京にて ②
以蔵は佐那と共に寺田屋に居た。しかし客間では無く納屋に潜んでいた。
夜中を過ぎた頃、二人を訪ねて土方と左之助が来る。
「伊東はお前の事に気付いて無いのか…?」
原田が真っ先に口を開く。普段から五月蝿い男にしては、静かに語った事は新鮮であり、何やら重大な事が始まったと改めて思い知らされる。
「江戸で勝先生の暗殺を止めた事で、私が暗殺阻止に関わっている事は知っている筈です。無論、どの阻止に関与して、どこまでの真実に気が付いているかは明確には理解できていないでしょう」
「つまり伊東は、まだ油断しているという事だな」
腕組みをして座っている土方が口を開いた。
「闇以蔵…今は宜振と名乗っていますが、奴はまだ伊東と接触していない様子です。瀬戸内で龍馬・高杉の暗殺現場に私が来た事を告げれば、伊東は何らかの行動を起こす筈です」
「相当焦るんじゃねぇか? お前さんが阻止に加わってた事を確認出来たらよぉ」
左之助は痛快そうにクックと笑うが、以蔵は一切感情を無くして答えた。
「気付いてますよ。私が阻止するように仕向けたのは、伊東ですから」
納屋の空気が凍りつく。左之助の周りを除いて…。
「陰謀にはまだ続きがある…と?」
「宜振を使い、暗殺の内容を伝えたと言う事は、元より暗殺は阻止される事も計算しての事でしょう。運良く誰かの暗殺が成功すれば、それは良しという程度の事だと思います」
「では、次は何を企んでいるのか分かってるのか?」
「この戦で幕府の権威は失墜。各所で倒幕の声が鳴り響くでしょう…」
「まさか…いや、伊東は元より尊王派…」
土方の顔色が変わって行くのが、僅かに入る月明かりで照らされる。左之助は意味を理解し、着いて来るのがやっとの状態で聞き入っている。
「最も、伊東はこの戦での前線が混乱する事が狙いだった筈です。戦が長期戦となる事で、薩長幕の兵力が疲弊する事を望んでいたでしょうが、唯一の誤算は短期戦で終結した事です」
「幕府側の組織として、どうやら複雑ではあるが…」
「で、俺達はこれからどうすりゃ良いんだ?」
ようやく左之助が口を開く。
「恐らく、京の町も荒れるでしょう。その機を逃さず、伊東は何らかの形で脱退をする筈です」
「冗談じゃねぇ…その時に斬り殺してやる」
左之助らしい言葉だが、新撰組は脱退者を許さない。『薫』の脱退も例外では無く、除隊後に暗殺者としての役割を持った沖田と左之助が来たほどだ。
「駄目です。恐らく、そうさせない準備は整えている筈ですからね…」
「国中が荒れ、幕府の力が衰えている今、倒幕の一番頭として立ち上がるって策略か」
「恐らくは…。そして軍隊を強化し、列強諸国と渡り合える程の力を手に入れようとしているでしょう。高松の本心ではそこまでは考えていなかったと思いますが」
「お前はこれからどう動く? 番人として」
土方が聞くが、以蔵は答えようが無い。
伊東は、この後新撰組を脱退し、新たな組織を立ち上げる事は史実に則っている。暗殺を阻止した事で正史に戻っているのか、まだ更に歪が起きているのか、この時点の以蔵には判断ができないでいた。
「伊東の脱退、別組織の組閣は放免して下さい」
「…放免…か。何かの策があるんだな?」
土方は以蔵に知恵があると判断したが、以蔵にもこの先の伊東の行動は分からない。が、ここで新撰組が伊東を倒すと、それこそ歴史が大きく変わってしまう可能性がある。
佐那は静かに月明かりを眺めている。時が静かに流れ、8月の終わりを迎えていた。
この後、伊東は再び西国諸藩を遊説して回る。そして、静かに動乱への準備に向かって行く…。




