人斬りvs.人斬り
高杉晋作の小倉襲撃に先立ち、6月13日に長州藩は岩国藩と手を結び、芸州口への攻撃を開始していた。対するは幕府軍・紀州・彦根・高田連合軍。物量で攻めようとする幕府連合軍だが、ここも兵糧庫等を先駆けて攻撃した長州藩は、戦闘を有利に進めた。
長州軍は彦根・高田両藩を小瀬川にて撃破し侵攻を始めるが、変わって戦闘に入った幕軍等と戦闘を開始すると膠着状態となる。これに対抗する為に幕軍が芸州への参戦を要請するが、芸州はこれを拒否。
予てより動いていた西郷隆盛の根回しにより、数で劣る長州軍が持久戦へと持ち込んだのだった。
また、西郷達の根回しは16日より侵攻を開始した石州口の戦いでも成果を現した。
四面楚歌と思われた長州藩は、中立の立場を宣言した津和野藩を悠々と通過し、徳川慶喜の弟・松平武聰が藩主であった浜田藩へ侵攻。18日に浜田城を陥落させる事に成功し、石見銀山を制圧した。
この長州の猛反撃を喰らい、更に門司・田ノ浦沿岸を攻め立てられる幕府連合軍。西郷が撒いた布石を十分に味方に付け、ここまでの戦果を上げて来ている。
しかし、この状況で西郷が果てればどのような事態を招くだろう…。
6月の下旬。西郷は懐かしい客人を迎えていた。
「おぉ…おまはんは坂本さぁと居た…」
「…岡田以蔵です」
「そうたい、そうたい…ん? いや、浅野どんでは…」
「俺の名前は、岡田以蔵です」
以蔵の口調は、この時にはすっかりと変わっていた。船上にて佐那に何度か指摘されたが、どういう訳か直らない。
「岡田…そうでおましたか。前にお聞きしており申したか…?」
薩摩の西郷邸に上がり込んだ以蔵夫婦は、中村半次郎に会いたいと申し出たのだが、まずは西郷が面会をしたいと申し出て来た。
「どう言う用件で、半次郎どんに会いたいと申されるか?」
「いえ、少しばかり聞きたい事がありまして」
「ふふぅん」
西郷は熱い茶を啜りながら唸った。
「おいどんの暗殺を止めに来た…と、いう事でおますな?」
流石に西郷のこの台詞には、以蔵も驚いた。既に命を狙われていると感じていたのだ。
「半次郎どんの眼つきが違うとります。おいどんにも分かりもす」
そう言いながら爽やかに笑う西郷。
「ならば護衛を付けなければ…」
「信じうと決めたら、最後まで信じうのが薩摩の男ござんで。それで斬られうなら、仕方があいもはんよ」
「馬鹿な…貴方はどれ程の男になるか、分かって無い…」
「仲間を疑って、一人前の男にないたくあいもはん」
相当に頑固な薩摩男児である。最も、この性分があったからこそ、この後の大人物へとなるのだろうが、今は事が重大すぎる。以蔵はその場から一気に間合いを詰めて脇差を抜き、西郷の首筋へと刃を当てる。
「西郷殿。声を上げて頂く…。半次郎を呼ぶんだ」
「できもはん。おまはんは半次郎どんを斬るおつもりで…」
以蔵はグッと力を入れ、西郷の首の皮を斬る。鮮血がゆっくりと首を伝い、襟にかかる。
「岡田以蔵は暗殺者ではないでしょう?」
緊迫した空気を裂いたのは佐那だった。
「私達は暗殺を止めに来た者。貴方がそのような行動に出ては、彼等と何か違いがありますか?」
あまりに冷静な言葉に、以蔵もゆっくりと脇差を納めた。そして、その場で声を出した。
「中村半次郎。残念だが妻に止められた…。貴方の番ですよ」
以蔵の声を聞き、縁側の奥から半次郎が姿を現した。
「気配を殺しても、身体から出う殺気は消せん…あん男の言葉通いの男なぁ」
「あわよくば俺に斬らせようとでも思っていたのか?」
「おいどんは薩摩が政治の中心に行く事こそが望みですたい。そいどん、最近の西郷どんは変わられた…」
「実権を薩摩が握る事が野望か?」
「おまはんには分からんでしょう。人を斬る・活かすと言いながらも剣を振い、駆けまわう男に」
「お前の背中には、野望しか見えて無いぞ…」
「帯刀しておらん居合に恐怖は無い」
半次郎はそう言いながら太刀を抜き、上段に構えて見せた。
以蔵は西郷を押し倒し、その背後に飾ってある太刀を奪い片膝を付き、即座に構えを取る。
人斬り半次郎と人斬り以蔵が今、敵として向き合う。




