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維新の剣  作者: 才谷草太
不戦と合戦と
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船中八策

 慶応三年五月。徳川慶喜は先の戦で失墜した幕府の権威を回復させる為、京に四候とも呼ばれる伊達宗城、松平春嶽、島津久光、そして山内容堂を集めていた。

 しかしその会談の内容は一方的な政略論の展開と、何ら前向きではないかつての幕府独断の色が濃い物であり、山内容堂は参加の価値無しと判断を持っていた。

 山内容堂はこの時、長崎の後藤象二郎を京に呼び出していたが、余りに些細な会議の内容に見切りを付け、早々に土佐に引き返すのだった。

 先見を持つ容堂の脱退と共に、四候への信頼を失った徳川に対し、薩摩藩の一極政党打破という強い意志が広がった。


 しかし、そんな事を知らない後藤は、大政奉還論を説くには今しか無いと、龍馬を引き連れ土佐藩船『夕顔丸』で京に向け出港する。


 「後藤さん…。大政奉還をした後の事は考えちょるがか?」

 船室では龍馬と後藤が居る。何やら龍馬はせっせと書き物をしているが、後藤はソワソワと落ち着きが無い。

 「その後じゃと? 各藩が知恵を出し合い、朝廷を支えるがじゃ無いか? そこで我等土佐藩が主権を…」

 「それがいかんちゃ。皆その発想で独裁しちょる。それでは幕府が形を変え、続いて行くだけじゃき」

 龍馬はそう言いながら、筆をコトリと起き、ザッと後藤に紙を広げて見せた。


 「な…何ぜ、これは…」

 後藤は大きな目を更に大きく開き、その紙を睨みつける様に読み込む。

 「おまん…こげな事を考えちょったがか」

 絞り出す声。後藤はその紙を何度も何度も読み返し、目はカッと見開き、次第に口元は怪しく笑いだす。驚きと感嘆と、底知れぬ喜びで表情が変わって行く。

 「まぁ、ワシ一人で考えた事では無いがじゃ。先日も言うた通り、こん策は皆の知恵を集めた結果じゃきの」

 龍馬も珍しく興奮した口調で返答する。

 「おまんが隠さずに興奮するっち、珍しいのぉ」

 「当たり前ですろぅ。書面にしたがは初めてじゃき、形になると興奮もするがじゃ」


 後藤は何度も読み返した後、ゆっくりと龍馬に紙を返す。


 「これじゃと、薩摩はおろか…諸藩も納得せざるを得んじゃろう…が、これでは容堂公に見せられんき」

 「何じゃと? 後藤さんは共感してくれたじゃ無かか!」

 龍馬は慌ててその書面を見直す。どこかに過ちがあったか、抜けがあったか…。



 「おまんの字は汚い」


 あっさりと言って放つ後藤。呆気に取られる龍馬。

 してやったりと後藤はニヤッと笑い、龍馬は苦笑しながら頭を掻く。




  一、天下ノ政権ヲ朝廷ニ奉還セシメ、政令宜シク朝廷ヨリ出ヅベキ事。

  一、上下議政局ヲ設ケ、議員ヲ置キテ万機ヲ参賛セシメ、万機宜シク公議ニ決スベキ事。

  一、有材ノ公卿諸侯及ビ天下ノ人材ヲ顧問ニ備ヘ官爵ヲ賜ヒ、

    宜シク従来有名無実ノ官ヲ除クベキ事。

  一、外国ノ交際広ク公議ヲ採リ、新ニ至当ノ規約ヲ立ツベキ事。

  一、古来ノ律令を折衷シ、新ニ無窮ノ大典ヲ撰定スベキ事。

  一、海軍宜ク拡張スベキ事。

  一、御親兵ヲ置キ、帝都ヲ守衛セシムベキ事。

  一、金銀物貨宜シク外国ト平均ノ法ヲ設クベキ事。

     以上八策ハ方今天下ノ形勢ヲ察シ、之ヲ宇内万国ニ徴スルニ、

     之ヲ捨テ他ニ済時ノ急務アルナシ。苟モ此数策ヲ断行セバ、

     皇運ヲ挽回シ、国勢ヲ拡張シ、万国ト並行スルモ、亦敢テ難シトセズ。

     伏テ願クハ公明正大ノ道理ニ基キ、一大英断ヲ以テ天下ト更始一新セン。


 大政奉還後、新政府の樹立、憲法の制定、上下院の設立、外国為替の設定、海軍・陸軍の設立などの草案であった。


 後に言う『船中八策』である。



 大政奉還を説く者の多くは、その後の展開までは考えておらず、それ故に『倒幕』という観点から離れられずにいたのだ。

 後藤はこの策を見、政権を帝に返上し、政はその他の選ばれた人材で執り行う事を初めて知る事になる。何かしらの解決策を持った男であると龍馬を見てはいたが、まさかここまでの男だったとは、感動するしか他の感情を選べなかった。


 「帝に政権を返上奉った後…大名は不要となるがじゃ。ワシ等上士も…郷士も無ぅなるがや」

 「郷士のワシと、同じ床に座る後藤さんが、今更何を言うがじゃ」


 龍馬はフッと笑って寝転がる。

 後藤もそのまま寝転がる。



 「侍であるワシ等ぁが…侍の世を終わらすがか…」

 後藤は目を閉じ、呟く。



 侍であり続けようとして武力討伐を志す者、日本人であり続けようと大政奉還を唱える者。

 両者の思惑が、この後京で激突する。

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