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維新の剣  作者: 才谷草太
刻の歪
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新撰組、動く

 6月中旬。長州軍は遂に侵攻を開始した。周防大島を奪還して数日、高杉は中岡から得た情報を練り、作戦実行の機会を伺っていた。


 「暗殺計画が進んでるってのに、俺達は無かった事として戦を続ける…。坂本よ、歴史ってのは何なのかねぇ」

 ヲテントサマ丸にて宜振に暗殺されかけた高杉と、生々しいまでの現場に立ち会った龍馬は、語られる事の許されない歴史の影と、語り継がれる歴史の光を生きていた。

 「ワシらぁは生きたい様に生きるがよ。例え高杉さんが暗殺される危険性があったとしても、この戦は止めんじゃろ?」

 「そりゃぁそうだ。この戦に国の未来が懸ってるんだからな」

 「病を誤魔化してでも、勝つ必要があるちゅう訳じゃしの」

 龍馬は高杉の隣に立ち、小倉を眺めていた。


 「さて、始めるか」

 高杉は龍馬の言葉を無視して、太刀を引き抜き、号令をかけた。

 「狙うは門司・田ノ浦沿岸、大筒撃てぃ!」

 号令の後、轟音が鳴り響く。次いで着弾地点は土煙りと炎を上げながら揺れる。

 その海上からの砲撃に伴い、奇兵隊が上陸。地上戦が始まった。奇兵隊の目指す拠点は大将では無く、中岡が情報を集めた「兵糧・武器庫」であり、海上からの砲撃と相まって激震を小倉に与えていた。



 同じ頃、以蔵と佐那は京の新撰組屯所に到着した。


 「原田組長! 土方副長はおられるか!」

 門をくぐるなり、以蔵は声を荒げた。


 もしここで近藤が出て来れば話しは蜘蛛の糸の様に拗れて来るだろう。しかし、正史よりも刻を早めてしまった三条制札事件により、新撰組の幕府内における立場は、単なる警護の剣客集団から幕臣へと昇格していた。同時に近藤は御目見得以上の格となり、他藩の佐幕派と交渉する程の地位に昇り詰めていた。


 「おいおい、仮にもあんたは脱退した男だぜ? ここに舞い戻る事がどれ程の混乱を招くか考えろよ」

 奥から現れたのは原田左之助だった。

 「副長なら奥であんたを待ってるぜ」

 そう言いながら土蔵に入って行った。その後を追う様に以蔵と佐那も土蔵へと向かった。

 薄暗い土蔵の中で、土方は腕を組んで以蔵達を睨みつけていた。

 「何が起きているかは分かっているつもりだ。だが、我々としては協力できる事は無い」

 目が合うなり、土方は以蔵に言葉を投げつけた。

 「何も言ってませんが…原田組長から概ねお話しはお聞きしていると思います」

 「…女子を連れての修羅の道か。岡田、貴様は何を考えている」

 「私は江戸桶町、小千葉道場定吉が娘、岡田以蔵の嫁、佐那で御座います。疑念がありましたら立ち合わせて頂きますが…?」

 「新撰組副長と知って、尚立ち合うとの言葉を発するとは…以蔵、お前の嫁も修羅か」

 原田は声を殺して笑った。

 「帝釈天という刻の流れに戦を挑む…となると、我等は皆、修羅でしょう」

 「我等は動かんぞ。新撰組は幕府を守る身…薩長等の身を守ってやる義理は無い」

 頑として拒否する土方は、腕組みを崩さず、微動だにしない。そんな土方に佐那が言葉を発した。

 「小さい御方です事…。まるで稚児の如き振る舞いです」

 佐那も身動き一つしない。それを見た以蔵は、ニヤッと笑って傍観を始めた。そして、その以蔵の態度に気付いた佐那は、一気に言葉を続けた。

 「今や天下の新撰組も、幕長の戦に尻込み。戦火の中で繰り広げられる同胞の反旗にも対応せず、恐らくただ間者を付けるが精一杯。その間者をも巻き込み、反旗は風に大きく波打つ事を危惧せず、荒波が収まるを待つだけ。その先に未来が無いとも知っておきながら…。実に胆の小さき御方」

 「女子とて、鬼と呼ばるる土方は容赦せんぞ」

 土方は腕組みを解き、柄に手を掛ける。

 「女子に刃を向けられても、帝釈天には従うのみですか? 修羅と呼ばれる夫に勝てない理由が分かりました」

 佐那は爽やかに微笑み、以蔵を眺める。


 「土方さん、俺は薩摩に向かうよ」

 この時、無意識に言葉遣いが変わった事に、以蔵のみ気が付かなかった。


 「恐らくこの後は、同時に刺客が襲って来る…。一人では防ぎ切れない。長州には桂小五郎が居る。警戒心はあるが、身内の反逆ともなると防げないだろう」

 そう言い残して以蔵は蔵を後にした。そして、佐那も軽く頭を下げて以蔵の後に続くが、土蔵の出口で振り返り、土方にひと事を掛ける。

 「新選組の鬼と呼ばれる御方の器、拝見させて頂きます」


 二人が去った土蔵で、ゆっくりと柄から手を離す土方は、原田に指示を出す。

 「幕臣・勝海舟の謹慎を解き、幕長の戦を終結させる旨の嘆願を出せ。その後、総司を長州へと向かわせろ…。その先、総司の行動は自らが決め、それを新撰組副長の命令とする」

 「副長…新撰組も動きますか!」

 「女子に尻を叩かれるとは思わなかった。修羅の嫁か…」



 遂に新撰組が動き出す。この時、伊東を暗殺するという選択を執っていれば、歴史はまた変わっていただろう。土方の慎重さが結果として歴史を守る事となった。

 しかし、その慎重さにより守れなくなった命も出る事になる…。

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