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維新の剣  作者: 才谷草太
帰郷
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萩の木戸

 高杉晋作の見舞いを終えた龍馬は、萩の木戸貫治(桂小五郎)の元を尋ねた。既に九月に入っており、長崎では後藤象二郎・岩崎弥太郎に溝渕広之丞が加わり龍馬を探しまわっていた頃だ。


 「木戸さん、そろそろ理解してくれんろうか…」

 「坂本君も強情だな。今の機を逃しては幕府を討つ手が無くなってしまうんじゃ」


 木戸はあくまでも武力討幕を目指している。


 「薩摩と結んだのはこの時の為じゃろう。今こそ薩摩と共に立ち、江戸に進軍すべき時では無いのか!?」

 「西郷さんはそんな事、望んじょらんと思うがのぉ…」

 「いぃや! 薩摩も幕府を倒す為に我等と手を取ったのだ。君が立会人となったのだろう? 何故、今更方策を変えようとする?」

 「元より薩長の盟約は、先の征長戦を勝ち戦にする為じゃ。そん後は幕府の力も抑えられちょる」

 「じゃからここで奇兵隊を江戸に…」

 「高杉さんがそんな事を望んじょるとでも思うちょるがか!?」


 高杉の名を出され、木戸の動きが止まる。


 木戸はゆっくりと龍馬に背を向け、俯いたまま言葉を発する。


 「晋作に会ったか…。今、我々が立たなければ、晋作の目に新世界が映らんのだ…」


 「新世界じゃと? 血で染まり、煙に満たされた江戸を新世界っちゅうがか!?」

 「戦だ、坂本君!」

 「ほいたらそん後、木戸さんは考えちゅうがか!」

 「後じゃと…?」

 「長崎の英吉利イギリス商人から聞いたがじゃ。今幕府が潰れると、世は乱世に逆戻りじゃ。政権は帝に帰る事無く宙を彷徨い、その権力を奪う為に各藩が争う。それを納めるがは、もうこの神国日本には無くなるき」

 「……そうなったら、我々が…」

 「どの藩も、我が藩がっちゅうて戦が続くっち言うちょる。隙を諸外国に掻っ攫われ、清国の二の舞じゃ」

 龍馬は高笑いをしながら木戸の意思を打ち消す。そこに、一人の男が入って来た。

 「龍馬…。おまんにはそん先の考えがあるっちゅうがか?」


 土佐弁の男は、顔の骨格が立派で、眉が太く男らしい。


 「中岡…? 中岡じゃなかか! おんしゃあどこに居ったぜよ」

 龍馬は中岡に跳び付いて喜んだ。

 「落ち着き…落ち着きや、龍馬」

 中岡は龍馬を引きはがし、龍馬に問う。

 「大政奉還論を説きよるっちゅう話しじゃの、龍馬」

 「そうじゃ、帝に政権を返還するがじゃ」

 龍馬は意気を高めて中岡に言う。が、中岡は冷静に拒否する。

 「誰が、徳川に、その案を進言するっちゅうがか? 戦に負け、後の無い幕府にその様な事を受け入れる耳を持った者が居る訳無いろぅ?」

 「そうじゃ、そこなんじゃ…。ワシはの中岡、既に筋書きは出来ちょるが、これが又難問なんじゃ」

 「諦め、龍馬。松平春嶽公も大政奉還論を幕府に進言したがぞ」


 「春嶽公…いつじゃ!?」

 「八月の初頭じゃ言う事じゃ」

 「ワシが会ぅた直後か…!」

 「何じゃと!? おまん、春嶽公に大政奉還論を説いたがか!?」

 これには木戸も驚いた。松平春嶽は越前藩の藩主である。そんな立場の男に会い、大政奉還論を説き、更にそんな男を動かしてしまっていたのだ。

 「春嶽公は海軍操練所開設の時に世話になっちょるし、何かと良くしてくれちょるきの」

 「そ…それでも! 春嶽公でも如何ともできなかったんだろう!?」

 「春嶽公ではいかんがじゃ。もっと近い人間が進言せんと、徳川の壁は壊れんき」


 「壁など…力で壊す!」

 木戸が床の間に置いた太刀を取る。そして、それに同調するように中岡も口を開く。

 「龍馬、ワシも武力討幕を目指すき…。再び薩摩と長州を結び付け、江戸に向かうがじゃ」


 その二人を見た龍馬は、薄らと笑い、言い放つ。


 「えぃ、えぃじゃろ。ワシはおんしらぁには負けん。戦をせずにひっくり返すがじゃ」


 薩長の連盟で手を組んだ龍馬と中岡が、今度は手段を分かち別の道を歩く。


 しかし、この時の龍馬にはどう大政奉還を進めるかの道筋は立っていない。が、土佐藩を使い、回天を狙っている龍馬にとって、この後に最大の盟友が現れる事になる。


 長崎で龍馬捜索を行っている後藤象二郎・岩崎弥太郎である。



 回天の役者が揃うのは、既に秒読みに入っていた。

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