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維新の剣  作者: 才谷草太
帰郷
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京にて ①

 龍馬が春嶽公に会い大政奉還論を唱えている時、後藤象二郎が容堂公と接見し龍馬と会わざるを得ない状況に陥った時…京の町には異変と言うにはあまりにも大きな『歪』の元が顔を合わせる事になった。


 薩摩より京へと戻っていた以蔵、偶然京に戻っていた伊東…。先の要人暗殺計画の首謀者と、阻止をした(実際には阻止案の立案者)以蔵。無論、伊東と以蔵が再び出会ったのは、新撰組西本願寺屯所である。


 一足先に戻っていた『伊東甲子太郎』は、何食わぬ顔で新撰組副長・土方に面談し、諸国の情勢を報告していた。

 そこに戻ったのが以蔵…新撰組内では『浅野薫』である。

 正面の門に槍を担いで怪訝な表情で立っていた男が、薫を見るなり動揺を隠せずに飛び出して来た。


 「おい、浅野よ…いや、以蔵か…? どっちでも良い、伊東が帰京してやがる。今入るのは良くねぇぜ、おい」

 流石に以蔵も驚いたが、ここで動揺をすると阻止側が伊東の正体に勘付いていると察してしまう。

 「…平静を装って下さい。我々が伊東の企てに気付いていない様に…」

 「副長も同じ事を言ってたが、俺は追い出されたんだよ」

 その言葉を聞いて以蔵は深く納得した。その隣に居た佐那も大きく頷いた。

 「何でぇ、お前達揃って…」

 以蔵は笑みを浮かべ、その男の肩をポンと叩いて西本願寺に入って行く。

 「左之助殿。こちらで門番をお願い致します」

 佐那も笑みを浮かべ、以蔵に続いて奥へと向かう。新撰組十番隊組長を門番にするとは贅沢な話ではあるが、原田左之助という男を知れば、密談や密約の類を知られずに犯人の前に出す事は危険である事は理解するに易い。


 広い庭を抜け、本堂の脇の小道を抜けると、大きな楠がある。そこには伊東と土方が居た。

 土方が以蔵に気付き、右手を挙げる。それを見た伊東は以蔵を発見し、表情が一瞬曇る。


 「申し訳ありません。脱退してまでこちらに来るなどとは、本来あってはならぬ事で…」

 「気にするな。お主の脱退は罪を犯したとは言え、それまでの功績から特別に放免した筈。沖田から江戸で話しがあったのでは無いか?」

 「はい…」

 以蔵は話しを合わせつつ、伊東をチラっと見た。伊東の表情は既に戻っており、普段の理知的で少し嫌味な程切れ長の目が冷たく見つめている。

 「伊東参謀殿、お久しぶりです」

 「そうだな…山南の切腹の時以来か?」

 伊東は冷ややかに笑った。山南の切腹は、伊東の陰謀を防ぐために脱走しての隠密行動を咎められての事。その真相を以蔵と土方は知っている。この瞬間、土方は腸が煮えたぎったに違いない。そしてそれに気付いた以蔵も同じく、この場で斬り殺してしまいたい感情を抑え、伊東に言葉を掛ける。


 「伊東参謀の御耳にも入れたく思い、本日は副長に無理をお願いいたしました」

 「…そうだ…拙者に話しとは何だ?」

 土方は伊東に見られる前に表情を整え、腕を組んで下を向く。


 以蔵は暫く沈黙し、ゆっくりと話し出す。

 「薩摩・長州で暗殺未遂がありました」

 「暗殺未遂だと?」

 土方が視線を上げる。

 「対象になったのは、長州の木戸・高杉、薩摩の西郷…実は、勝麟太郎殿も対象になっておりました」

 「長州・薩摩に…幕府要人」

 「ええ、恐らくある程度組織だった思想のある輩ですが、何も口を開かず、正体が掴めません」

 「お主が暗殺を止めたのか!?」

 土方は薫に問う。どうやらこの男、役者としても行けそうな程に自然に振る舞っている。左之助との違いは歴然である。

 以蔵はグッと眉間にシワを寄せて、答えた。

 「いえ…。沖田殿から放免の知らせを受け、妻と諸国漫遊をしていた時に聞こえた噂です。」

 「ふん。戦が始まり、幕府が揺れ動くこの時に諸国漫遊とはな」

 伊東が鼻を鳴らす。薫の正体を知っている伊東にとって、この諸国漫遊がただの旅だとは思っていない。恐らく諸国を巡り自分の正体を探っているのだろうと判断した。この時、伊東の元に宜振からの報告が入っていない事が、彼の誤算だっただろう。仮に高杉暗殺現場に以蔵が来ていた事がこの時に分かれば、倒幕派の中心人物と親しいとして何かの罪で捕縛できていたかも知れない。


 以蔵にも感じ取った。伊東にはまだ海上で高杉・龍馬と繋がっていた事は伝わっていない事を。


 「副長、脱退した身で申し訳ありませんが…私は江戸にて諸藩の動き、暗殺者の核を考えてみたいと思います。倒幕派のみならず幕府側の人間の暗殺を企てる事から、一貫した思惑があるように感じられますので、新撰組においても十分お気を付け下さい」

 以蔵は土方に頭を下げた。そしてそのまま伊東を見つめ、

 「参謀殿、諸国を遊説している中に何かが聞こえた事があれば、新撰組を宜しくお願い申し上げます」

 そう言った以蔵の姿を見て、伊東は内心『勝った』と思っただろう。軽く腕を組み、細い目を更に細くして頷いた。


 その伊東の態度を見た瞬間、以蔵は悟った。暗殺劇が何かの布石であり、それ自身が目的では無く、他の、何か別の物を動かす為だけに仕掛けられた事だと。



 歴史の歪みは、まだ終わらない。

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