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維新の剣  作者: 才谷草太
不戦と合戦と
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誤算の始まり

 五月。

 龍馬達より先に、中岡と乾は京にて会談を行っていた。

 その相手は薩摩藩の小松帯刀・西郷隆盛ら重鎮。当然、内容としては武力討伐の盟約を結ぶ事である。しかし中岡等は土佐藩の中心人物ではなく、あくまでも個人的密約となり、正式に藩同士が結ぶには至っていない。が、彼等が手を組む事で、今後中岡が設立する『陸援隊』に、多大な影響を及ぼす事にもなる。


 六月十三日。中岡達に遅れ龍馬達も京へと入るが、既に山内容堂は四候会議に見切りを付け、土佐へと戻った後だった。

 しかし十七日に、龍馬の勧めで後藤は在京土佐藩士である寺村左膳、真辺栄三郎、福岡孝弟の三名と会談。大政奉還論・船中八策を説き賛同を得る事に成功。

 同日、四候の一人である伊達宗城にも説くが、時期尚早と一蹴される。この事により四候全てを味方に付けるのは困難と判断した後藤は、退路を断たれる想いを味わう。


 「大政奉還論を…そげん方法で後へと続けうか」

 恰幅の良い西郷が、ふむぅ…と、ニヤ付きながら腕を組む。

 「確かに、そげん方法は誰も思い付きもはんなぁ…」

 窓の外を眺めながら、小松も妙に納得しながら聞いていた。その情報をもたらしたのは、四候の一人伊達宗城だった。更に、そこには中岡・乾と…以蔵の姿があった。


 昨年に以蔵を訪ねた中岡は、陸援隊の看板として以蔵を招き、以蔵は慶応三年の混乱に乗じ、伊東が何かしらの企みが発覚しないかが気がかりであった為、この京への道程を同行していたのだった。


 「おはん…けん(どの様に)考えもうすか?」

 「大政奉還論ですか…? 徳川を守る、という考えに行き着くのが常でしょうが、そう考えると反発する輩は多いでしょうね」

 西郷が問いかけた事に、以蔵が答える。

 「ならば、そん真意はどこにあうと考えてもすか?」

 今度は小松が振り返り、問いかける。その問答を中岡は正座をして聞き入り、乾等は一言すら聞き洩らさぬという表情で身を乗り出している。


 「大義ですよ。朝廷に政権を返上、更に政は選び抜かれた諸藩の代表にて扱い、独裁は無く、交易に関しては諸外国と利害関係を共通とし、侵略を防ぐための軍隊をも備える」

 「それに背けば、徳川が朝敵となるっちゅう事か!」

 「何ぜ、坂本ちいう男は、たったそればぁで徳川を朝敵にしゆうがか!」


 中岡と乾は酷く興奮している。


 「無論、慶喜公がそれに賛同すう程の余裕は無かろう…」

 小松はフフンと笑い、窓の外に再び目を移す。


 「そうでしょうか?」


 軽い声で以蔵が否定する。


 「あるいは山内容堂公が動けば? 先見の目を持つと諸藩内でも一目置かれる容堂公が動けば、恐らく窮地に立たされるのは徳川。最早政権返上を回避する手段は無くなります」

 「諸藩が幕府に引導を渡す言うがか!」

 中岡はギラギラした視線を以蔵に刺すが、以蔵は静かに目を閉じたまま、西郷に言う。

 「坂本龍馬は、その新政権の中枢に、恐らく薩摩・長州の中枢たる人物を配置する案を立てる筈です。今まで、方法は違えど朝廷を立て、お守りしていた両藩を置いて他にはありませんからね」

 「我らが政権の中枢を担うと言うのか? それなら、土佐はいけんすう?」

 「どこかの誰かに、全ての権力を渡す事は無いでしょうね。恐らく土佐藩の…後藤象二郎殿も、その中枢には腰を下ろす事になるでしょう」


 「戦は…起きんがか?」


 中岡は不安そうに質問するが、以蔵はそのままの状態で答える。


 「慶喜公が…全てを握ってます」

 以蔵は、是が非でも大政奉還が必要であると考えていた。それ故、土佐と薩摩が手を組み、幕府に引導を渡すのが最善であると思い、円滑に事が運ぶようにと考えて、その場にいた。



 しばらくの沈黙が続き、その沈黙を破る様に西郷が口を開く。




 「坂本さぁ、後藤さぁに会う」

 その表情は、道に迷い混乱していた表情から、先が見えた明るい表情へと変わっていた。


 だが以蔵は気付いていない。自らが歴史を変えてしまっている事に。そして、刻が変わる時に感じる目眩が襲って来ない事が、この先、自らを悲劇へと陥れる事に。

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