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維新の剣  作者: 才谷草太
刻の歪
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阻止とその影

 小舟に揺られ、本州側へと逃げている宜振は星空を見ながら考えていた。

 『伊東も妙な事を考える…。高松の話しじゃと、高杉・西郷・桂・勝を斬れば戦乱が続き、更に近藤・土方を斬れば新撰組が手に入るっちゅう話じゃが…何故高杉を見逃すような事をわざわざする為に、ここまでワシを忍び込ませるがかの…』

 宜振に課せられた任務は暗殺だが、成功しなくても良い。という内容だった。宜振にはその伊東の真意が分からず、ただ言われるままに成していた。

 『しっかし、口上が多いと言われてしもうたか。そう言えば、大坂で奴と相対した時もよく喋っちょったの…。ワシはそげにお喋り好きじゃったかのぉ。おまけに奴はワシを完全に無視しちょった。気付いておらなんだのか? ほいたら暗殺計画も標的は知らんがか? いや…あそこに来たっちゅう事は、誰が暗殺目標になっちょるか、気が付いちょる筈じゃが…』


 宜振を乗せた小舟は波に揺られ、安芸口へと流れて行った。



 一方、以蔵達を乗せた小舟は亀山社中に合流し、龍馬の指示で水夫だけを残留させ、『ヲテントサマ丸』へと移って行った。その間、佐那が龍馬の手当をしながら以蔵はこれまでの経緯を説明していた。

 「成る程のぉ…そりゃ大事じゃの。ワシに出来る事は無いがか?」

 「龍さんが動くのは得策じゃありません。ここは高杉さんの警護を暫くお願いできますか?」

 そう言って新之助が持っていた銃を手渡した。

 「これは新之助が持っていた銃です。未来からの所持品の一つでしょう…命中精度・威力ともに比較にならない筈です。事が済めば返して貰いますが、暫く使って下さい」

 「おぉ、エエ物じゃの! では遠慮無く使わせて貰うきの」

 未来の道具と聞いて、龍馬の好奇心が大きく膨らんだ。

 「高杉さんから貰ぅた銃と、二挺で戦わせて貰うき」

 龍馬はそう言いながら懐に入れた。

 「ところで…何故、あの男を無視したがじゃ? …確か今じゃ宜振っちゅう名に変えた様じゃが」

 「奴らはこれからも暗殺を企てています。今高杉さんを斬れば、幕府が長州を制圧して終わりです。しかし混乱を引き起こすのが目的なら、まず目指すのは西郷殿か桂さん…」

 「ほいたら奴はどういて此処に来たが?」

 「私達の目を欺く為…。混乱に陥れるのが目的だと思わせたいのでしょう。私がここに来たのは、その思惑に乗っただけです。高杉さんを暗殺するのは、戦闘が小康状態になり、更に藩の指導者が死んだ後…」

 「成る程…指導者暗殺を他の者に罪を被せ、小康状態に陥った状態で高杉さんを暗殺すれば、奇兵隊も報国隊も暴走…」

 「ええ、先に高杉さんを暗殺すれば、その計画に気付く人も出て来ます。暗殺未遂を起こし、失敗に終わらせる事が出来れば…暗躍している者が居る、という計略と怖れが戦場を覆い、長州・薩摩は幕軍の仕業だと判断します。更に土佐弁を使う男となると、幕軍と土佐が繋がっているとも思います…」

 「その時点で、幕・土が長州の敵になるっちゅう事かや」

 「その上で、桂・西郷両名を暗殺し、更に高杉さんを暗殺すれば、幕・長・土・薩の四つ巴の戦乱へと移って行きます」

 「その四つの勢力が戦をすれば、釣られて戦を引き起こす藩も出るじゃろう…」

 龍馬は腕組みをして唸りながら考え込んだ。


 そう、その乱世へと導き、その中で幕府を討ち滅ぼすのが伊東の狙い。自身としては最も効率良く混乱に導く方法として、未来に和平を導く勝と西郷の死、そしてこの戦を広める為に必要な桂と高杉の暗殺。その動乱の中で新撰組を手中に収め、倒幕を果たす。その後、自らが動乱の世を鎮めて行く野望を抱いているのだろう。


 「新撰組をも巻き込んで、その野望を打ち消そうとするがは、未来には避けて通れんがやろぅな…。分かったちや、ワシはもう何も聞かんと暫く高杉さんを守るちや。好きなだけこの船を使うがエエ」

 「ありがとう、龍さん。私は一旦京に戻ります…ご武運を」

 「無二の友の為じゃ。気にする事は無いがよ」

 応急手当の終わった龍馬は、佐那と以蔵に向かって微笑み、最後の戦闘要員と共に再び小舟に乗り込み、『ヲテントサマ丸』へと向かって行った。


 以蔵と龍馬は、この後二人に降り掛かる惨劇を想像もできず、ただお互いの顔を脳裏に焼き付けながら別れて行った。

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