土方と原田
6月上旬に周防沖を発った以蔵達は、海路で京を目指し進んでいた。そしてその頃、京の新撰組屯所では原田と土方が土蔵で話しをしていた。
「何だと!? 伊東が?」
「ええ、先の高松の仏が消えた件も納得せざるを得ない状況です」
「刻を超えるなどと…岡田もそうだと言うんだな?」
「勝の話しでも、その辺りは共通してましたね…。俺も状況がよく分かりませんが、総司も納得せざるを得ないって言ってました」
二人は声を殺して会話を続けた。
「しかし…俺達はこの先の歴史を知らない。奴らが口裏を合わせて、俺達を利用しようっていう訳じゃ無いだろうな…?」
「仮にそうだとしても、伊東が幕府転覆・新撰組の乗っ取りを目論んでいる事に変わりは無さそうですけどね」
「奴らの言葉を信じる訳では無く、新撰組と幕府を守る為…と言う訳か」
「まぁ、俺にはよく分かりませんけど、伊東の奴を危険視するには十分信用できる情報じゃないですかね…」
「……」
土方はまだ納得が出来ていない。死体が目の前で消滅した事実からして、既に常識の範疇では無い事態が巻き起こり、自らも巻き込まれている事は納得できるが、先の歴史を知らぬ身で、歴史が変わるという言葉に些か違和感が付き纏っていた。かと言って、個人的直感も手伝い、入隊当初から危険視していた伊東の疑惑は確固としている。
「事の重大さは十分理解している。原田、伊東が帰京した際には間者を付けろ。その動きを逐一報告させ、我々は新撰組を守る事に徹する」
「以蔵に協力はしない…と?」
「そうでは無い。我々には我々の守るべき物がある。曲がりなりにも幕府側の我らが勤王派を守ると表に出してはならんのだ」
幕府だ朝廷だ、攘夷だと騒いでおきながら、此処に来て国全体の未来の為にそのどちらも守らなければならなくなった現状を、土方は複雑な思いで振り返っていた。
『我々は間違っていたのか…』
初めての疑念が生まれた。しかし、ここまで来てしまった新撰組に引き返す道は無い。最早走り切るしか無い。
「もっと早くに、奴と出会えていれば、あるいは…」
土方は目を細めて土蔵の天井を見上げた。そこに思い出すのは以蔵の姿だった。
「総司は江戸で勝の警護に就いているのだな?」
「まぁ、労咳としておいて下さい」
「労咳だと、新撰組と同行するのは不可能だ。我が身・我が心の赴くままに動けと手紙を書いてくれ」
土方はそう言い残すと、土蔵を後にした。
残された原田は、腹の傷を撫でながら呟く。
「俺が動く事は許されねぇか…。副長の立場もあるし、俺は俺のやるべき事がある…って事か」
寂しくもあり、嬉しくもある。自身もその感情の説明が付かず、しかし妙な満足感と期待感がその腹の傷に浮かびあがって来るようだった。




