敵か、味方か
龍馬に会った岩崎は、後藤に報告。こちらが会談の場所を設定する、という内容に後藤は猛反発。
後藤からしてみればやはり郷士。自ら身分の低い者を出迎える必要は無いという意見だ。人間としてスケールが小さい発言の様に見えるが、当時の考え方ではそれこそ当然であり、その礎がこの時代を作り上げていたのだ。ある意味、龍馬が非常識であり間違っているのだ。
しかし岩崎は引き下がらなかった。彼の頭の中には、亀山社中を利用した商いを思い描いていた。彼は商才はあったが、パイプを作る術が無かった。閉ざされた時代、圧倒的な身分制度、何もかもが彼には障壁であったが、脱藩し、圧倒的カリスマで様々な味方を作り上げた龍馬に嫉妬しつつも、その天性の物を認め、それを利用しようとしていた。
その二人の駆け引きは半月にも及び、暦は既に十月も暮れかかっていた。
その二人の駆け引きは、岩崎が場所を設定し、後藤・龍馬両名を招待する、という形で落ち着いた。これでも後藤からすると苦渋の選択である。
そして、岩崎が設定したのは長崎にある『清風亭』。日付は年が明け、一月十三日となった。
その事を龍馬率いる亀山社中に報告に行ったのは岩崎弥太郎。十一月になっていた。
「何じゃと!? 龍馬、おまん本気で後藤に会うがか!」
その知らせを聞き、怒号を飛ばしたのは龍馬と同じく土佐を脱藩した沢村惣之丞。土佐勤王党に属し、勝海舟の門下として運命を共に歩み続けた同志である。
「有り得ん、岩崎…龍馬は断るち伝えるがじゃ!」
「待ちや惣之丞…。決めるのはワシじゃ」
「龍馬! おまん忘れたがか!? 武市先生は後藤の指示で切腹を命ぜられたがぞ! 後藤は我々が倒すべき敵じゃ!」
「惣之丞、ワシ等は敵を作る為に活動しちょる訳では無いがやろ。敵を排除するのと取り込むのでは進むべき道が違うがじゃ」
「取り込むじゃと?」
真っ先に反応したのは岩崎だった。
「待ちや、おまんは後藤様を敵じゃと言うちょるがか?」
「少なくとも、ここに居る元土佐藩隊士の皆はそう思うちょる」
「待て待てぇい! 後藤様が敵じゃったら、おまんら全員ワシら土佐藩の敵じゃぞぉ」
小さい体で大きな動きを見せながら、隊士の中を練り歩く岩崎。
「そん敵ばぁを、後藤様は迎え入れようち言うがじゃあ! おまんら、人間が小さい、小さいがじゃ!」
「待ちや! ワシ等を小さい言うがやったら、おまんは小人じゃ!」
反論するのは沢村。そしてその言葉に反応するかのように、岩崎は腰の刀に手を掛ける…が、次の瞬間には社中全員が抜刀し、岩崎の体中に切先が突き付けられる。
商売だけを生業にしている商社と、実戦を経験している社中とは訳が違う。
「ま、まぁ…ワシの言葉が言い過ぎた様じゃの」
コロリと態度を変え、腰から手を離す岩崎。それを見ていた龍馬は、大笑いをしながら岩崎に言う。
「のぉ、岩崎。おまんはここを敵じゃと思うて入って来たがか?」
その言葉にギクリとする。
「ワシ等が会談を断り、決裂した瞬間に敵に成り得るっちゅう可能性じゃ。おまんは考えちょったがかの?」
「ワシは…後藤様の遣いじゃ。ワシを斬れば土佐藩を敵に回すっちゅう事やぞ」
脂汗を流しながら、必死に震えを隠す岩崎は、精一杯の虚勢を張った。
「ワシ等は元々、諸藩脱藩浪士じゃが…?敵対視される事に怯えちょったら、ここまで生き抜いて来られんがじゃ」
その言葉に、龍馬達の奥深さを垣間見た岩崎。
「脱藩したが、ワシ等社中全員、日本人じゃ」
そう付け加えたのは沢村。
「小さい事ばかりで集まり、狭い所しか見えない各藩政に、我等の動きは理解できない」
今度は陸奥。その言葉で隊士全員が納刀し、岩崎を見る。
「おまんら、自分で何を言うちょるか理解しちょるがか」
龍馬は全員を笑い飛ばした。
「後藤に会う、会わんでおまんらぁは言い争っちょったがぞ。それを勝手に纏め、話しを終わらしおったがか」
全員、その言葉に俯いて苦笑いをするしかなかった。
「満場一致じゃ。岩崎、ワシは後藤様に会う。そう伝えておぅせ」
龍馬は腕を組み、奥へと入って行く。これこそ龍馬の真骨頂。人心を操作し、自らの世界観へと引き込む。引き込まれた者はそれに気付かず自らが動いたかのように錯覚する。本物のカリスマである。
遂に時代が動く。本来あるべきの無い闇を引き連れて。




