迎撃態勢へ
「しかし、その5人が刺客だとよく分かりましたね」
沖田が以蔵に向かって問いかける。
「発案者は新之助…彼は今よりも過去の人間で、短期的に未来へ行った様です。その状況でこの時代についての詳しい知識は持っていない筈。実際、深い意味合いでの策略は行えていません。となると、後世に大きく名を残した人達を利用する、と言うのが一番理想的だと思いまして…」
「ってぇと、田中新兵衛やらは後世に名を残してるって事になるんじゃねぇか?」
「ええ、彼等はこの時代における『四大人斬り』と称されています」
「…伊東参謀も…ですか?」
「いえ、伊東の場合は少し違いますね」
それまで黙って聞いていた勝が、口を開いた。
「成る程ね…魅力、かい?」
「ええ、新之助にはその人斬り達を惹きつける力はありません。圧倒的な知識とその立場、そして大衆を魅了する資質が無いのです」
「高松はそこに目を付けたって訳か。伊東を味方に引き入れれば人斬り達も集められ、事も優位に運べる…」
「更に新之助は、自分が死んだ後を引き継げる存在も考えての事でしょう」
「そこまで準備してたって訳か…」
執念とも思えるその周到さに、勝・沖田・左之助は畏れすら感じていたが、以蔵にとって厄介なのは伊東が自らの策を駆使する事。現段階では阻止がまだ可能性として出来るものの、伊東自らがその人脈を使い出せば、以蔵自信が予期せぬ事態を招く事もある。
しかし、新之助が揃えたこの駒さえ潰してしまえば、刻の歪みは緩まり、自然と元の流れに戻る筈だと直感していた。
「今更ですが…協力して頂けますか?」
以蔵の言葉に、三人は少し驚いている。
「薫…以蔵さんの言う事が真実であれば、この時代を守る戦いになる、という事ですから、協力を仰ぐのはこちらですよ。最も、以蔵さんを取り巻く事象、言動を見る限り、刻を超えた事を疑う余地はありませんし、我々は信じて動くしか手段は無さそうですしね」
沖田は苦笑いを浮かべながら勝を見る。
「しかし、以蔵の正体は隠した方が良いだろうね。事が更に難しくなる」
そんなやり取りを聞いた上で、左之助が口を開いた。
「細けぇ事は良く分からねぇが、俺達は結局どうすりゃ良いんだ?」
「私は一旦、下関に向かいます。龍さんが長州と戦の準備をしている筈ですから、彼にも協力を仰ぎ、その後新撰組で土方副長に全てを説明し、新撰組に協力をお願いしてみます。副長も新之助の消滅を見る事の出来た存在ですから、恐らく刻を修復する宿命を背負っている筈ですからね。その後、薩摩の中村半次郎を止め、長州で龍さんの援護をします」
「坂本殿に長州の暗殺を食い止めて貰うと言う事ですね」
「長州には、高杉晋作、桂小五郎という二人の英傑が居ます。彼等は別行動を執っているので、同時に守るのは困難ですが、前線にいる高杉さんを真っ先に暗殺する筈です」
「すると、桂殿は西郷殿の後…?」
「仕方ありません。私の身は一つですから…」
そう言うと、左之助が身を乗り出して発言する。
「オレが居るじゃねぇか!」
「原田組長は、伊東達から近藤局長・土方副長を守って貰わないといけません。万が一、伊東が新撰組乗っ取りを企てた場合、事情が分からなければ全て防ぎ様が無くなります」
沖田と左之助は、背中に冷たい物を感じた。
「新撰組を…乗っ取るだと?」
「伊東の手に新撰組が渡れば、もう誰にも止められませんからね…」
流石の左之助も、この作戦の重大さに気付き、冷静に成らざるを得なくなった。
「分かりました。とにかく勝殿の謹慎が解けた場合、真っ先に私は長州・桂殿の元へと駆け付けます」
沖田は勝を見ながらそう言った。勝も頷きながら、その言葉を続けるように口にする。
「謹慎がいち早く解けるよう、私もこの戦を利用し、上を説得してみよう」
「しかし、伊東だけは泳がせておいて下さい。我々が奴の存在を察していると勘付けば、作戦を変更する恐れがあります。この作戦は幕長戦争を長期化させ、更に新撰組を意のままに操る事が目的になっています。高杉さんの暗殺を阻止すれば、長州の指揮系統が乱れる事が無くなり、短期決戦となります。更に薩長の重鎮暗殺が失敗に終わると、伊東は新撰組の掌握だけに力を注ぐでしょう…」
「その時に、伊東を斬れば良いって訳だな!」
左之助は喜々として槍を手に取る。
「いえ…そこまで来れば、私の出番はありません…」
「何だよ、どういう事だ?」
その以蔵の言葉の真意が理解できていないのは、左之助だけだった。
「じゃあ俺達は一旦、屋敷に戻るとするか。なぁ、沖田殿」
「そうですね。私にはこの国を守る使命がありますし…今は新撰組よりも、兄の遺言を守らせて貰いましょう」
無論、兄とは山南敬助の事。彼とて刻の歪によってその運命を賭けて戦わざるを得なかった者だと、沖田は感じていた。
「イマイチ納得できねぇが…オレは新撰組に戻って、お前さんの帰りを待つように副長に言えば良いんだな?」
左之助の言葉に以蔵は頷き、それを見た勝は障子を開ける…。と、そこには佐那が座って居た。
「おっと…奥方でしたか、驚きましたよ、そんな恰好で…」
勝は佐那の出で立ちを見て笑った。
「佐那、そんな恰好で何をしている?」
「何をと言われましても…。私も武家の娘として剣術を習い、縁あって貴方の妻となりました。夫の一大事に妻がこれ以上我関せずも貫けません」
袴を履き、腰にはしっかりと刀を差している。
「佐那、これから行くのは戦場だ。連れては行けない」
「北辰一刀流小千葉道場二女です。伝説の岡田以蔵の片腕として、妻としてお役に立ちます」
この佐那の言葉には、勝を始め全員が頬を緩めた。
「伝説の修羅の奥方は、やはり修羅って訳かい。おい岡田、諦めて連れて行けよ」
左之助は以蔵の肩を叩きながら大笑いをしている。そんな左之助を見た佐那は左之助の槍を奪い、
「女子だからと言って甘く見て貰っては困ります」
そう言って左之助の眉間に槍の先を向ける。当然刃先には鞘が付いたままだが、その槍捌きは見事だった。
「佐那、客人に向かって無礼ですよ」
「岡田は奥方のお相手で腕を磨いたのかぃ」
「冗談でしょ…立ち合った事などありませんよ。命は惜しいですから」
「以蔵、奥方一人守れないようなら、刻を守る事は不可能じゃないかね?」
勝が真面目な顔で以蔵に言うと、佐那は槍を下ろし、左之助に手渡す。
「申し訳ありませんが、お話しは外で御伺いしました。主人の宿命とあり、その妻となった以上私にも何かしら宿命があると感じました」
そう言えば、佐那も『健一』と出会って運命を変えた存在。そしてその影響が最も大きく出てしまった人。彼女も何かしらの刻の宿命を担っているのかも知れない…。
「分かった。ただし、指示には従って貰うよ? 無茶な事はせず、自分の身を第一に考える事。それが出来なければ直ぐに帰って貰う」
「勿論です。主人の言い付けには従います」
その後、全員は解散し、それぞれの役割の為にそれぞれの目的地に赴くが…佐那と以蔵は、重太郎の説得が第一関門として待っていた。
反論する重太郎を、佐那が無理矢理納得させたのは言うまでも無いが、以蔵に対して執拗に妹の無事を約束させた。
以蔵と佐那は下関へ、左之助は京の新選組へ、勝と沖田は赤坂の勝邸へ…。
刺客迎撃の布陣はここから始まる。




