清風亭会談② ~象の胆~
「ほんで坂本よ、薩摩と同盟っち…どうするがじゃ」
長崎・清風亭で行われている会談で、後藤はいよいよ本題に入る。
「後藤さんがワシ等に期待しちゅう事じゃろ」
「ほうじゃ。倒幕で熱を帯び、今正に主導を取る薩摩に変わり、どう我らが主導を握るか、じゃ」
「全ては、こっから始まるがじゃ」
龍馬はそう言うと、懐から紙を取り出した。
「大政…奉還じゃと?」
「戦を避け、徳川を守り、土佐が一気に政の表舞台に出る一手じゃ」
後藤は目を見開いた。イチ浪人だった龍馬が考え得る事では無い。そう思い心底驚いていた。
「おまん…この考えを誰かから教わったがか!?」
「教わったち言うたら…そうじゃの、勝先生やら高杉さん、桂さんに西郷さん…皆の想いを形にしたらこうなっただけぜよ」
龍馬はハッハと笑いながら紙を畳に置いた。
「これはの後藤さん。武市さんの魂も込められちゅうがじゃ」
「何だと…?」
流石に仇敵武市の名は拒否反応が出る。
「勘違いしたらイカンぜよ。無論、武市さんのやり方は間違っちょったがじゃ。人を斬る事で大政奉還は成らん。これに必要ながは、何も斬らんっちゅう魂じゃ」
「それでは薩摩が動かんじゃろが」
武市の名が出た事で、後藤の機嫌が優れない。そんな姿を見た龍馬は、深く溜息を吐く。
「後藤さん、広く見る事が大切じゃ…。仮にこの大政奉還を薩土が幕府に説き、それを反故にしたら、薩摩は討幕への大義が出る、そうは思えんがか?」
後藤は酒をグイッと飲み干した後、鋭い視線を龍馬に向ける。
「おまん…その意味を理解しちゅうがか…」
「勿論じゃ。ワシ等に取ったら、もう後が無くなるっちゅう事じゃ」
「反故にされたらどうするつもりぜよ」
「土佐も前線に繰り出すがじゃ」
その言葉に弾かれる様に後藤は立ち上がる。
「いかん! 土佐は決して徳川には刃を向けん!」
「そうじゃ! そうで無くては大政奉還はできんがじゃ!」
龍馬も立ち上がり、後藤に喰い下がる。
「その為にじゃ…容堂公に立ち上がって頂くがじゃ」
つまり、旧知でもあり発言力もある山内容堂を使い、徳川慶喜に引導を渡す。その申し出を断ると、江戸の背後に待つ薩摩が挙兵。連れて長州も出兵。天下の朝敵と成るのは徳川になる算段。
後藤は汗を流しつつ、龍馬に笑みを投げかける。
「おまん…化け物かい」
「全てを理解できた後藤さんも、化け物じゃ。誰一人として、理解はできんかったがよ」
「そうなると、土佐は幕府と共に滅ぶ…っちゅう事じゃな」
「覚悟を決める時ぜよ」
怪物達は、不敵に笑みを浮かべていた。
「坂本…おまん、それを他で口にすると…殺されるがぞ」
そう言ったのは岩崎だった。
「死を恐れ、何ができるっち言うがじゃ。それ位の事をせんかったら、最早誰にも止められんがじゃ」
「そうじゃ…そうじゃの。おい、岩崎。おまんはここで全てを聞いた。おまんもワシ等の同士じゃ。そうじゃの…おまん土佐商会を仕切れ。亀山社中と連携を取り、大政奉還の道筋を作るがじゃ」
思ってもいない大出世が舞い込んで来た。岩崎は突然の抜擢に涙を流しながら土下座する。
「勿体無い…勿体無いお言葉じゃ…後藤様の同志…。土佐商会を…」
「面倒臭い奴じゃの…さっさと行け。ワシは坂本と長崎の町へ出る」
後藤は岩崎を置き、龍馬を連れて外へと向かった。
ここに坂本龍馬は見事に土佐藩士へと復活し、土佐への帰郷も許される身分となった。




