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維新の剣  作者: 才谷草太
帰郷
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後藤象二郎登場

 「象二郎…おまんどう思うが?」

 「恐れながら、徳川の敗戦は倒幕派の勢いを増し、これから先、乱世を招く事になると思われます」

 「ほんまにそうなると思うが?」


 土佐・高知城にて、山内容堂と会談していたのはこの時参政となっていた後藤象二郎だった。


 「この戦で、あれ程睨み合っとった薩摩が参戦しちょらん…。噂では『徳川幕府』を見限ったちいう事らしいが、その真意はどう取るが?」

 容堂公はクイっと杯を傾け、象二郎に問いかける。

 「はっ…遣いの者によりますと…薩摩・長州は連盟を結び、反幕府勢力として…こ度の戦を裏から支えたと聞いちょります」

 この言葉に、容堂の顔が曇る。

 「薩摩・長州が結んだじゃと? 犬猿の仲の薩長を、どうして結べるがか…」

 見るからに怪訝な表情を浮かべ、盃に残る酒を啜り切った。象二郎の口振りから、更に深い情報を握っていると察し、更に隠している事に関して機嫌を悪くしていた。

 その事は象二郎にも理解できたが、次の言葉を歯を噛みしめて堪えている。


 「象二郎…ワシは今朝、夢を見たがじゃ。武市の奴が死ぬ夢を」


 その言葉を聞いた象二郎の肩が強張る。


 「土佐は公武合体派として、徳川に着いた。関ヶ原から恩のある徳川にじゃ。土佐勤王党が台頭し、おまんの叔父、東洋失脚後、藩政を握るまでになった武市を、ワシは何故放置しちょったか、おまんは考えた事があるがか…?」

 象二郎は肩を小刻みに震わせながら堪えている。

 「京は尊王じゃ、攘夷じゃ言うて血生臭い噂が広がり、公武合体派は影を薄めちょったがよ…。時勢は倒幕に傾いちょった」

 「しかし叔父上を失脚に追い込んだがは…」

 「聞けぃ! 象二郎、ワシの話しを聞かんかぇ!」

 容堂は杯を方手に立ちあがった。そして、ゆっくりと象二郎に近付き、目の前に座りこむ。

 「時勢じゃ…。京の政変で倒幕派が敗れ、薩摩を筆頭に公武合体派が勢いを増したがじゃ。そこで武市を処刑する事で倒幕派の勢いを打ち消す…。それが土佐の、ワシの考えじゃった」

 「叔父上の暗殺未遂、不敬行為では無かったがですか…?」

 「武市は有能じゃった。東洋暗殺を企てちょったのも、時勢が倒幕に傾いちょった事を見抜いちょったからじゃ。しっかし、ワシはそんな武市をも利用し、土佐藩を中央の政に向ける礎にするつもりじゃった」

 容堂は更に背後にある徳利を取り、盃に酒を満たした。


 クイっと飲み干した直後、容堂は立ちあがり言葉を続けた。

 「じゃが…その直後じゃ。幕府が長州との戦に打って出たがよ。倒幕か、佐幕か…2回に渡って行われた戦によって、完全に倒幕に傾いたがぜよ」


 その言葉は静かであり、しかし重々しく腹に響いた。

 象二郎は深く頭を下げた。


 「坂本…坂本龍馬にございます。薩長の仲を取り持ったがは土佐藩脱藩浪士、郷士の坂本にございます」

 「その坂本は、勤王党の残党かぇ…?」

 「血判の盟約書に署名はございますが、実際に活動した形跡はありません。しかし、あの武市と親戚筋に当たり、二度に渡る脱藩を行った罪人でございます」

 その話しを聞いた容堂は口元を緩めた。

 「土佐勤王党に属し、目立った活動もせず、二度に渡る脱藩を行い、薩長を結び付けたか」

 「遣いの者が言うには、長州の木戸、薩摩の西郷、更には越前の松平春嶽公、元幕府海軍奉行の勝麟太郎殿とも繋がっておるという話しも…」


 容堂は目を輝かせた。

 「何者じゃ…。今は何をしちゅう?」

 「はっ…長崎で亀山社中なる海運を行っちょる様子で…噂では、先の征長戦争で前線に立ち、海軍を率いたと…」

 「勝殿の元で船の技術を身に付け、幕府相手に戦をしたっちゅうがか!?」

 「噂でございます!」


 象二郎は面白くなかった。

 叔父、吉田東洋を死に追いやった勤王党の残党であり、そもそも身分の低い郷士。そんな龍馬の話しに藩主が目を輝かしている。参政という身分にありながら、未だに勤王党の影が付き纏い、郷士への憎しみに付き纏われている。


 「そん噂は誰から聞いたが?」

 「…岩崎弥太郎にございます…」

 「東洋が開いた私塾で、おまんが出会ぅたっちゅう…?」

 「はっ…豊熈公に漢詩を披露させて頂いた男です。問題を起こした事もあり、役職を剥奪しちょりましたが…」

 「面白い、そいつを使い、その坂本とかいう奴に会うがじゃ」

 「……!!?」

 「分からんがか!? 土佐が薩長に遅れてはならんっちゅう事じゃ! 両藩を結び付ける程の逸材なら、我が土佐藩を、今こそ表舞台に持ち上げる術を知っちょるじゃろ!」

 「しかし、坂本は郷士で…」

 「脱藩しちゅう男じゃ。元より罪人…郷士も上士も無いき。利用するだけ利用し、必要が無くなったら捨てるだけじゃき」

 容堂は嗜める様に背中越しに言い放つ。


 藩主・容堂公に言われては反論もできず、象二郎はそのまま歯を食いしばり部屋を出た。



 象二郎が消えた部屋で、只一人盃を傾ける容堂公。

 杯を静かに差し出し、薄らと涙を浮かべ、ポツリと言葉を溢す。


 「武市よ…おまんは少しばかり、事を急ぎ過ぎたようじゃの…。すまなんだ」


 身分は既に上士でもあった武市瑞山。そんな彼を切腹させた決定は、当時の時勢による事。今、正に時勢は討幕へと傾いている。

 しかし、容堂の頭にはもう一つの思いがあった。



 「戦はいかん…武市よ、おまんは道を間違えちょった…」



 この後、岩崎弥太郎は溝渕広之丞を介し、龍馬と初めて相対する事になり、仇敵、龍馬と象二郎の運命的な結び付きを実現させる事になるのだが、まだ先の事…。

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