、さぞ怨めしい敵だろう。その敵を懐に入れ、かつ話を聞くと言うのである。
その事に一番驚いていたのは、当の後藤本人ではあるのだが…。




